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わたし、狼になります!
第38話 お洗濯
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「ごめんなさい」
シェリーはうつむいた。シルヴィの視線が、あの日の記憶に突き刺さる。
自分は何も知らなかった。何も見ていなかった。そんなものは言い逃れにしか過ぎない。呑み込んだ言葉は罪悪の苦い味がした。
「気にしないで。あたしは人間どもについて言ってるんであって、別に、あんた本人のことを言ってるんじゃないから」
シルヴィは取りつくろった、しらじらしい笑みを浮かべる。
「わざわざこんなところまで嫌みだけ言いに来るわけがないでしょ。ルロイがあんたを探してたよ」
「えっ、ルロイさんが、わたしを?」
シェリーは、先ほどまでとは打って変わって声を弾ませた。つい、手にした洗濯物を取り落として、腰を浮かせる。
「じゃ、早く帰ってごはんの支度しなくっちゃ」
「急ぐことないよ。どうせあいつら、夜中までどんちゃん騒ぎしてんだから、やることちゃんとすませてから帰った方がいいよ。さもないと」
シルヴィはふと口をつぐんだ。いわくありげな表情で、ぺろりと下唇を舐める。シェリーは小首をかしげた。
「さもないと?」
「ううん、何でもない。とにかく伝えたから。それと」
シルヴィはじろりとシェリーの足元の洗濯かごを見やる。シェリーは、その仕草につられて視線を落とした。
「他に何か御用でも」
「それ、どう見ても二人分の洗濯じゃないよね。村であんたの噂を聞いたけど。いつまでもぐずぐず洗濯ばっかりしてるって」
「せんたくやらされてるー」
「ぐずぐずしてるー」
「せんたくおおすぎー」
シェリーはシルヴィの言いたいことが今ひとつ分からず、けげんに思いはしたものの、とりあえずうなずいた。確かに洗濯物は多い。でも、これにはちゃんとした訳がある。
「はい、あの、でも……」
「あんたが誰に何人分の洗濯させられようが、あたしの知ったことじゃないけど。言いたいこともろくに言えないような弱虫の羊が紛れ込んでるんじゃ、ろくに群れの統率も取れないよね」
シルヴィはふいと尻尾を振った。尻尾にじゃれついていた狼っ子たちが振り飛ばされ、ころころと転がっていく。
「行くわよ、妹たち」
「はい、ねえさま」
「はい、ねえさま」
「はい、ねえさま。ばいばい、シェリー」
狼っ子の一人がいとけなく手を振る。シェリーはくすっと微笑んで手を振り返した。
「さようなら。またね、トーラちゃん。シルヴィさんもわざわざご足労くださいましてありがとうございました」
「その子はノーラ。残念だったね」
シルヴィは刺々しく言い残すと、素早い身のこなしで岩から岩へと跳ね、森へと消えた。
「トーラでいいのにー」
「マーラもばいばいするー」
「ねえさま間違ってるしー」
「早く来なさい、妹たち」
森の奥から飛んできた雷がぴしゃりと落ちる。狼っ子たちは飛び上がり、転がるようにシルヴィの後を追いかけていった。
愛らしいむくむくの後ろ姿が木陰に紛れて見えなくなる。シェリーはシルヴィが消えた森をじっと見つめた。やがて、微笑みが昇ってくる。
はやく洗濯を終わらせてしまおう。
できるだけ早く、ルロイにお帰りなさいを言うために。
シェリーはうつむいた。シルヴィの視線が、あの日の記憶に突き刺さる。
自分は何も知らなかった。何も見ていなかった。そんなものは言い逃れにしか過ぎない。呑み込んだ言葉は罪悪の苦い味がした。
「気にしないで。あたしは人間どもについて言ってるんであって、別に、あんた本人のことを言ってるんじゃないから」
シルヴィは取りつくろった、しらじらしい笑みを浮かべる。
「わざわざこんなところまで嫌みだけ言いに来るわけがないでしょ。ルロイがあんたを探してたよ」
「えっ、ルロイさんが、わたしを?」
シェリーは、先ほどまでとは打って変わって声を弾ませた。つい、手にした洗濯物を取り落として、腰を浮かせる。
「じゃ、早く帰ってごはんの支度しなくっちゃ」
「急ぐことないよ。どうせあいつら、夜中までどんちゃん騒ぎしてんだから、やることちゃんとすませてから帰った方がいいよ。さもないと」
シルヴィはふと口をつぐんだ。いわくありげな表情で、ぺろりと下唇を舐める。シェリーは小首をかしげた。
「さもないと?」
「ううん、何でもない。とにかく伝えたから。それと」
シルヴィはじろりとシェリーの足元の洗濯かごを見やる。シェリーは、その仕草につられて視線を落とした。
「他に何か御用でも」
「それ、どう見ても二人分の洗濯じゃないよね。村であんたの噂を聞いたけど。いつまでもぐずぐず洗濯ばっかりしてるって」
「せんたくやらされてるー」
「ぐずぐずしてるー」
「せんたくおおすぎー」
シェリーはシルヴィの言いたいことが今ひとつ分からず、けげんに思いはしたものの、とりあえずうなずいた。確かに洗濯物は多い。でも、これにはちゃんとした訳がある。
「はい、あの、でも……」
「あんたが誰に何人分の洗濯させられようが、あたしの知ったことじゃないけど。言いたいこともろくに言えないような弱虫の羊が紛れ込んでるんじゃ、ろくに群れの統率も取れないよね」
シルヴィはふいと尻尾を振った。尻尾にじゃれついていた狼っ子たちが振り飛ばされ、ころころと転がっていく。
「行くわよ、妹たち」
「はい、ねえさま」
「はい、ねえさま」
「はい、ねえさま。ばいばい、シェリー」
狼っ子の一人がいとけなく手を振る。シェリーはくすっと微笑んで手を振り返した。
「さようなら。またね、トーラちゃん。シルヴィさんもわざわざご足労くださいましてありがとうございました」
「その子はノーラ。残念だったね」
シルヴィは刺々しく言い残すと、素早い身のこなしで岩から岩へと跳ね、森へと消えた。
「トーラでいいのにー」
「マーラもばいばいするー」
「ねえさま間違ってるしー」
「早く来なさい、妹たち」
森の奥から飛んできた雷がぴしゃりと落ちる。狼っ子たちは飛び上がり、転がるようにシルヴィの後を追いかけていった。
愛らしいむくむくの後ろ姿が木陰に紛れて見えなくなる。シェリーはシルヴィが消えた森をじっと見つめた。やがて、微笑みが昇ってくる。
はやく洗濯を終わらせてしまおう。
できるだけ早く、ルロイにお帰りなさいを言うために。
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