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ステージ4 へラル編

第86話 谷底【side:へラル】

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 ワタシは暗くて寒い、何もない場所で生まれた。悪魔であるワタシに親がいたのか知らないしそもそも興味も無いが、どこか落ち着かない心を抱えていた。

 人を探せ――そんな声が内側から聞こえてくるのだ。

 それに従ってワタシは暗闇を駆け抜け、何もない空間の出口を探し回った。

 出口はどこにも無かったが外に出る方法に気付いたワタシは、ここじゃない別の世界に手を伸ばし、一人の少年を捕まえた。

 ……それが、天汰だった。


「――目を覚ましなさい……ここがあなたの望んだ世界ですよ」

「……え、ここどこだ……?」


 初めての他人との会話に興奮を抑えながら、ワタシは半分強引に彼を外の世界に叩き落とした。

 それからワタシは一度も辛いと思うことも無く、今日まで幸せに暮らし続けていた。
 ……だから、今のワタシの状態が理解出来ず、凄く困っている。


「……チッ、遠すぎだろ。飛び立ってもう5時間は経ってんだぞ……!? 灰が邪魔で先がみえねぇ……」


 ワタシと天汰の身体が混ざり合っているせいで身動きが取れない。しかも、天汰の身体で喋っているのはワタシ達以外の知らない奴だ。

 なんとなく、どこに向かっているか目星は付いている。と言っても真世界に住める場所なんて2ヶ所しかないし。

 ここからクローン工場までこの速度で飛び続けたところで丸2日は絶対にかかる。


「はぁ……ねみぃなあ……だりぃなあ……」


 さっきから弱音を吐いているな……今なら契約を多少無視して無理矢理解除出来るんじゃないか?

 それでも、天汰の記憶が戻ってくるなんて都合が良いことが起きないことは分かっている。ただ、ワタシの肉体さえ取り返せればコイツに抵抗は出来るはずだ。


「ふわぁ……ッッ!?」


 試しに体内にあるワタシの魔力を適当に動かしてみると、天汰は顔を歪ませて苦しみ始めた。
 もっと暴れたら天汰の身体から抜け出せるかもしれない。


「グッ……落ちる……ッ!」


 少しずつ引き剥がれようと動くにつれて天汰は不安定に揺れ、強風に煽られた拍子で墜落していく。

 もうちょいで肉体を取り戻せる……!
 ワタシは最後の抵抗として全魔力を天汰の内部で爆発させ、内蔵を破壊する。


「……時間稼ぎか? まったく、仕返し受けて理解出来たか? 我の感情を」


 ……何と言われようが構わない。後、さっきまで動揺して気が回せなかったけど、正体を思い出した。

 奴はワタシの中に潜んでいた神様で、ワタシが欠陥と呼ばれる原因。

 天汰には悪いけど、ワタシの身体から消えてもらう。





 * * *
 ……地面に雪のように灰が積もっていたおかげで、天汰から離れて傷一つなく着地に成功出来たけど、天汰の意識は戻ってこない。
 身体に付いた灰を払い、辺りを確認しようとするが悪天候につき何一つ情報が掴めない。


「うー寒い……」


 ワタシの身体は気温に強いけどここは極寒の地、流石に肌寒く感じている。
 こんな時こそ天汰に貼り付いて楽したいんだけどな……。

 しかもかなり中途半端な所に落っこちてしまったし、こうなったら天汰を引き摺ってでも先に進むべきだろう。

 倒れた天汰が向いている方向が行き先であると信じて、ワタシは天汰を引き摺りながら歩き始めた。


「こっちで当たってるかなー……」

「ここ懐かしいなぁ、来た覚えは無いけど」

「あーあ、歩くの疲れるなあ。めんどくせー」

「……次天汰が目を覚ましたらなんて言おうかな。『目覚めなさい、ここが今あなたが一番望んでいる世界です。ワタシと二人きりですよ?』……切れそうだからやめとこ」

「…………寒いなあー、天汰と寒いって思うよね? ……ねー、ここはとにかく寒い……」

「……寂しい」


 進み続けて数時間経っても景色は何も変わらない。

 集中が途切れないように独り言を発し続けていたが体力の消耗が激しい、疲労も溜まってきたし身体を風から守ろうか。


「……黒薔薇は無理か、生命が全部死んでるし。【黒百合クロユリ】!」


 背後から生えてくる影でワタシと天汰の身体を包み込み寒さを凌ぐ。

 お互いに少し動けるくらいの大きさにして天汰の様子を観察しながら、吹雪が止むまで待ち続けた。

 予測よりも随分と疲労が溜まっていたみたいで、気が付かないうちにワタシは深い眠りについていた。


「……これじゃ朝か夜か分からないや」

「――みてえだな」


 いつもの声で全く別人の口調で彼は話し始める。

 ワタシは覚悟を決めて振り返り、天汰に目を合わせた。


「我から離れることは上手くいったな」

「……いつ、天汰にあんな提案をそそのかしたの?」

「常にだ。身体を乗っ取るまでいかなくても瞬間的に吹き込み続けていたんだ、我は。誰にもそれがバレていなかったのはかなり幸運だったな」

「……名前は何。どうしてワタシの中で眠っていた?」


 恐る恐る彼に疑問を尋ねる。すると、予想だにしない答えが帰ってきた。


「……やだなぁ。だよ、瓜生天汰。コイツに名前は無いって前に聞いてる。それよりさ、もう嵐は止んでるだろ? さっさと工場に向かおうぜ」

「……天汰? いつから嘘ついてたの……」

「……ん? やだな、ずっとだよ。僕がこんな奴に負けるはずないじゃん」
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