コミュ障じゃないボカロPが書いたラノベなんて読まない

ぼを

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Zayin(ザイン)

第1話

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 M3当日。昨日のうちに荷物はまとめておいた、つまりはCDの大量に入った段ボールをキャリアに括り付けておいたのだけれど、重心が難しく、会場までの道のりが難航しそうな事が予測できたので、僕は少し慌ただしく家を出た。

出た時に気づいたように閉めた扉を開けて、トイレの扉に向かって、ほら、いくよ、と声をかけた。ミコは、律儀にトイレを流す音を立ててから、恥かしそうに顔を覗かせ、えへへ、と言いながら出て来た。僕は、手の込んだ演出に鼻白むというよりも呆れながら、ミコの手を引いて家を出た。

 実は、僕の家から会場であるTRCまでは、徒歩圏内だったりする。まあ、だから毎回懲りずに参加をしている訳なのだけれども。今回は流石にCDの枚数が多いので、キャリアのまま歩いていく事を断念して、タクシーを拾った。会場までワンメータ。ドライバに安い客である事を謝罪しながら、お釣を拒否すると、律儀にトランクの中のCDを運び出し、会場入口付近に置いてくれた。こういう同人音楽イベントの存在を知らないようで少し驚いていた様だが、別れしな、頑張ってね、と声をかけてくれた。

 僕はミコと共に、会場に入った。先輩はまだ来ていない。そして、コスプレをしている人はそんなにいない。以前はコスプレ禁止イベントだったからな。

 キャリアを転がして、自分のブースの前で停めた。長机の半分が僕に与えられたスペース。幅80センチというのは、言葉で言うとそこそこあるように思えるが、実際にCDを置いてみるとかなり狭い。それは、前回までの経験で解っていた。

 僕は、机の上に畳まれた状態で無造作に置かれたパイプ椅子を退けると、手際よく段ボールからCDやら小型のポスター立てやらを取り出して、机の上に設置した。まだ隣のブースの人は来ていない。隣の人が来る前に設置が完了すれば、お互いに邪魔にならなくて塩梅がいい。

 設置が半分くらい終わった所で、先輩からLINEが来た。会場の入口。僕はサークル入館証を1枚余分に持ってから、ミコに、荷物を見張っててね、と言ってから駆け出した。

「ちょっとお」
ミコが呼び止めて来た。
「何?」
 僕が顔だけ振り向いて訊いた。
「荷物を見張る事なんて出来ないよ~」
 おっと、そうか。あまりにも自然にいるものだから、気付かなかった。
 僕は、じゃあその辺りに立ってて、と突き放して、会場入口に向かった。

 先輩は、すぐに解った。そりゃあ、解る。コスプレしてる人なんて少ないんだもの。
 ミコのコスプレ。ツインテールの長いウィッグ。髪の色は良くあるビビットなカラーではなく、若干パステル調に抑えてあり上品だ。というか、僕のタルパのミコの髪の色にちょっと似てる。先輩は僕を見つけると、顔を明るませてから、右手を肘から上だけ小さく振って合図をして見せた。

 僕は近づいてから、上から下まで、わざとまじまじと見てから、可愛い、と微笑んで見せた。先輩は、歯を少しだけ見せて、照れるように笑顔を見せた。ああ、この人は、こういう表情をするんだな、と思った。先輩にとってコスプレとはメタモルフォ―セであり、普段の自分とは異なる自分への転身。自分が自分でないと認識できれば、コミュニケーションの仕方も変わってくるんだな。心身二元論なんて言うけれど、存外に外見の方が心に影響を及ぼすのかもしれない。そういえば、美人が普段眺めている世界と、醜男が普段眺めている世界は、投げかけられる表情や接近する距離、会話の声質といった観点から、圧倒的に異なるという。当然、美人の方が多くの笑顔を投げかけられたり、優しく話しかけられたリする機会が多い。誰もが同じ世界に生きているというのは、そこになんらかのコミュニケーションが介在する限り、大いなる間違いだ。

 M3はコスプレイベントではないので、コミケのように無遠慮に写真を撮るような輩はいない。そもそも無許可の撮影が禁止されている、というのもあるが。僕はそれに安心しながら、先輩に入館証を1枚渡し、ブースまで案内した。同人音楽専門イベントは先輩は初めてとの事で、全体の雰囲気や、他サークルのブースの様子なんかを眺めて、へえ、とか、すご~い、とか呟いていた。

 僕のブースでは、ミコがパイプ椅子に座り、長机に両肘をついて退屈そうに待っていた。が、先輩の姿を見ると、驚いたような表情を見せた。
「なになに? ボクがいる」
 解ってただろ。先輩がミコのコスプレするって。
「そうだけどさ、もっと雑な作りだと思ってたもん」
 雑ってなんだよ…。
 ミコは机を乗り越えて先輩の前に立つと、値踏みするような表情で、先輩の回りを一周して見せた。先輩には当然ミコは見えないのだが。
「なんだかこの前と別人みたいだね」言いながら、ミコはあどけない表情を僕に向けて来た。「良く似合ってるから悔しいな」
 なんだよ、悔しいって。
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