花仕舞師

RISING SUN

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第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手

145話

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 琥太郎の前に突如影が盾になる。言葉は血の風とともに舞う。
「あはは……やはり叶わぬものですな……われは、忍としても……母としても、失格にて候……」
「夜月……夜月ぃぃ──」
 声が自然に喉を這う。暴れだす。口を無理やり開かせた。
 手を広げ、庇うように全身に矢を受けた夜月。自然に身体が動く。背の痛みなど関係ない。夜月を抱き抱えたまま、まるで流水が隙間を見つける如く敵陣の手薄な道筋を走る。風と見まがうほどの早さ、そして人ひとり抱えたままの動きは人に非らず。兵たちの心に芽生えたものは「前に立ちはだかれば切られる」という恐怖だった。
「おかしいですな……確かに心の臓を突き立てたはずが……わずかに逸れたようにて……その刹那、急所に緋美の顔が思い浮かばれて……貫けず……まこと、忍として失格……」
 夜月の声はか細くなる。
「申すな!」
 敵陣の最中、縫うように走り、暗闇を味方にできるまでの距離を見つける。
「追えっ! 我に恥をかかすな!」
 背中から笹虎の叫び声が聞こえる。しかし、琥太郎は見向きもしない。やがて二人は闇に消える。笹虎の軍勢は……琥太郎の鬼気迫る逃走という戦いに敗れた者のように静まり返っていた。

 辺りを見渡す琥太郎。敵の姿を確認できない。
「夜月……なにゆえ……そなたは斯様なことを……」
 肩を震わせる琥太郎。
 呼吸を荒くしながら夜月は、なんとしても琥太郎に伝えようとした。
「琥太郎殿……妾は幼き頃より忍として鍛えられ、この道こそが宿命と思い定めて参りました……されど……緋美が産まれ、母としての情を知り申した……緋美と共に穏やかに生きたいと……淡き望みを抱くようになったのです……しかしわれは忍……掟に縛られ、許されぬ……その折、笹虎の使者が影より近づき申した……「間者となれば、領内にて庇い、望みのままに生かしてやろう」と……」
 夜月の目の光が消えていく。
「もう、語るな……夜月よ……帰るぞ……緋美の元へ……」
 手をしっかりと握る。それでも夜月は止めない。
「われは……母として……緋美との安らぎを選び、物の怪にてすべてを失いました……それが……里を裏切り……そなた……琥太郎殿を裏切ると知りながらも……あぁ……緋美がわれのすべてであった……」
「もうよい……語るな……緋美が……緋美が夜月を待っとる……」
「赦してたもれ……われは『つみ』を負おう覚悟……されど娘、されど緋美だけは……何卒……何卒情けを……情けをかけてくだされ……あのか弱き指先の温もりに情けを……」
 かすかに映る琥太郎の顔を見つめながら、襟を掴む。
「もう申すな……緋美はわれが護る……そなたの想いと共に……そのか弱き指先の温もりを……」
「お、恩にきりまする……琥太郎殿……そしてどうか裏切り者の母とだけは……このことだけは誰にも口を開かずにお願いした……い……お頼みも……う……す……緋美……われの可……愛い……坊や……」
 この言葉を最後に呼吸音を繰り返すだけになる夜月。目を見開いたまま、それは緋美を最期の最期まで探すかのように……しかし、届かぬ視線……。指先はかすかに動く…、緋美の温もりを探るように……しかし、それはもうたどり着けず……。

 ヒューヒュー……ヒューヒュー……


 すでに言葉は届かない。このまま苦しみながら死を待つのみと変わり果てた夜月。琥太郎は忍刀を夜月の喉元に静かにあてた。

「忍の掟とは……なんぞ……」

 スツッッ──

 刃が喉元を流れた……。

 上弦の月の元……静かに散る飛沫はただ二人のみが知る。琥太郎は夜月の見開いた目に手を翳し、そっと優しく閉ざす。飛沫は月に照らされ緋美色に染め上げていた。
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