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聖女の証明②
しおりを挟む聖女。我が家の祖と言われる、伝承の聖女。黒髪黒目の少女。
そうか、ブルーマロウ家は、やはり聖女の力を受け継ぐ家系だったのか。家族と異なる私の容姿も、ちゃんと意味があったからなのか。
ああ、ブルーマロウの領地に魔物がほとんど出没しないのも、馬車での強行軍の最中、一度も魔物に出会わなかったのも、私に浄化の力が備わっていたからか。普通、移動の時は一度くらい魔物に襲われるっていう話だったのに、未だかつてそんな目にあったことがないから、運がいいなーなんてのんきに思っていた。
「ユユア嬢の詠唱、祈りの先が創世神でしょ。光魔法なら、グラマティク公爵令嬢の詠唱のように、本来光の女神に捧げられるべきだしね」
言われてみると確かに。治癒魔法は発動していたし、家に伝わる魔導書や父の教えに則っていたから、特段疑問に思わなかった。そもそも初代聖女は、創世の女神の手により招かれたと謳われているのだし、加護があってもおかしくない。
聖女の治癒というのは浄化の力が強く働くので、光魔法の治癒とはまた効果が異なるらしい。魔物の穢れや瘴気を含んだ傷は一発で癒せるが、それ以外の傷には逆に効きにくい。
スタンピードのせいで、瘴気が濃くなっていたのも、通常の回復の妨げになっていたのだとか。それで、魔物による負傷が多かった騎士様がたの傷は、覿面に治ったというわけだ。
理由がわかってほっとした。別に私の魔法がポンコツなわけじゃなかったのだ。
そもそも、私の魔力は、常時発動している浄化という聖女特有の聖魔法のスキルにほとんど持っていかれているらしい。それで、6分の1、4時間程度のささやかな魔力しか自力で行使できないのだ。訓練して魔力操作ができるようになれば、その辺も改善されると聞いて俄然やる気が出てきた。
「だ、騙された……。殿下ももっと早く教えてくれればよかったのに、人が悪いです……」
「人聞きの悪い。さすがに、ここまでの事態になるとは露とも思わなくてね。そこは僕の見通しが甘かった。まあ、奇しくも、攫われたことで君が聖女だと返って証明されてしまったわけだけど」
「それは、どういう…?」
頬を膨らませた私が小首を傾げると、ルクス殿下はやっぱりのほほんと紅茶を飲みながら、とんでもない爆弾をけろっと叩き込んできた。
「うん、君が拉致された影響で、ちょうど昨日あたりから西側がスタンピードの真っ最中なんだ」
「ちょ、え? は? 待ってください、どうしてそんなに冷静でいられるんですか!?」
「冷静とはちょっと違うかな。元々、君が王都にきてくれていたおかげで、スタンピードに対応する準備が整えられたんだ。騎士団も魔法師団も、治癒で怪我は治り万全。いつでもスタンピードが起きてもいいよう、備えはできている。だから、これは予定調和でもある。想定外なのは、第二王子派が君を攫って遠ざけたから、浄化で弱められていたはずのスタンピードの規模が大きくなって、今頃オルヴィスたちが泣きを見ているっていうところかな」
にっこりと黒い笑顔で殿下がのたまった。これはめちゃくちゃ怒っている。ぞぞぞと背筋に寒気が走った。
よもや拉致を仕掛けた女が、魔物に対する抑止力になっていた張本人だったなんて、露とも思うまい。
「それは……自業自得すぎますね……」
「間抜けもいいところだろう?」
ルクス殿下はくつくつと喉を鳴らす。わざわざ私が濁したのに、直球で愉しげに揶揄し直すとか、やっぱりルクス殿下ってばちょっと黒いのでは。よほど腹に据え変えているのかもしれない。
「報告によると、スタンピードは西側領土に無造作に広がっているのではなく、どうもターナー侯爵領を中心に襲撃されている。魔物の動きがおかしい。第二王子派が何をしでかしてそうなっているかまでは調べがついていないが、奴らには荷が重かろう。正直いい薬だよ」
「側妃様のご実家ですね。西に広がる大樹林と山岳地帯を有する大領地じゃないですか……」
話を聞く限り、真の聖女を擁立したと豪語するオルヴィス殿下とミレディ様たち第二王子派が、スタンピード前線の陣頭指揮を執っている。確かに、ここで功績を上げれば、救国の英雄とも称えられるだろう。だけど、第二王子のアレさ加減を知っているだけに、不安が凄い。
本来であれば、最前線で戦って辣腕を奮っていそうな御仁は、正反対の場所でのんびりと寛いで茶を啜っている。現実味がなさすぎる。
国の判断に問題があっては困るが、最初に被害を受けるのはいつだって民衆たちで、王位継承問題に巻き込まれているのであれば可哀想だ。
「で、殿下、こんなところで油を売っていて大丈夫なんですか?」
「心外だなあ。僕にとって、君の救出が最優先だっただけで、仕事をしていないわけじゃないのだけどね。陛下にも許可をもらっているし、オルヴィスはともかく、マティアスが控えている。心配せずとも平気さ」
「そうですよね……」
「大体、僕や君といった一個人の強大な力に依存しすぎる国は、将来的にもよろしくない。人は、とかく楽な方へと向きやすいからね。また何か未曽有の事態が起きたときに、僕や君がいなかったから危機を乗り越えられませんでした、となっては困る」
ソファに身を預け、居住まいを崩していたルクス殿下は、身を起こし膝元で手を組むと、真剣な瞳で私を射抜く。
「マティアスは、優秀な次代だ。だから、これは国にとっても良い機会なのかもと僕は思っているんだが……。僕と君が出向けば、多少の被害は免れないにせよ、スタンピードはより早く終息する」
こちらの都合などお構いなしに、災害は牙を剥く。未曽有の天災に対して、被害を全く出さずに対処するのなんて、土台無理な話だ。
だけど、私は知ってしまった。
「ユユア嬢はどうしたい?」
今度は、私へと水を向けてくる。聖女として最初に勧誘を受けた、まだ無知だったあの時のように強引な手段とは違い、あくまでも己の力を知る者に対する問いだ。
私は一度、ゆっくりと深呼吸する。瞳を開くと、柔らかく眦を下げるルクス殿下の端正な顔が見えた。
「……私が持てる力が有効だというのなら、それを惜しまず使って被害を最小限に食い止めたいです」
ただただ善良に日々を暮らしている人たちが、突然の災禍で命も土地も仕事も食べ物も一瞬にして奪われる絶望を、涙を、私は身をもって知っているから。
「ありがとう。我が国のために君の力を貸してほしい、聖女殿」
「承りました。ノルンディード王国民の一人として、私にできる最善を尽くします、王弟殿下」
ルクス殿下が差し出した掌に、しっかりと手を重ねる。
そうして、私たちは王都に転移するための準備を急いだ。
「そうそう」
「どうされました? 殿下」
王都へ戻るべく、応接室の扉を開きいざ廊下へと出る直前。ルクス殿下がぴたりと立ち止まり、私を覗き込む。忘れ物でもあったのだろうかと、背後を振り返ろうとした私の頬に片手を添えたルクス殿下は、にやりと意地悪そうに口角を持ち上げた。
「君を口説くって宣言だけど」
「!?」
「スタンピードを無事収束させたら、じっくりとね? 夢じゃないから、覚悟しておいてくれ」
背を丸めた殿下が、私の耳元で甘く囁いた言葉は、不意打ちもいいところ。
この、タイミングで、言うか普通!?
羞恥に言葉をなくしていると、殿下はそのまま私のこめかみに唇を押し当てた。
「僕も頑張るから、先にご褒美ちょうだいね?」
「言う前にしないでください!?」
ぎゃぎゃあと喚く私を軽くいなして、ルクス殿下はしゅっぱーつと気の抜ける合図で扉を開いた。
緊張をほぐすために揶揄っているのだとわかってはいるものの、まんまと翻弄されてしまう。あーもう、頬が熱い! 人の気も知らないで。やっぱり、ルクス殿下はズルい人だ。
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