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離れた唯一の味方
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王宮のバルコニーに、夏の風が吹き抜ける。
金の縁が施された磁器のティーカップを指先で軽く揺らし、マリア・サラン・マリアージュは、静かに紅茶を口に含んだ。香り高い茶葉の風味が口内に広がる。
その表情は、まるで天上の天使。
だが――その瞳は笑っていなかった。
(……レオに頼んでいなければ、あの女――レビスはきっと“真実”を打ち明けに、スカーレットのもとへ走っていたわ)
銀のスプーンをひとつまみの砂糖で濡らしながら、マリアはゆっくりとティーカップに浸す。
(そもそも、私は“転写”の力が使える彼女に、ただの“写し”を頼んだだけだったのよ。手紙の中身なんて見なくていいのに)
それは、マリアが仕組んだ“脅迫状”だった。
スカーレットが聖女マリアに送りつけたという偽造の手紙。
それを転写魔法で複製するよう、レビスに依頼したのだ。
だが――レビスは、その手紙を読んでしまった。
『スカーレット嬢に罪を被せるのですか!?』
そう叫んだ彼女に、マリアは微笑みながら言った。
「そうよ。悪い?」
『……でも、彼女はそんな人じゃありません!』
「ふふ……じゃあ、聞くけれど、あなた、スカーレット嬢のこと、好きなの?」
あの瞬間のレビスの表情を思い出すと、マリアの唇がわずかに釣り上がった。
(レビスは、黙って頷いたわ。だから余計に腹が立ったの。あの女を弁護するモブが、私に意見するなんて)
マリアは空のカップにティーを継ぎ足しながら、まるで天使の祈りのような声でつぶやく。
「厄介な女だったわ……」
(だからレオ――私の可愛いレオナードに処理してもらったの。私の忠実な殺し屋。
あんなモブの一人や二人、痕跡も残さず始末できる男よ)
ガラス越しに見える中庭。華やかな花々の向こうで、誰かの笑い声が聞こえる。
マリアはふと、別の名前を思い浮かべた。
「……カリム・アルベール・アーサー」
ヒロインである私に一切靡かず、スカーレットを想い続ける男。
(攻略対象のくせに、私に振り向かない男なんて、要らないわ)
「彼を殺すのは……少し惜しいわね。」
紅茶を一口。
「そうだ!遠地にでも送ってしまえばいいわ。二度と、スカーレットに会えないように」
(彼女は、どうするのかしら?
唯一の味方もいなくなった時……あの女は、どんな顔を見せてくれるのかしら)
青空の下、微笑むマリアの横顔は、どこまでも清らかで、どこまでも――狂っていた。
***
午後の陽が窓辺に差し込み、セレスタイン城の一室に柔らかな光を落としていた。
スカーレットは、コロネを寝かしつけた後、テーブルに置かれた一通の手紙にそっと手を伸ばした。
差出人は、アーサー。
見慣れた筆跡。けれど――開封したその中身に、彼女の指がピクリと震えた。
⸻
スカーレットへ
俺が動く前に噂の発信源を突き止めるなんて、やっぱ流石だぜ。スカーレット。
でも、レビス嬢の件――あれは絶対に裏がある。
俺たちが動き始めた途端に、都合よく“事故死”なんて、おかしすぎる。
お前も、くれぐれも気をつけろよ。確実に“誰か”が、お前を陥れようとしている。
それと……お前に言わなきゃいけないことがある。
今日、急に騎士団長から呼び出されたんだ。
遠地に派遣された騎士団の負傷者が多くて、応援として俺に行けって命令が下った。
聖騎士の試験も目前だってのに、こんな時期に?って思って団長に訴えたけど、
「命令は命令だ」って一蹴された。
結局、三日後には遠地に発つことになっちまった。
…本当は、こんな危ない状況でお前を一人にしておけない。
だけど俺には、命令を拒否できるほどの力も立場もない。
だから代わりに――ナイトを、お前の元に送る。
あいつなら、きっとお前を俺の代わりに守ってくれるはずだ。
必ず生きて戻る。
そのときは――会いに来てくれ。
アーサー
⸻
「……嘘……でしょ?」
スカーレットの声が、震えた。
「アーサーが……遠地に?」
手紙を持つ手がかすかに揺れる。
(そんな展開、なかった……!ゲームのストーリーのどこにも……!)
アーサーは確か、最終章まで王都にいたはずー。
マリアに寄り添い、彼女を救う“聖騎士”として活躍する――はずだった。
(なのに、なぜ……今……?)
まるで何者かが、物語の歯車を狂わせようとしているかのようだった。
(これじゃ…生きて会える保証もないじゃない……!)
目の奥が熱くなる。
けれど、こらえた。
彼の覚悟の言葉が、手紙から静かに胸へ染み込んでくる。
『必ず生きて戻るー。』
『だからその時は、会いに来てくれ』
スカーレットは目を閉じ、震える息を吐いた。
「ええ、アーサー……約束する。
その時は、必ず――必ず会いに行くわ」
胸にしまった手紙をぎゅっと抱きしめる。
どんな運命が彼女を待ち受けていようとも、
たとえそれが“筋書きにない”物語であったとしても――
彼女は、歩みを止めない。
金の縁が施された磁器のティーカップを指先で軽く揺らし、マリア・サラン・マリアージュは、静かに紅茶を口に含んだ。香り高い茶葉の風味が口内に広がる。
その表情は、まるで天上の天使。
だが――その瞳は笑っていなかった。
(……レオに頼んでいなければ、あの女――レビスはきっと“真実”を打ち明けに、スカーレットのもとへ走っていたわ)
銀のスプーンをひとつまみの砂糖で濡らしながら、マリアはゆっくりとティーカップに浸す。
(そもそも、私は“転写”の力が使える彼女に、ただの“写し”を頼んだだけだったのよ。手紙の中身なんて見なくていいのに)
それは、マリアが仕組んだ“脅迫状”だった。
スカーレットが聖女マリアに送りつけたという偽造の手紙。
それを転写魔法で複製するよう、レビスに依頼したのだ。
だが――レビスは、その手紙を読んでしまった。
『スカーレット嬢に罪を被せるのですか!?』
そう叫んだ彼女に、マリアは微笑みながら言った。
「そうよ。悪い?」
『……でも、彼女はそんな人じゃありません!』
「ふふ……じゃあ、聞くけれど、あなた、スカーレット嬢のこと、好きなの?」
あの瞬間のレビスの表情を思い出すと、マリアの唇がわずかに釣り上がった。
(レビスは、黙って頷いたわ。だから余計に腹が立ったの。あの女を弁護するモブが、私に意見するなんて)
マリアは空のカップにティーを継ぎ足しながら、まるで天使の祈りのような声でつぶやく。
「厄介な女だったわ……」
(だからレオ――私の可愛いレオナードに処理してもらったの。私の忠実な殺し屋。
あんなモブの一人や二人、痕跡も残さず始末できる男よ)
ガラス越しに見える中庭。華やかな花々の向こうで、誰かの笑い声が聞こえる。
マリアはふと、別の名前を思い浮かべた。
「……カリム・アルベール・アーサー」
ヒロインである私に一切靡かず、スカーレットを想い続ける男。
(攻略対象のくせに、私に振り向かない男なんて、要らないわ)
「彼を殺すのは……少し惜しいわね。」
紅茶を一口。
「そうだ!遠地にでも送ってしまえばいいわ。二度と、スカーレットに会えないように」
(彼女は、どうするのかしら?
唯一の味方もいなくなった時……あの女は、どんな顔を見せてくれるのかしら)
青空の下、微笑むマリアの横顔は、どこまでも清らかで、どこまでも――狂っていた。
***
午後の陽が窓辺に差し込み、セレスタイン城の一室に柔らかな光を落としていた。
スカーレットは、コロネを寝かしつけた後、テーブルに置かれた一通の手紙にそっと手を伸ばした。
差出人は、アーサー。
見慣れた筆跡。けれど――開封したその中身に、彼女の指がピクリと震えた。
⸻
スカーレットへ
俺が動く前に噂の発信源を突き止めるなんて、やっぱ流石だぜ。スカーレット。
でも、レビス嬢の件――あれは絶対に裏がある。
俺たちが動き始めた途端に、都合よく“事故死”なんて、おかしすぎる。
お前も、くれぐれも気をつけろよ。確実に“誰か”が、お前を陥れようとしている。
それと……お前に言わなきゃいけないことがある。
今日、急に騎士団長から呼び出されたんだ。
遠地に派遣された騎士団の負傷者が多くて、応援として俺に行けって命令が下った。
聖騎士の試験も目前だってのに、こんな時期に?って思って団長に訴えたけど、
「命令は命令だ」って一蹴された。
結局、三日後には遠地に発つことになっちまった。
…本当は、こんな危ない状況でお前を一人にしておけない。
だけど俺には、命令を拒否できるほどの力も立場もない。
だから代わりに――ナイトを、お前の元に送る。
あいつなら、きっとお前を俺の代わりに守ってくれるはずだ。
必ず生きて戻る。
そのときは――会いに来てくれ。
アーサー
⸻
「……嘘……でしょ?」
スカーレットの声が、震えた。
「アーサーが……遠地に?」
手紙を持つ手がかすかに揺れる。
(そんな展開、なかった……!ゲームのストーリーのどこにも……!)
アーサーは確か、最終章まで王都にいたはずー。
マリアに寄り添い、彼女を救う“聖騎士”として活躍する――はずだった。
(なのに、なぜ……今……?)
まるで何者かが、物語の歯車を狂わせようとしているかのようだった。
(これじゃ…生きて会える保証もないじゃない……!)
目の奥が熱くなる。
けれど、こらえた。
彼の覚悟の言葉が、手紙から静かに胸へ染み込んでくる。
『必ず生きて戻るー。』
『だからその時は、会いに来てくれ』
スカーレットは目を閉じ、震える息を吐いた。
「ええ、アーサー……約束する。
その時は、必ず――必ず会いに行くわ」
胸にしまった手紙をぎゅっと抱きしめる。
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