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第六章──信(たより)の愛し人、裏切りを超えて
78話
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「な、何を戯れ申す……われは未だ、つつがなく日々を過ごしておる。かようなこと、あるはずが……それに、この左の手の甲に痣など在りはせぬ!」
清の言葉に動揺を隠せない秋架は左手の甲を清に見せた。しかし見せた途端、思い出した。
──左手の甲の違和感が……それがもしかして……──
「花紋様の痣は、花仕舞師たるわれと、根音、根子のごとき花護人にしか見えぬもの……誠に申し上げにくきことながら……」
「戯けたことを申すな! われには何も見えず、何も感じぬ。それに、信じた御方を……待つため……!? 待つじゃと……!?」
──私は何を言っている? 何も約束などしていないのに……私は心のどこかであの方を待っているの……!?──
清の言葉に動揺したことで片隅に仕舞った想いが溢れだした。
「われは……われは……」
呼吸を乱し、声は裏返り、秋架の高貴な立ち振舞いは一気に崩れ、そこにはただ一途に思ふ者を待つことができない恐れへと変わっていく。そしてそれ以上に信じることをよしとしてきた者が、怨みの膜に包まれていく。心の奥で静かに滲んでいた怨みが、ついに姿を現し始めた。
──私は信じると言う言葉を言い訳に裏切られることを恐れていた。信じれば信じるほど、それが本当は怨みを育てていた。父、文綱もそう、この高杜の里も、そして……信じた蒼真殿も……信じたのに蒼真殿は裏切りこの里を出て行った。私は……何を信じた? それともどこかで怨んでいた?──
「われは……蒼真殿を……怨んでおる……」
秋架の唇から静かに言葉が滑る。
「秋架殿……! それは違いまする。実のところ、われは道すがら蒼真殿にお会い仕った。急ぎゆえ長く言葉は交わせませなんだが、ただひとつ、願いを秋架殿に伝えてくれと懇願されました」
清の言葉が秋架の乱れた心を包む。いや、無理やり引き戻させた。
「蒼真殿と……?」
「待っていてくれと……信じておれと……蒼真殿の真意、決して裏切りなどにあらず。必ずや何かの御意図あらん……ゆえに、どうか……」
その刻──
ガッガッガッ──ガタン──
立て付けの悪い戸板が乱暴に開いた。あの清たちに冷たい罵声を浴びせた鉄だ。
「秋架さま……一大事にござる! あの旗印は、まさしく西嶺ノ国! その西嶺軍が、常陰さまの御屋敷へ押し寄せ……ただならぬ気配にて……!」
鉄の焦りに正気に戻る秋架。
「なんと申すか!? 清殿、誠に相済まぬ。されど、これなる事態、もはや急ぎゆかねばならぬ……御免!」
秋架は鉄と庵を飛び出そうとするが、振り向く。
「清殿方は、早々にお逃げくだされ。それに……われは、未だつつがなく存じておるゆえ……!」
そう言い残すと常陰の屋敷に走り出した。屋敷の方には黒煙が上がり、ざわめきが恐ろしいほど響いている。清は秋架を見送る他なかった。しかし──
その時、清ははっきりと見ていた。秋架の花紋様はくっきりと枯れた色に変わっていたのを……まるで冬枯れの花のように色を失っていったのを……。
そして、庵の陰から清と秋架、二人の会話を聞いていた影が二つ。
「清よ……いかが致す? 秋架殿の『信』、されどその裏に『怨』もまた顔を出したぞ……」
「まっこと……見物にてありんすな……」
「妾らも参ろうぞ……花化従」
「ははっ、承知仕りんす……静さま……」
清の言葉に動揺を隠せない秋架は左手の甲を清に見せた。しかし見せた途端、思い出した。
──左手の甲の違和感が……それがもしかして……──
「花紋様の痣は、花仕舞師たるわれと、根音、根子のごとき花護人にしか見えぬもの……誠に申し上げにくきことながら……」
「戯けたことを申すな! われには何も見えず、何も感じぬ。それに、信じた御方を……待つため……!? 待つじゃと……!?」
──私は何を言っている? 何も約束などしていないのに……私は心のどこかであの方を待っているの……!?──
清の言葉に動揺したことで片隅に仕舞った想いが溢れだした。
「われは……われは……」
呼吸を乱し、声は裏返り、秋架の高貴な立ち振舞いは一気に崩れ、そこにはただ一途に思ふ者を待つことができない恐れへと変わっていく。そしてそれ以上に信じることをよしとしてきた者が、怨みの膜に包まれていく。心の奥で静かに滲んでいた怨みが、ついに姿を現し始めた。
──私は信じると言う言葉を言い訳に裏切られることを恐れていた。信じれば信じるほど、それが本当は怨みを育てていた。父、文綱もそう、この高杜の里も、そして……信じた蒼真殿も……信じたのに蒼真殿は裏切りこの里を出て行った。私は……何を信じた? それともどこかで怨んでいた?──
「われは……蒼真殿を……怨んでおる……」
秋架の唇から静かに言葉が滑る。
「秋架殿……! それは違いまする。実のところ、われは道すがら蒼真殿にお会い仕った。急ぎゆえ長く言葉は交わせませなんだが、ただひとつ、願いを秋架殿に伝えてくれと懇願されました」
清の言葉が秋架の乱れた心を包む。いや、無理やり引き戻させた。
「蒼真殿と……?」
「待っていてくれと……信じておれと……蒼真殿の真意、決して裏切りなどにあらず。必ずや何かの御意図あらん……ゆえに、どうか……」
その刻──
ガッガッガッ──ガタン──
立て付けの悪い戸板が乱暴に開いた。あの清たちに冷たい罵声を浴びせた鉄だ。
「秋架さま……一大事にござる! あの旗印は、まさしく西嶺ノ国! その西嶺軍が、常陰さまの御屋敷へ押し寄せ……ただならぬ気配にて……!」
鉄の焦りに正気に戻る秋架。
「なんと申すか!? 清殿、誠に相済まぬ。されど、これなる事態、もはや急ぎゆかねばならぬ……御免!」
秋架は鉄と庵を飛び出そうとするが、振り向く。
「清殿方は、早々にお逃げくだされ。それに……われは、未だつつがなく存じておるゆえ……!」
そう言い残すと常陰の屋敷に走り出した。屋敷の方には黒煙が上がり、ざわめきが恐ろしいほど響いている。清は秋架を見送る他なかった。しかし──
その時、清ははっきりと見ていた。秋架の花紋様はくっきりと枯れた色に変わっていたのを……まるで冬枯れの花のように色を失っていったのを……。
そして、庵の陰から清と秋架、二人の会話を聞いていた影が二つ。
「清よ……いかが致す? 秋架殿の『信』、されどその裏に『怨』もまた顔を出したぞ……」
「まっこと……見物にてありんすな……」
「妾らも参ろうぞ……花化従」
「ははっ、承知仕りんす……静さま……」
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