堕天使様との恋は前途多難です!〜この恋は筋書きにありません!〜

明夏 向日葵

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堕天使の黒い涙

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ラファエルの腕の中で、スカーレットは動かない。
温もりは失われ、彼女の瞳は二度と開かれることはなかった。

その現実が、ラファエルの胸を無残に抉り続ける。
「……スカーレット……」
呼んでも、応えはない。

マリアの白い手が、そっとラファエルの頬を撫でた。
「もういいのです、ラファエル様。彼女は死にました。悪女は裁かれ、貴方は英雄。さぁ、これからは私と共に……」

ラファエルの肩が震えた。
その瞳の奥から、深い深い闇が滲み出していく。

「……どうでもいい」

低く押し殺した声。

「え……?」とマリアが瞬きをする。

「全部、無くなってしまえばいい!!全部、全部」
轟く咆哮のような声が大広間に響き渡った。

「な、何を言っているのですか!? スカーレットなんてもう死んだのです! あんな女に執着してどうするのです!?」

「……この世界も……愚かな俺自身も……すべて消えて、無くなってしまえば、いいんだ……!」
ラファエルの紅く光る瞳から、ぽたりと黒い涙が零れ落ちた。

「スカーレットのいない世界なんて……俺にはいらない!!」

その瞬間――黒い靄がラファエルの全身から噴き出した。
靄は渦を巻き、狂気と絶望が混ざり合った呻き声のように震えている。

「ひっ……な、なに……!?」

マリアの声が震えた。

靄はやがて形を変える。
ラファエルの額からは黒い角が伸び、口元には鋭い牙が覗き、背中からは闇を纏った巨大な翼が裂け出した。
鎖のように絡みつく闇が、彼の存在そのものを別のものへと塗り替えていく。

――ダスクファング。

伝承に語られる、忌まわしき「堕天使」の姿。
その暴走の始まりだった。

「ラファエル様……? うそ……いや、ちがっ……」

次の瞬間、黒い翼が一閃し、城壁の一部を吹き飛ばした。
轟音と共に瓦礫が崩れ落ち、悲鳴が木霊する。

暴走は止まらない。
ラファエルの赤い瞳は闇に染まり、破壊衝動だけを宿していた。

マリアは蒼白になり、後ずさる。
「ど、どうして……!? ジルベールを手にかけたから暴走するはずだったのに……! どうしてスカーレットが死んだくらいで……っ!」

震える指先がラファエルを指し示す。
「こ、こんな化け物……ゲーム内のマリアはこんなのと戦ってたの!?無理無理! 死ぬ! 絶対死ぬ!!」

マリアは意識の底で、うっすらと思考を巡らせていた。
ゲーム内ではマリアが、ルナリアの力を使いラファエルと戦っていた
だけど
無理だわ。どう見ても勝てる相手じゃない。

瓦礫が崩れ、黒い靄が辺りを覆う。
崩壊していく王城の中で、ただひとつ確かなのは――

ラファエルがスカーレットを失った絶望の果てに、堕天したということだった。

***

黒い翼が暴風を巻き起こし、王城の石壁が無惨に崩れていく。
混乱と絶叫が渦巻く中、マリアは一瞥もせずに裾を翻し、誰よりも早く逃げ出した。

「ら、ラファエル様……そんな、あり得ない……!」
そう呟いたかと思えば、白い影は人混みに消えていった。

暴走の中心で、黒き堕天使は吠えた。
「スカーレット……スカーレットを返せ……!」

その声に、王都全体が震撼する。

――その時。

轟音を切り裂くように、一人の影が王宮へと駆け込んできた。

魔王ジルベールである。

彼は一瞥で惨状を理解した。
「……くそっ、間に合わなかったか」

暴走するラファエルの放つ闇は、周囲を飲み込み続けている。
けれどジルベールは一歩も退かず、額に手を当て、魔力を高めた。

「ラファエル、お前をここで放置すれば、全てを破壊し尽くし、死んでしまう…。悪いが、眠ってもらうぞ」

空気が歪む。
ジルベールの特殊な能力――精神を直接叩き、強制的に意識を断つ“王の一撃”が放たれた。

ラファエルの咆哮が途切れる。
大きな翼がばさりと音を立て、黒い靄が崩れるように霧散していった。
その巨躯は、崩れ落ちるように床に倒れ込む。

ジルベールはすぐに駆け寄った。
そこには、血に濡れたスカーレットが力なく横たわっていた。

「……スカーレット!」
彼女の体を抱き上げた瞬間、まだかすかに残る微弱な鼓動を感じて、ジルベールの胸がざわめいた。

「……まだ、間に合う」

倒れ伏したラファエルと、瀕死のスカーレット。
ジルベールは二人を己の魔力で包み込み、魔王城への転移陣を展開した。

瓦礫と混乱に満ちた王宮を背にして、光が収束する。
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