本当はあなたを愛してました

涙乃(るの)

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第ニ部

治療 ①

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治安隊が到着すると、ルーカスは馬車へと運ばれた。
私も後に続いて乗り込む。

馬車は治安隊所有のもので、御者も騎士服を身に纏っていた。
車体には特別な印があり、怪我人などを護送していると一目でわかる。
緊急を要すると察して、周囲が避けてくれる。
どのくらいの道のりかは分からないけれど、渋滞に巻き込まれることなく進めそうで安心した。

車内に一緒に乗り込んで来たのは、中年の精悍な顔立ちの男性だった。

鍛えられた体格の男性なので、威圧感がある。やましいことがあるわけではないけれど、一緒の空間にいるだけで萎縮してしまう。事件性の可能性があると言われていたこともあり、疑われているのではいかと勘繰ってしまう。
そんな気持ちを悟られないように、ぎこちなく挨拶を交わす。


「宜しくお願いします。」


「あぁ」

元々寡黙な方なのか、もしくは私が疑われているからなのか、それ以上言葉を交わすことはなかった。その時は。

御者の掛け声と共に馬車は動き出した。徐々にスピードを上げていく。

診療所の先生は、私を信じて話してくれた。
その信用に応えたい。きっとルーカスは元気になる。そしたら、その時はルーカスと一緒にお礼を伝えに行きたい。

エミリオにも相談しないと。

手に力が入り、診療所の紹介状に皺ができる。

いけない、大事なものなのに。
丁寧に皺を伸ばすと、斜め掛けした小さな鞄の中に入れた。

あら? 何だろう

鞄の中には、被っていたスカーフと財布とハンカチしか入れてなかったはず。

スカーフを入れた時には気づかなかった。鞄の底に、折り畳まれた紙が入っていた。

おもむろに広げると、三人の絵が描かれていた。 かろうじて、人間と分かるイラストだった。三人ともにっこりと笑っている。身体は棒人間みたいだった。

「ふふ」

カオリが描いたのね。絵を描くのが苦手な所は、私に似たのね。
この小さな子はカオリね。中央にカオリ、左右にエミリオと私。
いつの間にこんな絵を描いたの?
こっそりと鞄に入れるなんて。
帰ったらカオリに聞かないと。
ふふふ。今頃何しているかしら。

そうだったわ、何も告げずに出て来たのだった。
カオリが、私を探しているかもしれない。

でも、エミリオは……?

エミリオは私がいなくなって、どう思っているだろう。
それに、なんと説明したらいいの?

連絡したとしても、果たして耳を傾けてくれるかしら。

会話すらまともにできていないのに……。
エミリオは、また誤解するわよね。


ルーカスと逢引していたのだと。
逆の立場だったら、自分だって疑う。

「はぁ……」

ため息をついた後、気持ちを無理矢理切り替える。

スタッフの方からお借りしたタオルで、ルーカスの汗ばんだ顔を拭う。

ぽた、ぽた、とルーカスの頬に私の涙が落ちる。

「あっ、ごめん……」

慌てて涙を拭っていると、ルーカスが重い瞼を開けた。

「ルーカス?」

何かを言いかけて、口を閉ざす。
言葉を発する気力がないようだった。

黙って私の目を捉えると、安心したように瞼を閉じる。ルーカスの口角がほんのりと動いた。

ルーカス……

私は、声を押し殺して泣いていた。

騎士の存在は、完全に頭から抜け落ちていた。
横たわるルーカスしか目に入っていなかったから。
だから、突然声をかけられて、飛び上がる程驚いてしまった。


「心配だな」


「え?」

「このスピードなら速く到着する。恋人ならさぞ辛いだろう」

「恋人に見えますか?」

隊員は怪訝な顔をする。

「はは」

思わず乾いた笑いがこぼれる。
見ず知らずの人が、恋人と誤解するのだもの。夫であるエミリオの目には、どう映るだろう。エミリオは夫、ルーカスは幼馴染。

改めて、自分の行動を見つめ直す。

いったい、私は何をしているの?


「だとしたら問題ですね。

私は、別の男性と……彼の知っている人と、結婚しているのに」

「不倫しているのか?」

「違います‼︎ 変なことを言わないでください!」

刺すような視線で、騎士様を睨みながら即答する。
私の視線に動じることなく、騎士様は言葉を続ける。


「━━さきほどの百面相は、そのことが関係しているのか。落ち込んでいたかと思えば、急に微笑んでいたのが気になっていたが。 いや、不躾に観察してすまない。これも職務の一貫で……」


「百面相? あぁ、見られていたのですね。娘が描いたイラストを見ていた時ですね。
ふふ、なんだか不思議ですね。最初はちょっと怖いなと思っていたんです、騎士様のこと。

なのに、今は、どうしようもなく自分の気持ちを聞いてほしくなっています。どうしてでしょうね。
もしかして、尋問する時の手法ですか?


黙っている騎士様に向かって、訥々と自分のことを話し始めた。

自分の気持ちを整理したかったこともあるし、何より誰かに聞いてほしかった。

初対面の人だからこそ、敢えて気持ちを吐露することができたのかもしれない。

ルーカスとは幼馴染だということ。

どうしようもない理由で、別れてしまったこと。

別の人と結婚したこと。


偶然再会して、苦しむ彼を放っておけずに、診療所に付き添い今に至ること。

大切な家族がいるのに……。


「誰かを傷つけることなんてしたくないのに! 私の行動は、いつも誰かを傷つけてしまう。

あの頃ルーカスの力になれなかったことを、ずっと、ずっと、後悔してた。
自分だけが幸せになるのが、申し訳なくて。

それでもルーカスが決めたことなら、自分の人生を歩んでいるのなら、ここまでしなかった。


なのに……ルーカスは今も苦しんでいる。

過去に囚われたまま。

そんなこと知ってしまったら……放っておけない。
それに、もうすぐあの人の呪縛から解放されるチャンスが訪れるかもしれないのに。 それなのに……どうして、こんなことに……あんまりだわ……ルーカスばかりどうしてこんなに苦しまないといけないの!」



俯いて自分の掌を握りしめる。
私は、ルーカスを救いたい。助けたい。それだけなのに……。



「彼は、過去に囚われているのですか?」

「え?」

「彼がそう言ったのですか? 気を悪くしないでほしい。だが、私にはあなたの一方的な思い込みが強いように思える。彼から助けを求められたのか?
男は惚れた女には、弱味を見せたくないものだ。どんな時でも、女を守ろうとするものだ。」

「ルーカスは……こんなに苦しんでいる時でも、なんでもないと言ってました。大丈夫だと。」

「カッコつけたいんだよ男は。彼がそうだと決めつけている訳じゃない。あくまで一般論として聞いてくれ。
彼が大丈夫だと言ったのは、どうしてだと思う? 
あなたに心配をかけたくなかったからではないか?」

「そんなこと分かってます! でも、心配するでしょう?だって、私は……」

「言葉が詰まったようだな。それが答えではないのか?
幼馴染と言ってたな。あくまで親しい友人だろう?
娘がいると言っていたな?
今のあなたの行動を、娘に包み隠さずはなせるのか?
彼に頼まれたのか?」

「それはっ……。
ルーカスは一人で、立ち去ろうとしていました。無理矢理……私が付き添ったのかもしれないです。
ルーカスは、大丈夫だと言ってたから」

「彼は、あなたを遠ざけようとしたのでは?
あなたと一緒にいる所を見られるのを、気にしていたりしなかったか?
 醜聞になることを恐れていなかったか?
常識的な人間なら、あなたを守ろうと遠ざけるものだ。
それが、彼の真意だと思うが。」

 

「そんなことっ、騎士様に言われなくても分かっています!」

「いいや、あなたは分かっていない。
このままでは、大切なものを失いかねない。あなたはまだ若い。

今まで生きてきた時間よりも、これから先の人生の方が長い。

これからも多くのことを経験するだろう。
過去を振り返ってばかりでは何も解決しない。過ぎ去った過去ではなく、今、これからのことに目を向けなければ。
将来後悔することがないように。 

あなたより少しだけ人生経験をした先輩からの忠告だ。

どんな事があっても、
誰かや何かのせいにしないことだ。
逃げるのは簡単だ。

立ち向かうことよりも。

その時の自分にとって、最善だと思う行いをすることだ。

そして、大切なひとには言葉で伝えること。

本音でぶつからなければ解決しないこともある。


まぁ、他人の私が、分かったようなことを言ってすまない。

歳を取るものではないな。
後輩からも、説教くさいとよく指摘される。」

最後の言葉は、モゴモゴと口籠もっていた。

私も見ず知らずの方に、身の上話を聞かせたことを謝罪する。

「いえ、こちらこそすみません。親身になって聞いていただき、ありがとうございます。」

私は、言われた内容を受け止めようと努力した。
理解していても、気持ちの整理するのが難しく、心の中に落とし込むには時間を要した。

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