142 / 159
第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手
142話
しおりを挟む
「何を申される……緋美はまだ十にて候……これより先の子にてござろう……」
清は首を振る。
「人の死に年の数など、関わり申さぬ。そはわれらが勝手に定むるものにあらず……紅花殿も、それは重々おわかりのはず」
紅花は人の理を承知で今度は清に縋る。
「……なんとか、緋美をお救いくださらぬか。妾が命と引き換えに……」
膝を折り手をつき、恥を忍んで、額を地面に擦りつけ懇願する。
「面をおあげなされ、紅花殿……われは術師にあらず、現し神にてもござらぬ。そのような力、持ち合わせてはおりませぬ。ただ、徳をもって希望を授け、常世へと導くのみ……ゆえにこそ、緋美殿を『罰』より解き放つため、紅花殿の御力が要るのです」
紅花は無力な己を呪う。
「しかし……それでは、緋美を黄泉へ見送るのみ……。契り申したのだ……緋美を大切に守り抜くと……緋美のまことの母、夜月に……夜月が息絶えるその刹那、妾は誓いを立て申した……それさえも守れぬとは……」
涙が止めどなく溢れる。
「紅花殿……」
清は静かに呼吸を止める。そして……優しく、それでいて力強く紅花に語りかける。
「紅花殿の緋美殿への想い、その一言一言より、しかと伝わり申した……されど、われひとりの力では叶わぬ……ゆえに……」
清は呼吸を吸い一気に吐く。
「届け──花文! みなの想いを伝えてたもれ……」
清の花文が色とりどりの花を纏いし光の帯が連なり、紅花の心に雪崩れ込む。それは八つの仕舞われた魂……
──それぞれの徳の持ち主『仁』の報われたお雪、『義』の罪を背負い義を求めた灰塊、『礼』の心眼の導き手の零闇、『智』の心理を追い求めた孤風、『忠』の忠義に生きた悲劇の侍、現路、『信』の揺るぎない信を貫いた、慈悲深き秋架、『孝』の、後悔を乗り越え、未来に希望を託した孝行息子、幸吉、そして『悌』の執念の匠、伝八──
それぞれの想いが紅花の心を灯す。それは哀を乗り越えた者どもの確かなる導き。
「これは……」
紅花が問いかける。
「われが仕舞いし者どもにて候……何か、感じられませぬか? 人はそれぞれに生き様を持ち、後悔も未練も抱えておる……されど、それらを乗り越えてこそ、旅立てる……この者らもまた然り。ならば緋美殿も、その『罰』を乗り越えねばならぬ……そして緋美殿の後悔、未練を断ち切る、それができるは……紅花殿、そなたのみぞ」
八つの徳に見守られた気分になる紅花はゆっくりと語りはじめた。
「それは……どうしようもなきこと……妾は緋美の真の母、夜月をこの手にかけた。殺めし事実、消えはせぬ。されど……あの時の妾には、抗えぬ忍びの掟があった……今にして思えば、なんと空しき掟であったか……」
紅花は静かに語りだした。かすかに吹いた風は散り落ち積もった桜の花弁をゆっくりと吹き散らしていった。
清は首を振る。
「人の死に年の数など、関わり申さぬ。そはわれらが勝手に定むるものにあらず……紅花殿も、それは重々おわかりのはず」
紅花は人の理を承知で今度は清に縋る。
「……なんとか、緋美をお救いくださらぬか。妾が命と引き換えに……」
膝を折り手をつき、恥を忍んで、額を地面に擦りつけ懇願する。
「面をおあげなされ、紅花殿……われは術師にあらず、現し神にてもござらぬ。そのような力、持ち合わせてはおりませぬ。ただ、徳をもって希望を授け、常世へと導くのみ……ゆえにこそ、緋美殿を『罰』より解き放つため、紅花殿の御力が要るのです」
紅花は無力な己を呪う。
「しかし……それでは、緋美を黄泉へ見送るのみ……。契り申したのだ……緋美を大切に守り抜くと……緋美のまことの母、夜月に……夜月が息絶えるその刹那、妾は誓いを立て申した……それさえも守れぬとは……」
涙が止めどなく溢れる。
「紅花殿……」
清は静かに呼吸を止める。そして……優しく、それでいて力強く紅花に語りかける。
「紅花殿の緋美殿への想い、その一言一言より、しかと伝わり申した……されど、われひとりの力では叶わぬ……ゆえに……」
清は呼吸を吸い一気に吐く。
「届け──花文! みなの想いを伝えてたもれ……」
清の花文が色とりどりの花を纏いし光の帯が連なり、紅花の心に雪崩れ込む。それは八つの仕舞われた魂……
──それぞれの徳の持ち主『仁』の報われたお雪、『義』の罪を背負い義を求めた灰塊、『礼』の心眼の導き手の零闇、『智』の心理を追い求めた孤風、『忠』の忠義に生きた悲劇の侍、現路、『信』の揺るぎない信を貫いた、慈悲深き秋架、『孝』の、後悔を乗り越え、未来に希望を託した孝行息子、幸吉、そして『悌』の執念の匠、伝八──
それぞれの想いが紅花の心を灯す。それは哀を乗り越えた者どもの確かなる導き。
「これは……」
紅花が問いかける。
「われが仕舞いし者どもにて候……何か、感じられませぬか? 人はそれぞれに生き様を持ち、後悔も未練も抱えておる……されど、それらを乗り越えてこそ、旅立てる……この者らもまた然り。ならば緋美殿も、その『罰』を乗り越えねばならぬ……そして緋美殿の後悔、未練を断ち切る、それができるは……紅花殿、そなたのみぞ」
八つの徳に見守られた気分になる紅花はゆっくりと語りはじめた。
「それは……どうしようもなきこと……妾は緋美の真の母、夜月をこの手にかけた。殺めし事実、消えはせぬ。されど……あの時の妾には、抗えぬ忍びの掟があった……今にして思えば、なんと空しき掟であったか……」
紅花は静かに語りだした。かすかに吹いた風は散り落ち積もった桜の花弁をゆっくりと吹き散らしていった。
0
あなたにおすすめの小説
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる