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エピローグ
第1話
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渋谷の街は、相変わらずの混雑だ。僕はこの人の多さにはいつまでも慣れる事がない。できれば、人のいない里山にでも引きこもって、長閑な暮らしをしていたい、と考えたりする。だけれど、同時に思う事がある。都会では、この人混みにおいて、自分に関心のある人間なんて本当の意味ではいないし、それが故に、コスプレをして歩こうが、女装をして歩こうが、誰も大して気に留めない。この距離は寂しい時もあれば、妙に心地いい時もある。この喧騒の孤独をうまく自分の物にできれば、きっと僕は、もう少し楽に生きる事ができるんだろう。
ハチ公前には多くの人が待ち合わせをしており、また、ハチ公の写真を撮ったりしていた。モヤイ像同様、このハチ公も渋谷の街が変われば、忘れ去られてしまう存在なのかもしれないな。
有香は、白いロングのコートに、同じく白の、ほわほわの帽子を被っていた。手許には文庫本…ではなく、雑誌を手挟み、微笑を湛えて記事を目で追っている様だった。
僕は、声をかけるタイミングが解らず、少し大きな足音を立てながら有香に寄った。彼女はすぐに僕に気づき、顔を上げると、微笑んだ。上気して染まった頬は、相変わらずの可愛らしさだったが、僕がつい先日まで一緒にいた有香よりも、幾分か大人びて見えた。つまり、彼女も僕も、歳をとったのだ。
「久しぶり」有香が言った。「元気してた?」
僕は、どう表情を作っていいか解らず、小さく頷いてから、なんとかね、と答えた。
「突然連絡してしまって、迷惑じゃなかった?」
有香はかぶりを振った。
「コンサートに行くなんて久しぶりだから、楽しみで来たよ」
なら良いんだけれどね。
僕は、有香の手許の雑誌に目を遣った。
「それは?」僕が訊いた。「何を読んでいたの?」
「ん? ああ、これ?」
言いながら、有香は雑誌の表紙を僕に向けた。それは、育児雑誌だった。それから、彼女は自分のお腹に手を当てた。
そっか…。有香は、幸せを掴んだんだな…。
「おめでとう」
僕は、笑顔で言った。
「ありがと」
有香は、声を弾ませて返答した。
僕は、僕のタルパの有香と、現実の有香とがあまりにも違うので、なんだかおかしくなって、小さく声をたてて笑ってしまった。それは、安堵の笑いだった。
「大きな音を聴かせてしまっても、大丈夫なの?」
「平気だよ」有香が言った。「もう安定期に入ったし、それに、胎教になりそうじゃない?」
胎教? ああ、まあ、確かに、そういうジャンルのアーティストかもしれないな。
僕等は、ゆっくりと歩いた。人混みの中に妊婦を連れ出すのは、不粋だったな、と思ったけれど、知らなかったんだから仕方がない。
開場時間までは、1階のユニクロで時間を潰す事にした。有香は、赤ちゃん向けの衣類なんかに興味を示した。そういえば高校時代、こうやって有香の買い物に付き合った事があったな、と思いながら、その彼女が今は自分の為ではない衣類を選っているのが、なんだか不思議な感覚だった。
開場時間になってから、エレベータで上がり、カウンタでドリンクをオーダーした。コロナビール、と言いたい所だったけれど、有香は飲む訳にはいかないから、お互いにルイボスティにした。
「そう言えば…」僕は、思い出して訊いた。「有香って、ワインとか詳しかったっけ?」
僕の言葉に、有香は歯を見せて笑った。
「なに? どうしたの?」
どうしたの…って。
「お酒、強いんだっけ、って…」
有香は、キシシ、と笑った。ああ、この笑い方は、変わらないんだな。
「だって、先輩とお酒飲んだことなかったじゃない?」
「そうだっけ?」
僕の返答に、有香は大きく頷いた。
「そうだよ」
そうか…。
「で?」僕が言った。「お酒は好きなの?」
「う~ん」有香は、考える仕草をした。「そんなに強くはないよ。それに、ワインは全然解らないかな」
そうなんだ。じゃあ、なんで僕のタルパの有香は、ワインに詳しかったんだろう。
「一緒にワイン飲んだことってあったっけ?」
勢いで訊いてみた。
「だって、高校時代だよ? ワインなんて…」
そっか…。
ハチ公前には多くの人が待ち合わせをしており、また、ハチ公の写真を撮ったりしていた。モヤイ像同様、このハチ公も渋谷の街が変われば、忘れ去られてしまう存在なのかもしれないな。
有香は、白いロングのコートに、同じく白の、ほわほわの帽子を被っていた。手許には文庫本…ではなく、雑誌を手挟み、微笑を湛えて記事を目で追っている様だった。
僕は、声をかけるタイミングが解らず、少し大きな足音を立てながら有香に寄った。彼女はすぐに僕に気づき、顔を上げると、微笑んだ。上気して染まった頬は、相変わらずの可愛らしさだったが、僕がつい先日まで一緒にいた有香よりも、幾分か大人びて見えた。つまり、彼女も僕も、歳をとったのだ。
「久しぶり」有香が言った。「元気してた?」
僕は、どう表情を作っていいか解らず、小さく頷いてから、なんとかね、と答えた。
「突然連絡してしまって、迷惑じゃなかった?」
有香はかぶりを振った。
「コンサートに行くなんて久しぶりだから、楽しみで来たよ」
なら良いんだけれどね。
僕は、有香の手許の雑誌に目を遣った。
「それは?」僕が訊いた。「何を読んでいたの?」
「ん? ああ、これ?」
言いながら、有香は雑誌の表紙を僕に向けた。それは、育児雑誌だった。それから、彼女は自分のお腹に手を当てた。
そっか…。有香は、幸せを掴んだんだな…。
「おめでとう」
僕は、笑顔で言った。
「ありがと」
有香は、声を弾ませて返答した。
僕は、僕のタルパの有香と、現実の有香とがあまりにも違うので、なんだかおかしくなって、小さく声をたてて笑ってしまった。それは、安堵の笑いだった。
「大きな音を聴かせてしまっても、大丈夫なの?」
「平気だよ」有香が言った。「もう安定期に入ったし、それに、胎教になりそうじゃない?」
胎教? ああ、まあ、確かに、そういうジャンルのアーティストかもしれないな。
僕等は、ゆっくりと歩いた。人混みの中に妊婦を連れ出すのは、不粋だったな、と思ったけれど、知らなかったんだから仕方がない。
開場時間までは、1階のユニクロで時間を潰す事にした。有香は、赤ちゃん向けの衣類なんかに興味を示した。そういえば高校時代、こうやって有香の買い物に付き合った事があったな、と思いながら、その彼女が今は自分の為ではない衣類を選っているのが、なんだか不思議な感覚だった。
開場時間になってから、エレベータで上がり、カウンタでドリンクをオーダーした。コロナビール、と言いたい所だったけれど、有香は飲む訳にはいかないから、お互いにルイボスティにした。
「そう言えば…」僕は、思い出して訊いた。「有香って、ワインとか詳しかったっけ?」
僕の言葉に、有香は歯を見せて笑った。
「なに? どうしたの?」
どうしたの…って。
「お酒、強いんだっけ、って…」
有香は、キシシ、と笑った。ああ、この笑い方は、変わらないんだな。
「だって、先輩とお酒飲んだことなかったじゃない?」
「そうだっけ?」
僕の返答に、有香は大きく頷いた。
「そうだよ」
そうか…。
「で?」僕が言った。「お酒は好きなの?」
「う~ん」有香は、考える仕草をした。「そんなに強くはないよ。それに、ワインは全然解らないかな」
そうなんだ。じゃあ、なんで僕のタルパの有香は、ワインに詳しかったんだろう。
「一緒にワイン飲んだことってあったっけ?」
勢いで訊いてみた。
「だって、高校時代だよ? ワインなんて…」
そっか…。
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