花仕舞師

RISING SUN

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第六章──信(たより)の愛し人、裏切りを超えて

70話

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 まるで弾かれたように四方を山に囲まれている。佇む小さな里がある。周辺には列強の西嶺せいれいノ国、そしてその抵抗勢力として東洲とうしゅうノ国。里の名は高杜たかもり。今、西嶺と東洲は国の威信をかけ戦の焔を炊いていた。西から東へと風が吹く。その風が今を鏡のように映し出す。東洲は攻め立てられ今や死に体だった。

「ここまで参りて……もはや大事なかろう……。今、あるじはいかがおわすや……いや、それとても、ただ信ずるほかなし……」
 衣は泥にまみれ、鎧の紐は千切れている。刀は折れ、刃はすでに欠け意味を持たずとも武士の魂と手放せずにいた。そして小さな絹綾きぬあやの袋ひとつを大切に握り締めた一人の若武者は息も絶え絶えだった。
「なぁ、あれ見よ! 誰ぞ倒れておるぞ! あれは、お侍にて候わぬか!? 誰ぞ大人を呼び来たれ! いざ急げ!」
「承知いたした! 待ちおれ!」
 山に入り遊んでいた里の子らがその若武者を見つけ、慌てて大人を呼びに走り出した。
 呼びだされた里の男衆は倒れた男の元に駆けつけ、抱えあげ里まで戻った。
「しっかりなされませ……!」
 抱えた里の男は里に着くまで声をかけ続けた。
 里に着くと取り敢えず、里長の屋敷に連れて行き、寝床を用意した。意識を取り戻してはいたが、男は名乗ることもなかった。里の衆が集まる。ざわめき立っている。好意的な目で見る者は少なかった。疑念、恐れが渦巻いていた。
「ありゃ……東洲の者にて候や?」
「いや、敗残の兵に違いなし」
「名乗らぬは、何やらやましきことある証よ」
「こんな厄を呼び込まれては、たまらぬわ」
 口々にする言葉は不安と恐れ。無理もない。つい先月、この辺りにも戦火が迫り、遠くで戦声が聞こえたばかり。合戦の余波が高杜にも影を落としていた。流れ者、まして名乗らぬ者など災いを呼ぶ種でしかなかった。

 ザッザッザッ──

 遠くからわらじの音がする。
「退け、退け、おくんなまし……退け、退け、おくんなまし……」
 一人の娘が喧騒を掻き分け、屋敷に入って行く。
「里長殿……ご無礼つかまつる」
 娘は彼の傍にしゃがみ、手ずから水を与え、傷に練り上げた薬草をあてがう。傷に触られ顔をしかめる男。
「痛み申すか? 誠にかたじけなきこと。しかし、傷をそのままにはでき申さぬ。しばし堪えられよ……」
 手当てを終えると、傷口に晒し布をゆっくりと巻き上げた。
 娘の名は秋架しゅうか。繊細な面差し、言葉遣いに、どこか京の香りを漂わせたその娘は、かつて東洲ノ国領主、鷹司家たかつかさけに仕えていた。しかし、何らかの事情により、今はこの地で慎ましく暮らしている。秋架は、意識の戻った若者にそっと名を問うた。
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