堕天使様との恋は前途多難です!〜この恋は筋書きにありません!〜

明夏 向日葵

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すれ違うティータイム

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午後四時。
セレスタイン城の奥に設えられた応接間に、いつもの“監視ティータイム”の静けさが訪れていた。

だが、その空気はどこか張り詰めていた。

「……今朝もまた、無断で城を出ていただろう」

カップを置いたラファエルの声は、淡々としているようで、どこか冷えていた。

スカーレットはティーカップを傾けることなく、椅子に深く座ったまま、視線を逸らした。

「買い物よ。毎月あるでしょう、食材の買い出し。それを、たまには私が行ったっていいじゃない」

「その帰りに、君はー教会や街で、妙な動きをしていた。……君の行動は監視対象として看過できない」

「……またそれ?」

スカーレットの声に、わずかに棘が混じる。

「何をしたって、どうせ“監視対象”で、“マリア様の敵”なんでしょう?」

「勝手な解釈はやめろ。俺はただ――」

「ただ何? “君を見張っている”だけ? なら余計なお世話よ」

バンッ、とティーカップが机の上に置かれ、乾いた音を響かせた。

「私のことなんて、最初から“監視の対象”としか思ってないくせに!」

スカーレットは声を上げた。

「だったら、いっそのこと放っておいてよ! 私がどこで何をしてようと、勝手でしょ?」

「……スカーレット」

「貴方はマリア様のことだけ考えてればいいじゃない!」

その目は怒りと、もう一つ別の感情――痛みを隠すように揺れていた。

ラファエルは返す言葉を見つけられず、唇をわずかに噛む。

(違う……俺は、ただ……)

だが、口を開く前にスカーレットは席を立ち、足早に去って行ってしまった。

残されたのは、静まり返ったティーセットと、冷めた紅茶。
そして、静かに拳を握りしめたラファエルだけだった。

(……なぜ、こんなにも胸が痛む)

怒ったのは彼女なのに。
彼の胸の奥にじわりと広がる罪悪感の正体は、ラファエル自身にもまだ、はっきりとはわかっていなかった。

***

バタン。

スカーレットは自室の扉を勢いよく閉めると、そのまま背中を預けてズルズルと床に崩れ落ちた。

「はぁ……言っちゃった……」

額を膝に埋めるようにして、彼女は小さく呻く。

(どうして……あんな言い方しちゃったのよ、私……)

胸の中に残る怒りの余熱と、後からじわじわと襲ってくる後悔。
それはまるで相反する感情が心の中でせめぎ合うようだった。

「私のことなんて、監視対象としか思ってないくせに……って。……ほんと、なにを期待してたのよ、私……」

そう、最初から分かっていたはずだった。
この婚姻は“監視のため”。
あの男は、私の敵。彼の最愛の人は“聖女マリア”であって、自分ではない。

(なのに……)

胸がちくりと痛んだ。

「毎日、一緒にお茶を飲んだり、少しずつ顔つきが柔らかくなったり。優しいところもあって……って。バカじゃないの、私……」

そのとき、ふわりと柔らかい感触が頬に触れた。

「くぅ」

コロネだった。
小さな翼をたたみながら、スカーレットの膝の上にちょこんと乗り、顔を覗き込んでいる。

「コロネ……」

その瞳には、何も言わずともスカーレットの感情を理解しているような、そんなぬくもりが宿っていた。

「大丈夫……私は、大丈夫よ。怒ってなんかない。……ちょっと、自分が嫌になっただけ」

そう言って微笑もうとした唇は、少しだけ震えていた。

(でも……私がラファエルに期待したのは、きっと少しでも“人として見てほしかった”だけ)

“悪役令嬢”でも、“監視対象”でもない――
ただのスカーレットとして。

「……はぁ、ダメね。こんなんじゃ、断罪フラグをへし折れないわ。どんな状況でもめげずに生き延びなきゃ!」

スカーレットはゆっくりと立ち上がり、窓の外を見つめた。
空は夕暮れに染まり、遠くでナイトが白い羽を広げて飛んでいくのが見えた。

「……謝れるかな、私……」

呟きは、小さな部屋の中でかき消された。

***

「……マリア様のことだけ考えてれば?」

その言葉を最後に、スカーレットは飛び出して行った。
扉の閉まる音が、やけに大きく、やけに痛かった。

ラファエルはティーカップを持ったまま、硬直していた。
静かな応接室。向かいの椅子は空っぽで、まだ彼女が座っていたぬくもりだけが残っている。

(……怒らせた、のか?)

彼は自問する。
けれど、彼女が怒った理由が――理解できなかった。

(何を怒っていた……? 俺が監視していること? それとも……)

彼女の瞳には確かに、怒りよりももっと別のもの――
“哀しみ”がにじんでいた気がした。

「……私のことなんて、監視の対象としか思ってないくせに」

言葉を思い出すたび、胸がひどくざわつく。

(あの女は、ずっとそれが不満だった?)

“監視対象”――それは事実だ。
スカーレットは危険因子として、自分が見張る役目を負った。

だが。

(……それだけ、だったか?)

無意識に、彼女の顔が浮かんだ。
お菓子作りで粉まみれになりながら笑っていた顔。
コロネを抱いて眠っていた、安らかな寝顔。
あの夜、闇発作に苦しんでいた俺の背中に当てられた、温かな手――

(あの時……俺を、助けたのは)

月の加護も何もないはずの彼女が、自分の“闇”を抑えた。
癒しの力の気配――月ではない、もっと深く、静かな力。
そして、今でも覚えている。あの夜、彼女の首元に残った痕。

(俺は……あの時……彼女を、殺しかけた)

ぎり、と奥歯が鳴る。

(それでも、何も言わず……気づかぬふりをして、笑っていた)

スカーレットは、ずっと耐えていたのだ。
監視対象という肩書きの下で。
この古城に、たった一人送り込まれて。

「……馬鹿だな、俺は」

彼は初めて、自分の胸に芽生えていた感情の正体に気づいた気がした。
それは“罪悪感”ではない。
“監視”を超えた、もっと個人的な――

(俺は、あの女が……泣くのが嫌だった)

そっと立ち上がる。

視線の先は、彼女が消えていった廊下の先。

「……謝るべきか?」

けれど口にしたその言葉に、自らが一番驚いていた。

(……くだらない。何を考えている、俺は)

それでも、彼の足は、音もなくスカーレットの部屋へと向かっていた。
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