傷だらけの令嬢 〜逃げ出したら優しい人に助けられ、騎士様に守られています〜

涙乃(るの)

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女性に案内されたのは、年季の入った建物の前だった。






  壁には看板が掲げられおり、そこには“三日月亭”と書かれている。三日月のマークが店名の末尾に書かれているのが、可愛らしい。






  「ここだよ。さぁ、入って」






  女性に促され、中へと足を踏み入れる。





  なんだか懐かしくなるような、不思議な感覚がした。






  奥から漂ってくる料理の匂いのせいなのか、温かい空気感のせいなのか、母と過ごした日々が思い出された。






  目の前のカウンターには、受付と書かれた札がある。





  物珍しくて きょろきょろと見回す。食事処なのか、テーブルや椅子が沢山あるのが目に入った。






  「あんた、今帰ったよ」と 女性が奥に向かって声をかけると、「あぁ」と野太い男性の声が返ってきた。








  家族の人? ご挨拶しなければ。








  「お、お邪魔します」




  遠慮がちに入口付近で右往左往している私の背を、女性はそっと押しながら、中へと連れて行く。




  「そんなに畏まらなくてもいいから、ほらほら、荷物はその辺りに置いとくれ。


  そして、あんたはここに座っておくれ。ちょっと、失礼するよ、怪我をみせてもらうね」





  「は、はい」





  私は言われるがままに椅子に腰掛ける。





  「ちょっとだけ、そのまま待っていてくれるかい? すぐ戻るから」





  女性はそう言い残すと、奥の方へ姿を消す。 言葉通りにすぐに戻ってきた。両手にタオルや包帯を抱えている。





  「お待たせしたね。まず、頬にはこの濡らしたタオルを自分で当ててごらん。少し冷やした方がいい。腫れが引くから。あぁ、でも、傷の手当てが先だね。手の傷に包帯を巻いてからだね。


  手の傷を見せてもらうよ。あぁ……血がまだ出てるよ。少し沁みるけど、ちょっとだけ我慢しておくれ」




  「あ、あのっ。大丈夫ですからっ」



  女性は手際よく草木を掻き分けた時にできた傷を、消毒していく。



  「こんなになって……痛かっただろう? あかぎれも酷いね……、こんなに……軟膏があったと思うから後から塗っておこうね。他にも怪我した所があるんじゃないのかい? 」



  女性が私の手首の袖を捲ろうとした瞬間、慌てて手を引っ込めた。



  「大丈夫です!」



  腕を見られたくなくて、隠すように抱え込む。




  破れた箇所から肌が露出している。その為、鞭で打たれた痣が露わになっていた。




  「……あんた…それ……怪我してるじゃないかい」




  「これは違います! 全然、平気だから……」




  私は、痣を隠すように手を当てて俯く。





  お願い、これ以上何も聞かないで……。


  どうか誰にも言わないで……。あそこに戻りたくない!




  「あんた、ひょっとして……」




  女性は何か言いかけたけれど、言葉を飲み込む。



  ただ、黙ってゆっくりと席を立ち奥の部屋に入っていった。




  どうしよう、どうしよう……。何か詮索される前に立ち去るべき?



  立ち去らなければと思うものの、疲弊していて頭が回らず、どうしたらよいのか分からなかった。



  そのまま、俯いてじっと座っていた。



  しばらくすると、話し声が聞こえてきた。



  先程の女性が中年の男性を伴って近づいてくる。





  「ちょっと、話をしてもいいかい?」



  胡乱な眼差しで女性達をみた後、こくんと首をふる。


  二人は私の向かい側に腰掛ける。




  「この人はね、あたしの亭主のダン。あんまり愛想がないけど、怖くないからね。そんで、私の名前はルイーザ。ここで宿屋を営んでる」




  「私は、ソフィアです」



  自己紹介をされたので、自分の名前を名乗った。




  「ソフィア。いい名前だね。


  ソフィア、踏み込んだ質問をするけど、あんた、どこか行く所はあるのかい? もう、暗くなってきたし、怪我してるし……なんだか心配でね。おせっかいなのは分かってるけど……」




  柔和な笑顔を浮かべるルイーザさんに尋ねられて、思わず助けを求めそうになった。





  これ以上、迷惑はかけられない。



  何か言って、ごまかそうと思ったけれど、適当な答えが何も思い浮かばない。





  私は、ただ黙って、ふるふると首を左右に振ることしかできなかった。



  「やっぱり……」



  予想通りだと言わんばかりにルイーザさんは、ダンさんに目配せする。



  すると、ダンさんが「なら、ここで働いたらいい」と一言だけ言い残し、そそくさと席を立った。




  後は任せると言わんばかりに、ダンさんは奥の部屋に戻っていった。



  「え?」



  ここで、働く?



  てっきり義姉の元へ送り返されるかと思っていたので、


  驚いた。


  自分に都合の良い幻聴が聞こえたのではないだろうか……?





  「ソフィア、私達にはね、あんたぐらいの娘がいたんだけどね……。



  ちょっと前に、亡くなってね……。


  夫婦二人でがむしゃらに働くことで、娘のことはなるべく考えないようにしてきたんだ。


  娘の部屋は、手付かずでまだそのままの状態だしね……。





  あんたからしたら、ちょっと気分悪いかもしれないが、良ければ、娘の服など使っておくれよ。


  もちろん部屋も自由に使ってくれていい。まぁ、ちょっとばかり掃除が必要かもしれないがね。


  やっぱり、気分悪いかい?」




  「気分が悪いだなんて、そんなことありません!あ、あの、本当に、いいんですか?私なんかが、ここにいても……ご迷惑じゃ?」




  「あぁ、なんにも、迷惑なことはないさ、気にすることはないよ。みんなね、何かしら生きてれば色々とあるもんさ。私達も……あんたも……。


  何があったか知らないけど、これから、ここでやり直せばいい。どうだい?」




  「あ、ありがとう…ござ…います……ぐすっ……」




  「ほらほら、可愛い顔が台無しじゃないかい、さぁさぁ、よしよし」




  ルイーザさんは、優しく背中をさすってくれた。私が落ち着くまでずっと。




  二人の優しさが、渇ききった私の心に沁み入る。




  感極まり、涙が後から後からあふれ出てくる。


  信じられない幸運に感謝するばかりだった。



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