堕天使様との恋は前途多難です!〜この恋は筋書きにありません!〜

明夏 向日葵

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番外編 堕天使様の誕生日 ♡

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私とラファエル様が夫婦になってから、はや半年が過ぎようとしていた。
そして今日は――ラファエル様二十五歳のお誕生日。

クラウス様と二人で、こっそりサプライズパーティーを準備することになった。

「ラファエル様の誕生日を盛大に祝うのは、二十年ぶりになるのですよ」
クラウス様は、少し感慨深げに言った。

ラファエル様の母上――イリス様が生きていた頃には、誕生日は大きなお祝いの日だったらしい。けれど、母上を亡くしてからはすべてが変わってしまった。
 
彼の持つ異能を恐れ、疎むようになった王宮の人々は、祝福の言葉さえ投げかけなくなった。唯一祝ってくれたのはクラウス様だけで、去年はクラウス様が声をかけなければ、ラファエル様自身が誕生日を忘れていたほどだという。

ーだからこそ、今年は。
ラファエル様が「生まれてきてよかった」と思える一日にしたい。

「もうそろそろ、ラファエル様がお戻りになる時間ね。急がなきゃ! コロネ、ここの飾り付けをお願いできる?」

私が声をかけると、小さな使い魔コロネが「ぴぃ!」と鳴き、小さな翼を羽ばたかせて城内にリースを飾りつけていく。

「ありがとう。貴方がいてくれると百人力だわ」
そう言うと、コロネは嬉しそうに「ぴぃぴぃ」と鳴いた。

「スカーレット様、そう急がなくとも大丈夫でございます」
クラウス様が穏やかに微笑んで告げる。

「ジルベール様には事情を説明し、魔王城で殿下を引き留めていただいておりますから」

そう――ラファエル様は第二王子の身分を回復したものの、普段の務めは変わらず魔王ジルベール様の補佐。魔物たちの世話や研究の手伝いに忙しい。
結婚祝いに王宮の一角をいただいたけれど、「住みにくい」との理由で結局セレスタイン城へ戻ってきた。ラファエル様にとって、この古城こそが唯一無二の居場所であり、大切な安らぎの場所だからだ。

「さすがはジルベール様ね。助かるわ! あとは料理を並べるだけね」

私は意気込みながら長机に料理を並べていった。ラファエル様の好物――七面鳥のローストに、新鮮なサラダ、香り豊かなスープ、そして特製のいちごタルト。

「飲み物の準備は私にお任せください」
クラウス様がティーポットを手に取り、どこか楽しげに笑った。

***
料理と装飾が整い、キャンドルに火が灯された広間は、まるで夢の舞台のように輝いていた。
コロネが最後の仕上げに天井へ花のリースを吊るすと、空気まで華やいで見える。

「……完璧ね!」
思わず声を上げると、クラウス様が口元を和らげた。

「これならば、殿下もきっと驚かれるでしょう」
「ふふ、驚きすぎて呆れられたりして」
「いいえ……あのお方は、泣かれるやもしれませんな」

クラウス様の声音は優しく、どこか確信めいていた。
その言葉に胸が温かくなる。――その時。

「……ただいま戻った」

低く澄んだ声が玄関から響き渡った。

「えっ!? もう!?」
慌ててクラウス様と顔を見合わせる。予定より早い!

急いで廊下へ駆け出すと、そこに立っていたのは見慣れた黒髪の青年――ラファエル様。
夕陽に照らされたその姿は神々しいほどで、思わず見惚れてしまいそうになる。

「お疲れ様です、ラファエル様!」
私が声をかけると、彼は小首を傾げた。

「おぉ、クラウスも一緒か……? しかし、これは……いい匂いがするな」

彼の鋭い嗅覚に、思わず肩が跳ねる。
だめ、今気づかれては困る!

「えっと、その……ラファエル様!」
私は咄嗟に彼の手を握り、言った。
「目を閉じてください!」

「目を……? 一体なんの――」
「いいから! 私を信じて!」

困惑しながらも、ラファエル様は観念したように目を閉じてくれた。
私はクラウス様とコロネに目配せし、そっと彼を広間へ導く。

扉を開いた瞬間、蝋燭の光が揺れ、料理の芳香がふわりと漂った。
私の胸も、期待と緊張で高鳴る。

「……いいですよ。ラファエル様、目を開けて!」

その言葉に従い、彼の瞳が開かれる。

次の瞬間、広間いっぱいに広がる光景が彼の目に映った。
色鮮やかな料理、煌めく装飾、花の香り。

「……っ!」

ラファエル様の表情が一瞬で固まった。
驚愕と、戸惑いと、信じられないという色。

「ラファエル様……お誕生日おめでとうございます!」
私とクラウス様、そしてコロネの声が重なった。

「おめでとうございます、殿下」
「ぴぃー!」

ラファエル様はただ立ち尽くしたまま。
けれど、その肩が小さく震えているのが見えた。

「……誕生日など、忘れていたはずなのに」
かすれた声で呟くと、私を見つめて――
「スカーレット……ありがとう」

静かに、けれど確かに笑ったその顔は、私が知る限り一番優しい笑顔だった。
長机に並んだ料理を前に、私とラファエル様は隣同士に腰を下ろした。
 
湯気を立てるスープや香ばしい七面鳥の香りに包まれて、ふと胸の奥が温かくなる。

すると、コロネが小さな羽をぱたぱたさせてラファエル様の膝に飛び乗った。

「ぴぃぴぃ!」

「ふふっ、きっとコロネも『おめでとうございます』って言っているのね。かわいいわ」
 
私はもふもふの頭を撫でると、コロネはますます嬉しそうに鳴いた。

「そうか……ありがとう、コロネ」
ラファエル様は優しい声音で言いながら、小さな身体を撫でてやる。その手つきが驚くほど柔らかくて、胸がきゅっと締めつけられる。

ーけれど、まだ私には大切な役目が残っている。

「ラファエル様、ケーキをいただく前に……私からのプレゼントがあるのですわ!」

「プレゼント?」

「ええ!」
私はそっと小さな箱を差し出した。

「開けてもいいか?」
「はい、どうぞ!」

彼が蓋を開くと、中には白い布に金糸の刺繍を施した髪紐が収められていた。端には小さなルビーのかけらが縫い付けてある。

「……これを、俺に?」

「ええ。ラファエル様の美しい黒髪に、きっと映えると思って。それにこのルビーは、ラファエル様の瞳と同じ色でしょう?」
私は胸を高鳴らせながら微笑んだ。

「……ありがとう、スカーレット。もしよかったら……俺につけてくれないか?」

「もちろんですわ! 御髪を失礼いたしますね」

私はそっと彼の髪を手に取り、優しい手つきで結わえた。長く艶やかな黒髪は絹のように指を滑り、髪紐を通すたびにほのかに香り立つ。

「……本当にラファエル様の髪は、いつも綺麗ですね。女性の私からしても、羨ましいくらいですわ」

「そうか?」

「ええ、とても!」

「……それなら、俺の髪が綺麗なのは――お前のおかげかもな」

「私のおかげ……ですか?」

不思議そうに問い返すと、ラファエル様は静かに微笑んだ。

「ダスクファングが暴走すると、代償に激しい痛みが伴うのは知っているだろう」
「はい……」
「おかげで、発作のたびに俺の身体はぼろぼろになっていた。だが……お前が俺を愛してくれるようになってから、心に安らぎが訪れたんだ。暴走することもなくなり、身体も正常に戻った。……全部お前のおかげだ。ありがとう」

その瞳は、深紅の宝石よりもずっとまっすぐで。
胸が熱くなり、思わず言葉を詰まらせてしまう。

「……いえ、私はなにもしておりませんわ。…そうだ!ラファエル様の好物のいちごタルトを作りましたの! ふふ、さあケーキを切って、乾杯いたしましょう!」

頬を染めて笑いながら告げると、ラファエル様も照れくさそうに小さく笑った。
その笑みが、なによりの贈り物のように思えた。


私はいちごタルトを慎重に切り分け、皿に盛りつけていった。その隣には、クラウス様特製の深紅のワインがグラスに注がれている。

「私、お酒はあまり強くありませんが……一杯くらいなら大丈夫ですわ!」

そう言うと、ラファエル様が静かに眉を寄せた。

「あまり無理するなよ」

その声音の優しさに胸が温かくなる。私は笑みを浮かべ、彼とグラスを掲げた。

「これからも……私たち二人に幸あれ」

澄んだ音が重なり合い、二人だけの誓いのように響く。

ラファエル様はフォークを手に取り、いちごのタルトを口に運んだ。
サクサクとした生地と甘酸っぱい果実が広がるのを楽しむように、彼は少し目を細める。

「……美味いな」

その一言に、私は胸が弾むような嬉しさを覚える。
彼がタルトを美味しそうに頬張る姿を、私はニコニコと見つめ続けた。

「……ずっと思っていたのですが」
ふと、気になっていたことを口にする。
「ラファエル様は、どうしていちごのタルトがお好きなのです?」

彼は一瞬、驚くほど自然に答えた。

「そんなの決まってるだろ。……お前の綺麗な赤髪と同じ色だからだ」

「……え?」

思わず言葉を失う。彼は不思議そうに眉を動かし、淡々と続けた。

「何を驚く。俺は昔から、好きとか嫌いとか、よく分からなかった。だが今は……お前の髪や瞳に似た色のものを見ると、無性に惹かれる。食べ物でも、服でも、何でもだ。……多分それは、お前が好きで、好きで、仕方ないからだろうな」

その言葉は、あまりに真っ直ぐで。
胸の奥に熱が広がっていく。

「も、もう! ラファエル様はまたそんなことを言って……!」

慌てて視線を逸らすと、彼はわずかに唇を緩めた。

「なんだ。何故、愛する妻に好きだと言ってはいけない? ……好きで、毎日抱きたくて仕方ないのに」

「ラ、ラファエル様……っ! だからもう……恥ずかしいですわ!」

頬が真っ赤に染まり、グラスを持つ手が震える。
けれど心の奥では、嬉しさが溢れて止まらなかった。

***

湯上がりのラファエル様は、黒いバスローブに身を包み、静かな足取りで寝室へと向かっていた。
扉を開けた瞬間――月光が射し込み、薔薇の刺繍が施された透けるようなネグリジェを纏うスカーレットの姿が浮かび上がる。

妖艶に揺れる布地、白い肌に落ちる月の光。
その光景に、ラファエルは一瞬、言葉を失い、立ち尽くした。

「……スカーレット……」

掠れた声が、沈黙を破る。
スカーレットは胸の奥を熱くさせながら、少し恥ずかしそうに彼の手を取った。

「ラファエル様……もう一つの誕生日プレゼントは、わたくしですわ」

そう告げ、ゆっくりと彼を寝台へと導く。

「ラファエル様が“幸せだ”と思える誕生日になるよう……今夜は全力で、あなたを愛しますわ。お覚悟を」

軽く押し倒すと、ラファエル様の背が柔らかな寝具に沈む。
私がその上に身を重ねると、彼はまだ何が起きているのか理解できずに、戸惑いの眼差しを向けてきた。

けれど次の瞬間、唇が重なる。
熱を帯びた口づけに、ラファエル様の身体が小さく震える。

「……っ」

唇が離れた瞬間、私は彼の耳に口を寄せ、吐息を吹きかけた。
その敏感な場所に甘く触れると、彼の喉から抑えきれない声が零れる。

「ああ……スカーレット、それは……だめだ……」

乱れた声音が、月光の中で余計に艶めいて聞こえる。
私は微笑んで囁いた。

「ふふ……ラファエル様も、わたくしと同じで耳が弱いのですね。かわいらしいですわ……もっとたくさん、愛させてくださいませ」

その言葉に、彼の赤い瞳が揺れた。
私は彼の首筋や肩に残る傷痕にそっと唇を落とす。

「この傷は……ラファエル様が誰かを守った証。――わたくしは、そのすべてを愛します」

キスのたびに、彼の表情がほどけていく。
逞しくも孤独を背負ってきた彼が、今はただ一人の女の愛に身を委ねている。

そして――夜は深く、甘く、長く続いていった。
月明かりの下、誕生日の祝福は、誰よりも濃密で幸福な記憶となって刻まれていく。

互いの唇が何度も重なり、深く、熱く絡み合っていく。
吐息と心音が混ざり合うたび、二人の身体は自然と求め合い、ひとつへと溶けていった。

結ばれた瞬間、ラファエル様はふと動きを止め、真剣な眼差しで私を見つめた。

「……スカーレット」

その声は震えているのに、確かな温もりを帯びていた。

「スカーレットのおかげで……誕生日が、こんなにも幸せな日だと知れた」

彼の吐息が頬を撫で、胸の奥に届く。

「昔、幼い頃は……“呪われた悪魔の子”“お前なんて生まれてこなければ良かった”と、何度も言われたことがあった。だから俺は……誕生日が嫌いだった」

切なげに細められた赤い瞳。
その奥には、孤独に沈んでいた少年の影が確かに見えた。

「大人になると、誕生日なんてただの日と変わらなくなった。誰も……俺の誕生日など心から祝ってくれる者はいない。ずっとそう思っていた」

彼の声がかすれる。けれど、次の瞬間に滲むのは柔らかな光。

「だが――今日。お前やクラウスに祝ってもらえて……本当に嬉しかった。……幸せだった」

その言葉に、胸が熱くなり、涙が零れそうになる。

「だから……ありがとう、スカーレット」

ラファエル様は頬を寄せ、低く囁いた。

「……お前が俺の誕生日プレゼントだというのなら――俺は、その贈り物を……味わい尽くしてもいいか?」

赤い瞳が燃えるように揺れ、次の瞬間、深く深く、唇が重なる。
互いの心を確かめ合うように、求め合うように。

「……ん……ラファエル様……愛してください……」

月光に包まれた寝室で、二人の夜はさらに熱を帯び、甘く、濃密に深まっていった。
熱に溺れるように求め合い、何度も唇を重ね合う。
赤い瞳が燃えるように私を見つめ、吐息と共に言葉を紡ぐ。

「愛してる、スカーレット……。生涯そばにいてくれ。これからも俺に、幸せを……愛を与えてくれ……」

胸が締めつけられるほどの想いが伝わってきて、頬を涙が伝った。

「……はい。わたくしこそ、ラファエル様をずっと……」

「その分――俺もお前を愛し尽くす」

激しい抱擁と口づけ。
お互いの身体と心を何度も確かめ合い、夜はますます深く、濃く染まっていく。

ふと絡まった指先に、月光が反射した。
薬指に輝くルビーの結婚指輪が、触れ合うたびに重なり合い、赤い光をきらめかせる。

まるで、これから先の未来を映すかのように。
互いを求め、離れずに生きていく二人の誓いが、そこに確かに刻まれていた。

****

窓辺から差し込む朝日が、静かな寝室をやわらかに照らしていた。
昨夜の余韻を残すように、シーツの上でラファエル様がスカーレットを腕に抱き込んでいる。

「……おはよう、スカーレット」

掠れた低い声が耳元で響き、胸がくすぐったくなる。

「おはようございます、ラファエル様」
「……眠れたか?」
「はい、とても……幸せで」

頬を染めながらそう答えると、ラファエル様がふっと微笑んだ。
赤い瞳が、朝日を受けて宝石のようにきらめいている。

「昨夜は……お前に全部、奪われた気がする」
「まあ……わたくしはラファエル様を愛するつもりで全力でしたもの」

くすりと笑うと、ラファエル様の大きな手が私の頬を包み込む。

「俺は本当に幸せ者だな。誕生日が、こんなに温かい日になるなんて思いもしなかった」
「これからは毎年、わたくしが全力でお祝いしますわ」
「ふっ……それは心強い」

軽く額を合わせ、互いに小さく笑い合う。
絡んだ指先には、ルビーの結婚指輪が朝日に照らされ、再び輝きを放っていた。

「……スカーレット」
「はい?」
「来年も、再来年も……生涯ずっと、俺の誕生日を一緒に過ごしてくれるか?」
「もちろんですわ。あなたの妻ですもの」

唇を重ねながら、互いの想いを確かめ合う。
それは誕生日の余韻を越えて、二人の未来へと続く小さな誓いの儀式のようだった。

ー朝日が差し込む寝室で、堕天使とその妻の幸せな時間は静かに流れていった。

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