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手袋 -4-
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ウミが島に戻ってきてから二回目の探索が終わり、僕は収集した燐光石の数に鼻白んでしまった。正確にカウントはしなかったが、恐らく二百を超えている。残りのエリアが、より山頂に近くなることを考えると、今後は毎日このレベル以上の浄化作業を覚悟しなければならない。僕がこの石の重さを担いで行動することに大きな問題はないが、ウミの躰はこの数の浄化に耐えられるだろうか…。正直、ある程度の石を次のエリアに繰り越すとか、少しでも負担を減らす方法はないか、悩んだ。ウミを脱出させるまで、今日を合わせて浄化は三回。うまく繰り越していけば…。
僕は目分量で三割程度の燐光石を次のエリアの起点場所に積み上げると、残りの燐光石を社に持ち帰った。これを繰り返せば、実質一日分の浄化負担を減らしてやる事ができる。
社の扉を開けて、僕は…たじろいだ。板張りの床の上には布団が敷かれており、ウミはそこに横たわっていたのだ。神主と祖母は、ウミの枕元に正座している。ウミは目を閉じて、ゆっくりと呼吸をしていたが、僕の存在に気づくと、顔を僕の方に向け、微笑んだ。
「おかえり…」声に元気は…なかった。「今日は、おそかったね…」
ウミの声は掠れ、まるで囁くようだった。
ウミは自分で布団をはぐと、左手だけを使って上体を起こそうとした。祖母が、それを後ろから支えた。ウミは、数回咳をした。
迂闊だった…。本当に、迂闊だった。こんなに悪くなっているなんて…。
「ごめんウミ、ここまで体調が悪化しているなんて思わなかった」僕は、震える声で言った。「もっと僕から連絡をとっておけばよかった」
ウミは薄っすらと笑った。
「連絡をとってたって…ユウくん、何もできなかったと思うよ」
それは…そうかもしれない…。けれど、ウミを励ます事くらいはできたかもしれない。いや、それも僕のエゴなのか…。当初から、浄化作業において、家から神社までの往復が、僕とウミとで別行動だった理由が理解できた気がする。ウミは、本当は僕に、こんな姿を見せたくはなかったんだ…。
神主は、僕に声をかけると、顎で外に出るように指示した。僕がそれに従うと、神主も一緒に外に出た。僕と神主は、巫女舞をした、あの広場で対峙した。
「圷さん、これからの話をしなければなりません」神主は、相変わらずの無表情で言った。「あなたには耐えられないかもしれませんが…」
正直、そこから先の話は聞きたくない、と思った。どう転んでも、いい話に展開していく筈がないからだ。
「…できるだけ、冷静に聞く努力はします」
僕が言った。神主は、頷いた。
「もう、時間がありません。いまのペースで浄化作業を進めても、完遂できない恐れがあります」
「時間…というのは」僕は、音が聞こえる程、喉をならして唾を飲み込んだ。次の言葉をなかなか継げなかった。「ウミの時間の事ですか」
「その通りです」
神主は躊躇う事もなく、答えた。
「…クソっ」
僕は吐き捨てるように呟いた。
「浄化を行える体力がいつまで続くかが勝負です。今の状態からすると、今月末まで持つことはないでしょう。だから、ウミの体力が続くうちに短期で決着をつける必要があります」
「それはつまり…」
「ええ」神主は首肯した。「明日から、あなたとウミには、土日もなく、毎日、燐光石の浄化にあたって頂かなければなりません」
「そんな事をしたら、ウミは確実に死んでしまう!」僕は社の中に聞こえない様、小声で叫んだ。「ウミの命を護ることよりも、浄化を急ぐ事の方が大事だって…そんな事、あり得ない!」
「あなたに心から理解して頂けるとは思っていませんが、私と、ウミの認識は同じです。ウミの命よりも、浄化の完了を優先します」
僕は…歯を強く食いしばった。そうしなければ、顎が震えで歯が鳴ってしまいそうだった。自分が、何に対して、どんな感情を抱いているのか、全く解らず、混乱した。怒りではない。憐憫だろうか…諦観だろうか…。頭のどこかで僕は、ウミがその結論を出している可能性を理解していた筈だ。でも、実際にそれを言われると、もう、どう咀嚼していいか解らなかった。僕は、どうすればいいんだ? はい、と答えて、ウミを見殺しにすればいいのか…?
僕と神主は対峙したまま、沈黙した。僕は…ただ、俯くしかなかった。社から時折、酷く咳き込む声が聞こえてきた。ウミが、燐光石の浄化をしているのだろう。右手を失った今、ウミは自分の左手だけで浄化を行っている…。左腕の悪化を、あの焼印は護ってくれるのだろうか…。
帰路、僕は夜道を歩きながら、野辺に電話をした。野辺は、すぐに応答してくれた。
「野辺、こんな相談をするのは申し訳ないんだけれど、ウミの脱出の日を早める事はできないだろうか?」
「早める? どうした? 何かあったか?」
僕は、手短にウミの状況と神主の言葉を伝えた。
「だから、もうできるものなら、本当は今日にでも連れ出したいところなんだ」
僕の言葉に野辺は、さすがにそれは無理だ、と返してきた。
「船に燃料を入れておく準備もあるしな…。それに、木百合を説得できないと連れて行くのは難しいんじゃないか? それは、お前しかできない役目だ」
「そうだよな…」
言ったものの、僕はウミを半ば誘拐してでも、連れ出さなければならないと考えている。
「とりあえず、解った。日程を早められるように、委員長へも連絡をしておくよ」
翌日から、ウミは学校に来られなくなった。生活の拠点を社に移し、いよいよ、燐光石を浄化するだけの器になってしまった。昼夜問わず祖母が介助につくことになったが、祖母の体力も消耗してきている。神主だけは…どうにも解らなかった。
クラスの皆は…どう状況を把握しているのか判然としなかったが、ウミの事を口に出そうとは誰もしなかった。誰もが、死の匂いを察知していたに違いない…。
「ウミ…明日、誕生日だね」アメリが、声をかけてきてくれた。「手袋は完成したの?」
僕は、できるだけ平静を装いながら、頷いた。
「なんとかね…。でも、なんかもう…渡さない方がいいような気がしてきた…。ウミの誕生日を祝っていいのか…解らなくなってきた」
「だめだよ、圷くん」アメリが心配そうな声で言った。「弱気にならないで…。そんな圷くんを見たら、ウミは絶対に悲しむよ。それに、希望はまだ捨てちゃだめ…だよね。リュウくんがきっと、助け出してくれるよ」
僕は、小さく頷いた。そうなんだ。それが、それだけが、最後の手段なんだ。
僕は目分量で三割程度の燐光石を次のエリアの起点場所に積み上げると、残りの燐光石を社に持ち帰った。これを繰り返せば、実質一日分の浄化負担を減らしてやる事ができる。
社の扉を開けて、僕は…たじろいだ。板張りの床の上には布団が敷かれており、ウミはそこに横たわっていたのだ。神主と祖母は、ウミの枕元に正座している。ウミは目を閉じて、ゆっくりと呼吸をしていたが、僕の存在に気づくと、顔を僕の方に向け、微笑んだ。
「おかえり…」声に元気は…なかった。「今日は、おそかったね…」
ウミの声は掠れ、まるで囁くようだった。
ウミは自分で布団をはぐと、左手だけを使って上体を起こそうとした。祖母が、それを後ろから支えた。ウミは、数回咳をした。
迂闊だった…。本当に、迂闊だった。こんなに悪くなっているなんて…。
「ごめんウミ、ここまで体調が悪化しているなんて思わなかった」僕は、震える声で言った。「もっと僕から連絡をとっておけばよかった」
ウミは薄っすらと笑った。
「連絡をとってたって…ユウくん、何もできなかったと思うよ」
それは…そうかもしれない…。けれど、ウミを励ます事くらいはできたかもしれない。いや、それも僕のエゴなのか…。当初から、浄化作業において、家から神社までの往復が、僕とウミとで別行動だった理由が理解できた気がする。ウミは、本当は僕に、こんな姿を見せたくはなかったんだ…。
神主は、僕に声をかけると、顎で外に出るように指示した。僕がそれに従うと、神主も一緒に外に出た。僕と神主は、巫女舞をした、あの広場で対峙した。
「圷さん、これからの話をしなければなりません」神主は、相変わらずの無表情で言った。「あなたには耐えられないかもしれませんが…」
正直、そこから先の話は聞きたくない、と思った。どう転んでも、いい話に展開していく筈がないからだ。
「…できるだけ、冷静に聞く努力はします」
僕が言った。神主は、頷いた。
「もう、時間がありません。いまのペースで浄化作業を進めても、完遂できない恐れがあります」
「時間…というのは」僕は、音が聞こえる程、喉をならして唾を飲み込んだ。次の言葉をなかなか継げなかった。「ウミの時間の事ですか」
「その通りです」
神主は躊躇う事もなく、答えた。
「…クソっ」
僕は吐き捨てるように呟いた。
「浄化を行える体力がいつまで続くかが勝負です。今の状態からすると、今月末まで持つことはないでしょう。だから、ウミの体力が続くうちに短期で決着をつける必要があります」
「それはつまり…」
「ええ」神主は首肯した。「明日から、あなたとウミには、土日もなく、毎日、燐光石の浄化にあたって頂かなければなりません」
「そんな事をしたら、ウミは確実に死んでしまう!」僕は社の中に聞こえない様、小声で叫んだ。「ウミの命を護ることよりも、浄化を急ぐ事の方が大事だって…そんな事、あり得ない!」
「あなたに心から理解して頂けるとは思っていませんが、私と、ウミの認識は同じです。ウミの命よりも、浄化の完了を優先します」
僕は…歯を強く食いしばった。そうしなければ、顎が震えで歯が鳴ってしまいそうだった。自分が、何に対して、どんな感情を抱いているのか、全く解らず、混乱した。怒りではない。憐憫だろうか…諦観だろうか…。頭のどこかで僕は、ウミがその結論を出している可能性を理解していた筈だ。でも、実際にそれを言われると、もう、どう咀嚼していいか解らなかった。僕は、どうすればいいんだ? はい、と答えて、ウミを見殺しにすればいいのか…?
僕と神主は対峙したまま、沈黙した。僕は…ただ、俯くしかなかった。社から時折、酷く咳き込む声が聞こえてきた。ウミが、燐光石の浄化をしているのだろう。右手を失った今、ウミは自分の左手だけで浄化を行っている…。左腕の悪化を、あの焼印は護ってくれるのだろうか…。
帰路、僕は夜道を歩きながら、野辺に電話をした。野辺は、すぐに応答してくれた。
「野辺、こんな相談をするのは申し訳ないんだけれど、ウミの脱出の日を早める事はできないだろうか?」
「早める? どうした? 何かあったか?」
僕は、手短にウミの状況と神主の言葉を伝えた。
「だから、もうできるものなら、本当は今日にでも連れ出したいところなんだ」
僕の言葉に野辺は、さすがにそれは無理だ、と返してきた。
「船に燃料を入れておく準備もあるしな…。それに、木百合を説得できないと連れて行くのは難しいんじゃないか? それは、お前しかできない役目だ」
「そうだよな…」
言ったものの、僕はウミを半ば誘拐してでも、連れ出さなければならないと考えている。
「とりあえず、解った。日程を早められるように、委員長へも連絡をしておくよ」
翌日から、ウミは学校に来られなくなった。生活の拠点を社に移し、いよいよ、燐光石を浄化するだけの器になってしまった。昼夜問わず祖母が介助につくことになったが、祖母の体力も消耗してきている。神主だけは…どうにも解らなかった。
クラスの皆は…どう状況を把握しているのか判然としなかったが、ウミの事を口に出そうとは誰もしなかった。誰もが、死の匂いを察知していたに違いない…。
「ウミ…明日、誕生日だね」アメリが、声をかけてきてくれた。「手袋は完成したの?」
僕は、できるだけ平静を装いながら、頷いた。
「なんとかね…。でも、なんかもう…渡さない方がいいような気がしてきた…。ウミの誕生日を祝っていいのか…解らなくなってきた」
「だめだよ、圷くん」アメリが心配そうな声で言った。「弱気にならないで…。そんな圷くんを見たら、ウミは絶対に悲しむよ。それに、希望はまだ捨てちゃだめ…だよね。リュウくんがきっと、助け出してくれるよ」
僕は、小さく頷いた。そうなんだ。それが、それだけが、最後の手段なんだ。
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