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蠢く影と崩れゆく均衡
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薄い陽光が差し込む王宮の回廊。
白磁の床に映る自分の影を、マーガレット・ザンジスはじっと見つめていた。
ノア・ラービス殿下に拒まれた屈辱が、まだ心の奥で燻っている。
(私の花弁が効かなかった……。
あの“魅惑の花弁(エンチャント・ペタル)”が……?)
彼女の魅了の力は、生まれながらのもの。
視線ひとつ、笑みひとつで、男たちは皆、跪く。
それなのに――ノアだけは、まるで無風の湖のように動じなかった。
「……おかしいわ。何かが違う」
自尊心が軋み、嫉妬が胸を焦がす。
そんなとき、控えの間から、侍女たちの噂話が聞こえてきた。
⸻
「ねぇ、知ってる? ノア殿下、婚約者のカリーナ様よりもカリス様を可愛がってるらしいわ!」
「ええ!? あのラービス家の美しい令息よね? あの方、殿下のお部屋に何度も通っておられるとか!」
「ルーナ王女様が見たそうよ! 二人で夜更けに同じ部屋に――」
⸻
カップを持つ指が、ぴたりと止まった。
紅茶の表面が小さく揺れ、金の髪に映り込む。
(……カリーナより、弟のカリスを愛してる?)
唇がゆっくりと吊り上がる。
「ふふ……そう。なるほど。そういうこと」
マーガレットは立ち上がった。
軽く裾を翻し、侍女たちのざわめきを背に、静かに歩き出す。
⸻
宰相執務室の前。
そこにいたのは、ノアの兄であり王太子でもあるルイ・ノルヴィス。
彼はいつものように退屈そうな顔で、文書に目を通していた。
「ご機嫌よう、ルイ様」
「……何の用だ、マーガレット」
彼の声音には興味がない。
だがマーガレットの指先は、机の端をなぞりながら、甘く囁く。
「お父様が、管理している“家系記録書庫”。あれって、王族しか閲覧できないのよね?」
「そうだが」
「でも、貴方なら……できるでしょう? ねぇ、ルイ様」
わざと距離を詰め、耳元で息を混ぜて囁く。
「貴方の忠実な協力者としてなら、私……なんでもするわ」
ルイの目が一瞬だけ揺れた。
彼女はその隙を逃さず、完璧な笑みを浮かべる。
「お願い、少しだけ。調べたいことがあるの」
⸻
夜。
王立文書庫の奥、ランプの灯りが一つだけ揺れていた。
マーガレットは分厚い家系図を開き、目を走らせる。
「ラービス家……カルロス、カサラ、カリーナ……?」
ページを捲る。
もう一度。
もう一度。
「……カリスの名前が、ない……?」
静寂が支配する。
マーガレットの瞳が、ゆっくりと細められた。
(双子じゃない? じゃあ……誰?)
思考が繋がる。
断片が線になる。
そして――
「……そういうこと、ね」
カリーナ=カリス。
婚約者でありながら、男装していた令嬢。
ノア殿下が愛していたのは、同性ではなく、一人の女だった。
「ノア殿下……貴方、そんな危険な秘密を抱えていたのね」
「ふふ……カリーナ嬢。詐称行為は国家反逆罪に当たるの、ご存じかしら?」
ランプの炎がぱちりと音を立てた。
その光に照らされた彼女の瞳は、毒のように艶めいていた。
「まぁいいわ。群青の王子の化けの皮を剥ぐのは、もう少し後にしましょう…。ふふ…。あなたの命は私が握ったようなものだから…。」
白磁の床に映る自分の影を、マーガレット・ザンジスはじっと見つめていた。
ノア・ラービス殿下に拒まれた屈辱が、まだ心の奥で燻っている。
(私の花弁が効かなかった……。
あの“魅惑の花弁(エンチャント・ペタル)”が……?)
彼女の魅了の力は、生まれながらのもの。
視線ひとつ、笑みひとつで、男たちは皆、跪く。
それなのに――ノアだけは、まるで無風の湖のように動じなかった。
「……おかしいわ。何かが違う」
自尊心が軋み、嫉妬が胸を焦がす。
そんなとき、控えの間から、侍女たちの噂話が聞こえてきた。
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「ねぇ、知ってる? ノア殿下、婚約者のカリーナ様よりもカリス様を可愛がってるらしいわ!」
「ええ!? あのラービス家の美しい令息よね? あの方、殿下のお部屋に何度も通っておられるとか!」
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紅茶の表面が小さく揺れ、金の髪に映り込む。
(……カリーナより、弟のカリスを愛してる?)
唇がゆっくりと吊り上がる。
「ふふ……そう。なるほど。そういうこと」
マーガレットは立ち上がった。
軽く裾を翻し、侍女たちのざわめきを背に、静かに歩き出す。
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宰相執務室の前。
そこにいたのは、ノアの兄であり王太子でもあるルイ・ノルヴィス。
彼はいつものように退屈そうな顔で、文書に目を通していた。
「ご機嫌よう、ルイ様」
「……何の用だ、マーガレット」
彼の声音には興味がない。
だがマーガレットの指先は、机の端をなぞりながら、甘く囁く。
「お父様が、管理している“家系記録書庫”。あれって、王族しか閲覧できないのよね?」
「そうだが」
「でも、貴方なら……できるでしょう? ねぇ、ルイ様」
わざと距離を詰め、耳元で息を混ぜて囁く。
「貴方の忠実な協力者としてなら、私……なんでもするわ」
ルイの目が一瞬だけ揺れた。
彼女はその隙を逃さず、完璧な笑みを浮かべる。
「お願い、少しだけ。調べたいことがあるの」
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夜。
王立文書庫の奥、ランプの灯りが一つだけ揺れていた。
マーガレットは分厚い家系図を開き、目を走らせる。
「ラービス家……カルロス、カサラ、カリーナ……?」
ページを捲る。
もう一度。
もう一度。
「……カリスの名前が、ない……?」
静寂が支配する。
マーガレットの瞳が、ゆっくりと細められた。
(双子じゃない? じゃあ……誰?)
思考が繋がる。
断片が線になる。
そして――
「……そういうこと、ね」
カリーナ=カリス。
婚約者でありながら、男装していた令嬢。
ノア殿下が愛していたのは、同性ではなく、一人の女だった。
「ノア殿下……貴方、そんな危険な秘密を抱えていたのね」
「ふふ……カリーナ嬢。詐称行為は国家反逆罪に当たるの、ご存じかしら?」
ランプの炎がぱちりと音を立てた。
その光に照らされた彼女の瞳は、毒のように艶めいていた。
「まぁいいわ。群青の王子の化けの皮を剥ぐのは、もう少し後にしましょう…。ふふ…。あなたの命は私が握ったようなものだから…。」
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