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それから、あたしがソフィーの声を聞くことはなかった…。
恐らく、彼女は赤いボタンを押した。隣の部屋からは、何の物音も、一切聞こえてこなかった。扉が開くとか、何か危険な事が起こる、とか。ただ、彼女との会話が消えた。彼女は…死んでしまったのだろうか。少なくとも、あたしから「ボタンを押す」という選択肢が消えた。そして、ソフィーを失った…。
他人に期待すればするほど、裏切られた時の悲しみは大きい。これは自分自身に対しても同じで、努力すればするほど、結果を求めてしまう。そして大抵、殆ど大抵の場合、期待通りにはいかない。だからこそ、人生をできるだけ安穏と生きる重要な手段の1つは、可能な限り、期待をしないこと。他人に対しても、自分に対しても。でも、こうしてソフィーを失ってみると、その喪失感はあまりにも大きかった。ソフィーに…あたしは、何を期待していたんだろう。少なくとも、この空間から出る方法を教えて貰う事ではなかった筈…。
水や食料は順番に与えられたが、やがて欲しくなくなってしまった。喉は渇いたし、空腹感もなんとなくあったけれど、それ以上に満たされなくなってしまった。いえ、満たす必要がなくなったんだ。自分の意思で死を選択するのは勇気が要る。でも、こうして実感なく死に向かっていく感覚は、なぜか心地よい。人間が最期に患う病は「希望」だと言うけれど、希望を失えば、瞼の裏の暗闇も、失われていく生への熱意も、暖かく包んでくれる。
そうやって、床に伏せたまま、呆然と目を開けたり、視線をぼかしたりしていた…その時だった。あたしがここに来てから何日も経過している筈だけれど、今まで与えられた事のなかった物体が、目の前に出現している事に気づいた。それは…地面から生えるよう突き出した、黒い棒だった。あたしは、床に手をついて、上体を起こした。
長さは20cmくらいだろうか。太さは…直径3~4cmくらい。綺麗なカプセル形状。これが、地面から生えている。
あたしは、恐る恐る手を伸ばし、その棒に触れてみた。触れてみて、急いで手を引っ込めた。
「…何か…塗ってある…?」
見る角度を変えてみると、その棒は黒光りして見えた。油か、粘液状の物質が全体に塗られている様だった…。この物体が現れたのは、あたしが死を覚悟したから? それとも、飲んだり食べたり、という行為を止めたから? 今までのパターンから推測すると、今のあたしが必要とする物が充てがわれている筈。ナイフとか毒薬とか、そういう自傷行為ができる物ではなさそう。でも、何を目的とした物体なのかが解らない…。そもそも、なんらかの使途が想定されている物なのか…。
ソフィーはこの物体について、何も言及していなかった…。考えられる理由は2つ。ソフィーの部屋には現れなかったか、現れていたけれど敢えてソフィーが言わなかったか。
不意に、あたしの唇から乾いた笑いが漏れた。用途が思い当たったからだ。
あたしは、手でその棒を掴んだ。思ったとおり、塗られているのはローションだった。それから、全体を隈なく調べて、内蔵されたスイッチを見つけた、それを親指で押すと、棒はゆっくりと上下動を始めた。あたしは、服でローションにまみれた手を念入りに拭いた。
「まさか、この期に及んで性欲を満たしに来るとはね…」
けれど、何を想定していたんだろう。あたしはアンドロギュノス。ヴァギナはないのだから、ディルドよりもホールを用意すべきじゃないの? それとも、あたしを女性として扱ってくれているというの? 思ったより紳士なんだ…。
「いいよ…やってやろうじゃないの」
あたしはワンピースのスカートを上げると、そのディルドの上に跨った。それからゆっくりと腰を落とし、アナルに当てた。思ったよりも容易く、ディルドはあたしのアナルの中に滑り込み、ゆっくりと突き上げてきた。太い棒が前立腺を刺激すると、物凄い快楽が全身に走り、思わず声を漏らしてしまった。程なくして、あたしは射精して果てた。
賢者タイムに入った。ディルドをアナルから抜き、上下動を止め、あたしは仰向きに倒れ込んだ。片方の腕で顔を覆った。それから、少し泣いた。
あたしには記憶がない。記憶がないから、惜しむべき過去もない。捨てる物がない。でも、尊厳がある。ソフィーが与えてくれた、ヒルデという名前。この名前だけが、唯一、いつまでも不可解な、この空間から与えられた物ではない。尊厳があるなら、あたしは勇気ある死を選ぶ。そう、あたしには選択肢が残っている。「赤いボタンを押す」。つまり「生き続ける選択をしない」選択肢が…。
あたしは立ち上がると、躊躇なくボタンの壁に早足で向かった。 そして、そのまま勢い良くボタンを押し込んだ。カチッという小気味良い感触が指に伝わった。
次の瞬間、そのボタンの下の壁がスライドした。6時の方向の、あの水や食料が与えられる穴と同じサイズ感の立方体。違うのは、そこに設えられていたのが、ディスプレイとキーボードだという事だ。これは、あまりに予想外だった。
ディスプレイとキーボード…。毒ガスでも発生するかと思ったのに…。
ディスプレイは奥にはめ込まれており、外したり動かしたりはできないようになっている。ケーブルが2本垂れ下がっており、そのうちの1本がキーボードにつながっている。キーボードは…見た感じ、英字配列。テンキーも付いている。ディスプレイは既に電源が入れられていて、画面が表示されている。表示されているのは…シンプルなパスワード入力画面。「PASSWORD」という文字と、その下に入力ボックスと思われる枠があるだけ。それ以外の表示は一切なし…。BIOSパスワードのようだけど、恐らく違う。少なくとも、このパスワードを正しく入力できれば、ここから出られるのではないか、と期待させるに充分な仕様になっている。PCは見当たらない。壁の向こうに埋め込まれているのかな。そして、もう1本のケーブルは何に使うのだろう? シリアルケーブルだけど、長さは30cmくらいしか無い。周りに接続できる機器は存在しない。予備のケーブルだろうか。それとも、メンテナンス用?
とすると、ソフィーは? ソフィーは、何故ボタンを押した後、居なくなってしまったんだろう…。部屋によってボタンに結びつく動作が異なるのか、それとも、すぐにパスワードを入力して出ることができたのか…。それならば、真っ先にあたしに話をする筈。
とにかくパスワードを入れなければ。でも、何を入れればいいの? あたしには記憶がないから、思いつく用語は何もない。それに、パスワードは何文字? 英数字だけ? 記号も入る? 何回間違えて大丈夫? 間違えたら、永遠に閉じ込められたまま?
あまりネガティブな妄想を続ける事には意味がない。どちらにせよ、失敗したとしても、既に死は覚悟しているのだから。
まず、パスワードの文字数を調べる事にした。つまり、適当な同じ文字を連続して入力した。キーボードを押すと、入力枠に****と表示されていく。
「最大8文字か…」
8文字入れた所で、枠が満杯になった。恐らくここでEnterを押せばパスワードの正誤が判定される。
8文字という事は、数字だけで1億通り。アルファベットも含めると36の8乗。大文字小文字や記号、7文字以下の場合も含まれると考え始めると、天文学的パターン数になる。つまり、闇雲にひとつずつ打って行くと、正解に辿り着く前に寿命が来てしまう。
という事は、このパスワードが罠でなければ、どこかに答えがある筈。あたしに記憶がない事が前提とすると…。
1.この部屋のどこかに正解パスワードまたは正解に導く何かが既に存在している
2.ディルドがそうであったように、まだ与えられていない何か存在し、そこに正解に導く何かが存在している
2の仮説は現段階では手の打ちようが無い。とすると、1を前提に探し始めた方がよさそう。もう一度、この部屋を隈なく調べる必要がある。例えば、この壁や天井、床にパスワードが書かれているが、ブラックライトを照射するとか、何か働きかけを行わなければ浮かび上がって来ない仕組みかもしれない。または、PETボトルや固形食にヒントがあるかもしれない。トイレの可能性だってある。とにかく、探さなければ…。
あたしは、与えられた水を飲み、食料を頬張った。それから用を足し、マスターベーションを行い、カウンターがリセットされたままのポールを回した。いずれも数回繰り返しては目を凝らして、あるいは頭を働かせてヒントを探したが、それらしいものは何も見つからなかった…。
おかしい。本当に隅々まで探した。けれど収集できた新たな情報は皆無…。
例えば、何らかの方法で時間を計り、水や食料が出てくるタイミングを読み解いていけば何らかの信号…モールスコードやバイナリコード…になる事も疑ったが、そういった規則性も発見できる様子はなかった。
考えなきゃ…。この時空間において、まだ未調査の対象が存在しないか…。
未調査の対象…。
「まさか…!」
あたしは、自分の顔に両手を遣った。気づいてしまったのだ。この空間の中で、唯一まだ調べられていない要素について。
「あたしの顔…顔にヒントが隠されている?」
そう。あたしは、まだあたし自身の顔を見ていない。額にパスワード入れ墨がされているかもしれない。または容貌自体を見ることによってパスワードに纏わる記憶が呼び起こされるかもしれない。そうだ…。顔だ。あたしの、顔。顔を見なければ…。
でも、どうすれば。今までも、顔を見ようと試みた事はあった。鏡はない。水は着色されているし、トイレは水洗ではない。
「そうだ、ディスプレイだ…」
あたしはディスプレイに駆け寄った。パスワード入力画面は白だ。LEDの光であたしの顔は映らない。それに、ノングレア仕様になっている。でも、電源を切ることができれば、暗くなった画面にぼんやりと顔が映るかもしれない。電源…電源…。
ディスプレイのまわりを見渡したり、指で辿ったりした。けれど、ディスプレイをOFFにするスイッチのような物は一切存在しなかった。ディスプレイは駄目か…。
じゃあ、どうすればあたしの顔を見ることができる? この空間の材料を使って、顔を見る方法は…。
「…ある! 着色されていない液体が!」
あたしは、部屋のできるだけ真中に駆け寄った。最大限に天井の明かりを利用するためだ。それから、スカートをたくし上げ陰茎を露わにし、しゃがみ込むと、床に向かって放尿した。無機質な食生活が続いているからか、透明に近い水たまりが床に広がった。いける、これなら顔を見られる。
尿を出し終えると、あたしは一歩下がり、膝を立て両手を床につくと、その水たまりをまじまじと覗き込んだ。あたしの顔のシルエットがはっきりと映った。映った! 映った…けれど、それはシルエットだけだった。そんな…そんな…!
あたしは顔の角度を変えたり、見る方向を変えるなどして試行錯誤した。何度も、何度も試行錯誤した。けれど、駄目だった。輪郭以外を知ることはできなかった。顔を見ることは…できない。
「畜生…畜生…!」
あたしは、幾度も床を拳骨で打った。嗚咽が漏れた。
何について悲しんでいるんだろう。死を覚悟していたのに。最期の最期に希望に縋り付いてしまった自分が、悔しいのだろうか。生への執着が恥ずかしいのだろうか。それとも、尊厳を奪われた事への慚愧だろうか。
恐らく、彼女は赤いボタンを押した。隣の部屋からは、何の物音も、一切聞こえてこなかった。扉が開くとか、何か危険な事が起こる、とか。ただ、彼女との会話が消えた。彼女は…死んでしまったのだろうか。少なくとも、あたしから「ボタンを押す」という選択肢が消えた。そして、ソフィーを失った…。
他人に期待すればするほど、裏切られた時の悲しみは大きい。これは自分自身に対しても同じで、努力すればするほど、結果を求めてしまう。そして大抵、殆ど大抵の場合、期待通りにはいかない。だからこそ、人生をできるだけ安穏と生きる重要な手段の1つは、可能な限り、期待をしないこと。他人に対しても、自分に対しても。でも、こうしてソフィーを失ってみると、その喪失感はあまりにも大きかった。ソフィーに…あたしは、何を期待していたんだろう。少なくとも、この空間から出る方法を教えて貰う事ではなかった筈…。
水や食料は順番に与えられたが、やがて欲しくなくなってしまった。喉は渇いたし、空腹感もなんとなくあったけれど、それ以上に満たされなくなってしまった。いえ、満たす必要がなくなったんだ。自分の意思で死を選択するのは勇気が要る。でも、こうして実感なく死に向かっていく感覚は、なぜか心地よい。人間が最期に患う病は「希望」だと言うけれど、希望を失えば、瞼の裏の暗闇も、失われていく生への熱意も、暖かく包んでくれる。
そうやって、床に伏せたまま、呆然と目を開けたり、視線をぼかしたりしていた…その時だった。あたしがここに来てから何日も経過している筈だけれど、今まで与えられた事のなかった物体が、目の前に出現している事に気づいた。それは…地面から生えるよう突き出した、黒い棒だった。あたしは、床に手をついて、上体を起こした。
長さは20cmくらいだろうか。太さは…直径3~4cmくらい。綺麗なカプセル形状。これが、地面から生えている。
あたしは、恐る恐る手を伸ばし、その棒に触れてみた。触れてみて、急いで手を引っ込めた。
「…何か…塗ってある…?」
見る角度を変えてみると、その棒は黒光りして見えた。油か、粘液状の物質が全体に塗られている様だった…。この物体が現れたのは、あたしが死を覚悟したから? それとも、飲んだり食べたり、という行為を止めたから? 今までのパターンから推測すると、今のあたしが必要とする物が充てがわれている筈。ナイフとか毒薬とか、そういう自傷行為ができる物ではなさそう。でも、何を目的とした物体なのかが解らない…。そもそも、なんらかの使途が想定されている物なのか…。
ソフィーはこの物体について、何も言及していなかった…。考えられる理由は2つ。ソフィーの部屋には現れなかったか、現れていたけれど敢えてソフィーが言わなかったか。
不意に、あたしの唇から乾いた笑いが漏れた。用途が思い当たったからだ。
あたしは、手でその棒を掴んだ。思ったとおり、塗られているのはローションだった。それから、全体を隈なく調べて、内蔵されたスイッチを見つけた、それを親指で押すと、棒はゆっくりと上下動を始めた。あたしは、服でローションにまみれた手を念入りに拭いた。
「まさか、この期に及んで性欲を満たしに来るとはね…」
けれど、何を想定していたんだろう。あたしはアンドロギュノス。ヴァギナはないのだから、ディルドよりもホールを用意すべきじゃないの? それとも、あたしを女性として扱ってくれているというの? 思ったより紳士なんだ…。
「いいよ…やってやろうじゃないの」
あたしはワンピースのスカートを上げると、そのディルドの上に跨った。それからゆっくりと腰を落とし、アナルに当てた。思ったよりも容易く、ディルドはあたしのアナルの中に滑り込み、ゆっくりと突き上げてきた。太い棒が前立腺を刺激すると、物凄い快楽が全身に走り、思わず声を漏らしてしまった。程なくして、あたしは射精して果てた。
賢者タイムに入った。ディルドをアナルから抜き、上下動を止め、あたしは仰向きに倒れ込んだ。片方の腕で顔を覆った。それから、少し泣いた。
あたしには記憶がない。記憶がないから、惜しむべき過去もない。捨てる物がない。でも、尊厳がある。ソフィーが与えてくれた、ヒルデという名前。この名前だけが、唯一、いつまでも不可解な、この空間から与えられた物ではない。尊厳があるなら、あたしは勇気ある死を選ぶ。そう、あたしには選択肢が残っている。「赤いボタンを押す」。つまり「生き続ける選択をしない」選択肢が…。
あたしは立ち上がると、躊躇なくボタンの壁に早足で向かった。 そして、そのまま勢い良くボタンを押し込んだ。カチッという小気味良い感触が指に伝わった。
次の瞬間、そのボタンの下の壁がスライドした。6時の方向の、あの水や食料が与えられる穴と同じサイズ感の立方体。違うのは、そこに設えられていたのが、ディスプレイとキーボードだという事だ。これは、あまりに予想外だった。
ディスプレイとキーボード…。毒ガスでも発生するかと思ったのに…。
ディスプレイは奥にはめ込まれており、外したり動かしたりはできないようになっている。ケーブルが2本垂れ下がっており、そのうちの1本がキーボードにつながっている。キーボードは…見た感じ、英字配列。テンキーも付いている。ディスプレイは既に電源が入れられていて、画面が表示されている。表示されているのは…シンプルなパスワード入力画面。「PASSWORD」という文字と、その下に入力ボックスと思われる枠があるだけ。それ以外の表示は一切なし…。BIOSパスワードのようだけど、恐らく違う。少なくとも、このパスワードを正しく入力できれば、ここから出られるのではないか、と期待させるに充分な仕様になっている。PCは見当たらない。壁の向こうに埋め込まれているのかな。そして、もう1本のケーブルは何に使うのだろう? シリアルケーブルだけど、長さは30cmくらいしか無い。周りに接続できる機器は存在しない。予備のケーブルだろうか。それとも、メンテナンス用?
とすると、ソフィーは? ソフィーは、何故ボタンを押した後、居なくなってしまったんだろう…。部屋によってボタンに結びつく動作が異なるのか、それとも、すぐにパスワードを入力して出ることができたのか…。それならば、真っ先にあたしに話をする筈。
とにかくパスワードを入れなければ。でも、何を入れればいいの? あたしには記憶がないから、思いつく用語は何もない。それに、パスワードは何文字? 英数字だけ? 記号も入る? 何回間違えて大丈夫? 間違えたら、永遠に閉じ込められたまま?
あまりネガティブな妄想を続ける事には意味がない。どちらにせよ、失敗したとしても、既に死は覚悟しているのだから。
まず、パスワードの文字数を調べる事にした。つまり、適当な同じ文字を連続して入力した。キーボードを押すと、入力枠に****と表示されていく。
「最大8文字か…」
8文字入れた所で、枠が満杯になった。恐らくここでEnterを押せばパスワードの正誤が判定される。
8文字という事は、数字だけで1億通り。アルファベットも含めると36の8乗。大文字小文字や記号、7文字以下の場合も含まれると考え始めると、天文学的パターン数になる。つまり、闇雲にひとつずつ打って行くと、正解に辿り着く前に寿命が来てしまう。
という事は、このパスワードが罠でなければ、どこかに答えがある筈。あたしに記憶がない事が前提とすると…。
1.この部屋のどこかに正解パスワードまたは正解に導く何かが既に存在している
2.ディルドがそうであったように、まだ与えられていない何か存在し、そこに正解に導く何かが存在している
2の仮説は現段階では手の打ちようが無い。とすると、1を前提に探し始めた方がよさそう。もう一度、この部屋を隈なく調べる必要がある。例えば、この壁や天井、床にパスワードが書かれているが、ブラックライトを照射するとか、何か働きかけを行わなければ浮かび上がって来ない仕組みかもしれない。または、PETボトルや固形食にヒントがあるかもしれない。トイレの可能性だってある。とにかく、探さなければ…。
あたしは、与えられた水を飲み、食料を頬張った。それから用を足し、マスターベーションを行い、カウンターがリセットされたままのポールを回した。いずれも数回繰り返しては目を凝らして、あるいは頭を働かせてヒントを探したが、それらしいものは何も見つからなかった…。
おかしい。本当に隅々まで探した。けれど収集できた新たな情報は皆無…。
例えば、何らかの方法で時間を計り、水や食料が出てくるタイミングを読み解いていけば何らかの信号…モールスコードやバイナリコード…になる事も疑ったが、そういった規則性も発見できる様子はなかった。
考えなきゃ…。この時空間において、まだ未調査の対象が存在しないか…。
未調査の対象…。
「まさか…!」
あたしは、自分の顔に両手を遣った。気づいてしまったのだ。この空間の中で、唯一まだ調べられていない要素について。
「あたしの顔…顔にヒントが隠されている?」
そう。あたしは、まだあたし自身の顔を見ていない。額にパスワード入れ墨がされているかもしれない。または容貌自体を見ることによってパスワードに纏わる記憶が呼び起こされるかもしれない。そうだ…。顔だ。あたしの、顔。顔を見なければ…。
でも、どうすれば。今までも、顔を見ようと試みた事はあった。鏡はない。水は着色されているし、トイレは水洗ではない。
「そうだ、ディスプレイだ…」
あたしはディスプレイに駆け寄った。パスワード入力画面は白だ。LEDの光であたしの顔は映らない。それに、ノングレア仕様になっている。でも、電源を切ることができれば、暗くなった画面にぼんやりと顔が映るかもしれない。電源…電源…。
ディスプレイのまわりを見渡したり、指で辿ったりした。けれど、ディスプレイをOFFにするスイッチのような物は一切存在しなかった。ディスプレイは駄目か…。
じゃあ、どうすればあたしの顔を見ることができる? この空間の材料を使って、顔を見る方法は…。
「…ある! 着色されていない液体が!」
あたしは、部屋のできるだけ真中に駆け寄った。最大限に天井の明かりを利用するためだ。それから、スカートをたくし上げ陰茎を露わにし、しゃがみ込むと、床に向かって放尿した。無機質な食生活が続いているからか、透明に近い水たまりが床に広がった。いける、これなら顔を見られる。
尿を出し終えると、あたしは一歩下がり、膝を立て両手を床につくと、その水たまりをまじまじと覗き込んだ。あたしの顔のシルエットがはっきりと映った。映った! 映った…けれど、それはシルエットだけだった。そんな…そんな…!
あたしは顔の角度を変えたり、見る方向を変えるなどして試行錯誤した。何度も、何度も試行錯誤した。けれど、駄目だった。輪郭以外を知ることはできなかった。顔を見ることは…できない。
「畜生…畜生…!」
あたしは、幾度も床を拳骨で打った。嗚咽が漏れた。
何について悲しんでいるんだろう。死を覚悟していたのに。最期の最期に希望に縋り付いてしまった自分が、悔しいのだろうか。生への執着が恥ずかしいのだろうか。それとも、尊厳を奪われた事への慚愧だろうか。
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