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第四章──智(さとし)の学び舎、深き迷いの医学者
37話
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「いかがにおわしますか? 御身の気色は……?」
丸眼鏡をかけた男が優しく語りかける。
陽の光が、障子越しに滲む。風がゆるやかに流れ、花の香りが微かに混ざる。しかし、女は背を向けたまま、遠くを見据えるだけだった。
「先生、わちきらには、どうぞかまわんといておくんなまし。静さまは、わちきがよう看ておりますさかい……せやけど、先生には……ほんまに感謝してござりますえ」
療養して横になる女。その側で、黒髪を艶やかに垂らした女が、静かに口を開いた。廓言葉の柔らかな響きの奥には、主と従者の深い繋がりに他者との距離を置こうとする意志が秘められている。
男は微笑を崩さず、静かに頷く。
「いや、私は取るに足らぬことを致したまでにて候。さようならば、常に書斎に控えておるゆえ、何事あらば遠慮なく声をかけられよ」
静かに引戸を閉じ、足音をひそめながら遠ざかる。
──されど、あの御方の痛みは、いずこより来るや……身にこれとて異変、見え申さず……今の漢方、蘭方の術も及ばぬか……いまだ解けぬ病にて候か……──
男は頭を掻き、己の未熟さに頭を垂れた。
清が零闇を仕舞ってから、一ヶ月──。
静は遠くからその様子を見守っていたが、突如、吐血し、動けなくなった。花化従をはじめとする花傀儡たちは、静を担ぎ、医学館の門を叩いた。
看板には──『孤風医学庵』と刻まれていた。
ドンドン──ドンドン──
「開けておくんなまし……開けておくんなまし……!」
花化従が焦燥に駆られ、門を激しく叩く。
静の従者である花傀儡たちは舞を補助し、魂を導く存在であり、人の病を癒す術を持たない。それは清の従者である花護人も同様である。
花徒影は影に潜り、偵察などを担うことはあっても、治療の力はない。花雫の涙雫の衣は痛みを和らげる効果こそあれ、癒しにはほど遠い。つまり、花化従たちには静を救う術を持たない。だからこそ、彼らが持たぬ力を求め、医学館の門を叩くのは必然。そしてその叩音は、花傀儡たち、必死の願いを受け取るように門内へと吸い込まれていった──。
門が重苦しく開く。丸眼鏡をかけた痩せこけた男が、顔を覗かせた。
「いかが致された……? かくも慌ておるとは……」
「先生様にござりんすか……! 静さまが……静さまが……!」
花化従は取り乱し、声を荒げる。
「静さま……にてあるか……?」
仇花灯ノ籠ノ番人左手に抱えられた静が口から鮮血を滴らせ、意識を失っている。
「この御方こそ……静さまにてましますか……?」
男は振り向き、花化従に問う。
「頼んます……頼んますえ……どうか静さまの御命、救うておくんなまし……!」
花化従は丸眼鏡の襟をぐしゃりと掴み、自らの爪が肉に食い込むほどに握りしめた。それは、いついかなる時も、冷静沈着な花化従の姿ではなかった。
丸眼鏡をかけた男が優しく語りかける。
陽の光が、障子越しに滲む。風がゆるやかに流れ、花の香りが微かに混ざる。しかし、女は背を向けたまま、遠くを見据えるだけだった。
「先生、わちきらには、どうぞかまわんといておくんなまし。静さまは、わちきがよう看ておりますさかい……せやけど、先生には……ほんまに感謝してござりますえ」
療養して横になる女。その側で、黒髪を艶やかに垂らした女が、静かに口を開いた。廓言葉の柔らかな響きの奥には、主と従者の深い繋がりに他者との距離を置こうとする意志が秘められている。
男は微笑を崩さず、静かに頷く。
「いや、私は取るに足らぬことを致したまでにて候。さようならば、常に書斎に控えておるゆえ、何事あらば遠慮なく声をかけられよ」
静かに引戸を閉じ、足音をひそめながら遠ざかる。
──されど、あの御方の痛みは、いずこより来るや……身にこれとて異変、見え申さず……今の漢方、蘭方の術も及ばぬか……いまだ解けぬ病にて候か……──
男は頭を掻き、己の未熟さに頭を垂れた。
清が零闇を仕舞ってから、一ヶ月──。
静は遠くからその様子を見守っていたが、突如、吐血し、動けなくなった。花化従をはじめとする花傀儡たちは、静を担ぎ、医学館の門を叩いた。
看板には──『孤風医学庵』と刻まれていた。
ドンドン──ドンドン──
「開けておくんなまし……開けておくんなまし……!」
花化従が焦燥に駆られ、門を激しく叩く。
静の従者である花傀儡たちは舞を補助し、魂を導く存在であり、人の病を癒す術を持たない。それは清の従者である花護人も同様である。
花徒影は影に潜り、偵察などを担うことはあっても、治療の力はない。花雫の涙雫の衣は痛みを和らげる効果こそあれ、癒しにはほど遠い。つまり、花化従たちには静を救う術を持たない。だからこそ、彼らが持たぬ力を求め、医学館の門を叩くのは必然。そしてその叩音は、花傀儡たち、必死の願いを受け取るように門内へと吸い込まれていった──。
門が重苦しく開く。丸眼鏡をかけた痩せこけた男が、顔を覗かせた。
「いかが致された……? かくも慌ておるとは……」
「先生様にござりんすか……! 静さまが……静さまが……!」
花化従は取り乱し、声を荒げる。
「静さま……にてあるか……?」
仇花灯ノ籠ノ番人左手に抱えられた静が口から鮮血を滴らせ、意識を失っている。
「この御方こそ……静さまにてましますか……?」
男は振り向き、花化従に問う。
「頼んます……頼んますえ……どうか静さまの御命、救うておくんなまし……!」
花化従は丸眼鏡の襟をぐしゃりと掴み、自らの爪が肉に食い込むほどに握りしめた。それは、いついかなる時も、冷静沈着な花化従の姿ではなかった。
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