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第四章──智(さとし)の学び舎、深き迷いの医学者
43話
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「静殿……まだいらっしゃいまするか?」
障子越しでもわかるほど、息づかいが荒い。
「どうぞ……孤風先生……こちらにおりますれば」
「失礼つかまつります。静殿……実は……!? えっ……これは……」
障子を開け、部屋を覗き込んだ孤風だが、異様な世界に顔をしかめる。その異様さに、脇に抱えた書物がかたかた揺れた気がした。それは『花死奇談』の世界を思わせる──。折本形式で綴られた書物は孤風の脇から溢れ、まるで『見よ!』と言わんばかりに開いた。そこには絵姿が描かれ舞を披露する女の姿。題目に『死を招く使者』と記され、物の怪として描かれている。それが今、静となぜか重なる。この孤風庵に運び込まれた時とは別人であり、艶やかな黒髪が靡き、身に纏う衣はまるで死を招くように孤風に向かいゆらりゆらりと揺らいでいる。死を招く使者が、『花死奇談』の御伽の異世界から飛び出してきたのだろうか。それは人が迷い込み踏み込んではならぬ幽世の世界か。なんとかこの光景を、今ある知識をすべて活用し、解を導きだそうとする孤風。しかし、それは孤風のありとあらゆる知識を遥かに凌駕した。
そしてそのなんとも形容し難い世界をさらに色づかせたのは先ほど挨拶にきた女だ。言葉遣いが遊廓を思わせたが、そこにはっきりと絢爛豪華な花魁姿で鮮やかである。纏う衣は絢爛紫耀ノ華衣、赤みがかった京紫の瞳は妖艶で、命を言われるがまま、差し出しそうになる。手には不気味な無表情の面を携えている。その面で躊躇いもなく、命を断ち切ろうと構えているようだ。
先ほどの言葉を思い出し、心を無理矢理、折れさせられた。
──当の静さまがそう仰せなら、わちきらにとってもそれが真実でありんす──
「これは……いかに……静殿? 何をなされようと……そなた、もしや物の怪か!? まさか……」
戸惑いを隠せない孤風。理の通るものを真としてきた男の心──それが信念ごと覆ろうとしていた。
「いかがなされましたか? 先生……妾を物の怪と……。それに、そは……」
静は落ちた書物に目線を向けた。
「『花死奇談』にございますか……? 花紋様を浮かばせし先生がそれをお持ちとは……不思議なる縁とは、やはり、あるものにございますな」
「花紋様? 不思議な縁……? それにこの『花死奇談』とは……?」
鬼気迫る圧迫された空間に孤風は矢継ぎ早に尋ねる。
「よろしいでしょう……お答えいたしましょう、先生。されど、それは先生のこれまでの『智』を壊すことになりましょうが……」
静は眉ひとつ動かさず答えた。
「かまわぬ……それが新たなる『智』となるならば……」
孤風は揺るぎなく応えた。静が幽世の物の怪ならば、孤風はあらまだ見ぬ『智』に餓えた『智』の獣の如く、。
異様な風が収まると静はすっと孤風の前に座した。恐ろしくもあり、艶やかでもあるその黒髪の女に、じわりと孤風の額に汗が滲んでいた。しかし、孤風の心は、目の前に座る静の語られであろう言葉に、貪りつきたいほどの欲で満たされていた。
障子越しでもわかるほど、息づかいが荒い。
「どうぞ……孤風先生……こちらにおりますれば」
「失礼つかまつります。静殿……実は……!? えっ……これは……」
障子を開け、部屋を覗き込んだ孤風だが、異様な世界に顔をしかめる。その異様さに、脇に抱えた書物がかたかた揺れた気がした。それは『花死奇談』の世界を思わせる──。折本形式で綴られた書物は孤風の脇から溢れ、まるで『見よ!』と言わんばかりに開いた。そこには絵姿が描かれ舞を披露する女の姿。題目に『死を招く使者』と記され、物の怪として描かれている。それが今、静となぜか重なる。この孤風庵に運び込まれた時とは別人であり、艶やかな黒髪が靡き、身に纏う衣はまるで死を招くように孤風に向かいゆらりゆらりと揺らいでいる。死を招く使者が、『花死奇談』の御伽の異世界から飛び出してきたのだろうか。それは人が迷い込み踏み込んではならぬ幽世の世界か。なんとかこの光景を、今ある知識をすべて活用し、解を導きだそうとする孤風。しかし、それは孤風のありとあらゆる知識を遥かに凌駕した。
そしてそのなんとも形容し難い世界をさらに色づかせたのは先ほど挨拶にきた女だ。言葉遣いが遊廓を思わせたが、そこにはっきりと絢爛豪華な花魁姿で鮮やかである。纏う衣は絢爛紫耀ノ華衣、赤みがかった京紫の瞳は妖艶で、命を言われるがまま、差し出しそうになる。手には不気味な無表情の面を携えている。その面で躊躇いもなく、命を断ち切ろうと構えているようだ。
先ほどの言葉を思い出し、心を無理矢理、折れさせられた。
──当の静さまがそう仰せなら、わちきらにとってもそれが真実でありんす──
「これは……いかに……静殿? 何をなされようと……そなた、もしや物の怪か!? まさか……」
戸惑いを隠せない孤風。理の通るものを真としてきた男の心──それが信念ごと覆ろうとしていた。
「いかがなされましたか? 先生……妾を物の怪と……。それに、そは……」
静は落ちた書物に目線を向けた。
「『花死奇談』にございますか……? 花紋様を浮かばせし先生がそれをお持ちとは……不思議なる縁とは、やはり、あるものにございますな」
「花紋様? 不思議な縁……? それにこの『花死奇談』とは……?」
鬼気迫る圧迫された空間に孤風は矢継ぎ早に尋ねる。
「よろしいでしょう……お答えいたしましょう、先生。されど、それは先生のこれまでの『智』を壊すことになりましょうが……」
静は眉ひとつ動かさず答えた。
「かまわぬ……それが新たなる『智』となるならば……」
孤風は揺るぎなく応えた。静が幽世の物の怪ならば、孤風はあらまだ見ぬ『智』に餓えた『智』の獣の如く、。
異様な風が収まると静はすっと孤風の前に座した。恐ろしくもあり、艶やかでもあるその黒髪の女に、じわりと孤風の額に汗が滲んでいた。しかし、孤風の心は、目の前に座る静の語られであろう言葉に、貪りつきたいほどの欲で満たされていた。
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