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第四章──智(さとし)の学び舎、深き迷いの医学者
42話
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「さて……それは如何にござりましょうや」
花化従はふっと含みを持たせたように笑いはぐらかした。孤風はカビ臭い書庫の据えた匂いさえ、花化従の美しく笑む姿に我を忘れてしまいそうになる。
「いや、先ほどの言の葉……聞き覚えのある口調にてござる。『花死』とは、いかなる者どもか……ぜひともお教えくだされ」
孤風は惑わされそうになりながらも、食い下がる。
「詳らかには存じませぬ。ただ、『智』を求むる折、摩訶不思議を疑うは即ち『惑』に通ずるものでありんす。先生、それでもなお踏み込まれますか……永劫を望まれますか、それとも限りあるを良しとされますか。わちきの知る『花死』とは、苦しみを知らぬがゆえに永遠の苦しみを背負う者……それのみでありんす。……まこと、かたじけのうござんした」
花化従は、そのまま、すっと足音を立てず、まるで幽世の住人を思わせるように、孤風の元を離れていった。
「お待ちくだされ……!」
孤風は追いかけようとする。花化従は振り返る。
「先生……左の御手に花紋様が浮かびおりんす。もし『智』を極めんと欲すれば、まずは数日の間、その『花死奇談』を熟読なさりませ。……その折、疑念なき眼を養われるならば、極みに至ることも叶いましょうぞ……」
花化従はもう一度頭を垂れた。そう言い残すと凛とした姿でその場を去った。
「静さま……お加減はいかがにてござりんす?」
花化従は一言、静の気配を確認し、声をかけ障子をゆっくり開く。支度を終えている。しかし──
「えっ? 静さま……な、何を……」
花化従は驚きに声をあげた。舞の準備をしているのである。
「何をなさるおつもりでありんすか……静さま?」
「花化従……舞の支度を急げ。まもなく清がここに至る。それまでに、しかと施しておかねばならぬ」
「施す……でありんすか? されど、今の御身では……」
その瞬間、静が怒りの目を花化従に向けた。
「この、うつけ者め! 誰に向かいて口を挟むか。何ゆえ、そなたは妾に仕える? そちは妾が本懐を妨ぐつもりか!」
静の逆鱗に触れた花化従は一歩後ずさるが、今、赦されることは膝をつくのみ。
「堪忍しておくんなまし……さしでがましく、口を挟み……わちきを赦しておくんなまし……静さま……」
花化従は畏れ、即座に頭を伏せた。静の本懐への執念は磨き抜き、研ぎ澄まされた真剣そのもの。むやみに触れれば、すなわち、それ即ち首落とされるかの如く。
静の視線はまるで音なく両断する刃。花化従は首筋にその刃を当てられたかの如し。
「よい、花化従……そちの心根、十二分に伝わりし。されど、道を見誤るでないぞ。妾と共に歩むその心、苦しくとも妾に委ねよ」
顔を伏せたままで震える花化従の肩にそっと手を置いた。
「勿体なきお言葉……」
静の底知れなさは人外なる花化従にさえ見ることはできぬ。
「さぁ、時は惜しきものなり。顔を上げよ、花化従。いざ、舞おうぞ……」
花化従はふっと含みを持たせたように笑いはぐらかした。孤風はカビ臭い書庫の据えた匂いさえ、花化従の美しく笑む姿に我を忘れてしまいそうになる。
「いや、先ほどの言の葉……聞き覚えのある口調にてござる。『花死』とは、いかなる者どもか……ぜひともお教えくだされ」
孤風は惑わされそうになりながらも、食い下がる。
「詳らかには存じませぬ。ただ、『智』を求むる折、摩訶不思議を疑うは即ち『惑』に通ずるものでありんす。先生、それでもなお踏み込まれますか……永劫を望まれますか、それとも限りあるを良しとされますか。わちきの知る『花死』とは、苦しみを知らぬがゆえに永遠の苦しみを背負う者……それのみでありんす。……まこと、かたじけのうござんした」
花化従は、そのまま、すっと足音を立てず、まるで幽世の住人を思わせるように、孤風の元を離れていった。
「お待ちくだされ……!」
孤風は追いかけようとする。花化従は振り返る。
「先生……左の御手に花紋様が浮かびおりんす。もし『智』を極めんと欲すれば、まずは数日の間、その『花死奇談』を熟読なさりませ。……その折、疑念なき眼を養われるならば、極みに至ることも叶いましょうぞ……」
花化従はもう一度頭を垂れた。そう言い残すと凛とした姿でその場を去った。
「静さま……お加減はいかがにてござりんす?」
花化従は一言、静の気配を確認し、声をかけ障子をゆっくり開く。支度を終えている。しかし──
「えっ? 静さま……な、何を……」
花化従は驚きに声をあげた。舞の準備をしているのである。
「何をなさるおつもりでありんすか……静さま?」
「花化従……舞の支度を急げ。まもなく清がここに至る。それまでに、しかと施しておかねばならぬ」
「施す……でありんすか? されど、今の御身では……」
その瞬間、静が怒りの目を花化従に向けた。
「この、うつけ者め! 誰に向かいて口を挟むか。何ゆえ、そなたは妾に仕える? そちは妾が本懐を妨ぐつもりか!」
静の逆鱗に触れた花化従は一歩後ずさるが、今、赦されることは膝をつくのみ。
「堪忍しておくんなまし……さしでがましく、口を挟み……わちきを赦しておくんなまし……静さま……」
花化従は畏れ、即座に頭を伏せた。静の本懐への執念は磨き抜き、研ぎ澄まされた真剣そのもの。むやみに触れれば、すなわち、それ即ち首落とされるかの如く。
静の視線はまるで音なく両断する刃。花化従は首筋にその刃を当てられたかの如し。
「よい、花化従……そちの心根、十二分に伝わりし。されど、道を見誤るでないぞ。妾と共に歩むその心、苦しくとも妾に委ねよ」
顔を伏せたままで震える花化従の肩にそっと手を置いた。
「勿体なきお言葉……」
静の底知れなさは人外なる花化従にさえ見ることはできぬ。
「さぁ、時は惜しきものなり。顔を上げよ、花化従。いざ、舞おうぞ……」
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