男装悪役令嬢は、女装王子に溺愛される!?ー死刑回避のための男装ライフ、恋愛フラグが乱立中ー

明夏 向日葵

文字の大きさ
27 / 47

蠢く影と崩れゆく均衡

しおりを挟む
薄い陽光が差し込む王宮の回廊。
白磁の床に映る自分の影を、マーガレット・ザンジスはじっと見つめていた。

ノア・ラービス殿下に拒まれた屈辱が、まだ心の奥で燻っている。

(私の花弁が効かなかった……。
あの“魅惑の花弁(エンチャント・ペタル)”が……?)

彼女の魅了の力は、生まれながらのもの。
視線ひとつ、笑みひとつで、男たちは皆、跪く。
それなのに――ノアだけは、まるで無風の湖のように動じなかった。

「……おかしいわ。何かが違う」

自尊心が軋み、嫉妬が胸を焦がす。
そんなとき、控えの間から、侍女たちの噂話が聞こえてきた。



「ねぇ、知ってる? ノア殿下、婚約者のカリーナ様よりもカリス様を可愛がってるらしいわ!」
「ええ!? あのラービス家の美しい令息よね? あの方、殿下のお部屋に何度も通っておられるとか!」
「ルーナ王女様が見たそうよ! 二人で夜更けに同じ部屋に――」



カップを持つ指が、ぴたりと止まった。
紅茶の表面が小さく揺れ、金の髪に映り込む。

(……カリーナより、弟のカリスを愛してる?)

唇がゆっくりと吊り上がる。

「ふふ……そう。なるほど。そういうこと」

マーガレットは立ち上がった。
軽く裾を翻し、侍女たちのざわめきを背に、静かに歩き出す。



宰相執務室の前。
そこにいたのは、ノアの兄であり王太子でもあるルイ・ノルヴィス。
彼はいつものように退屈そうな顔で、文書に目を通していた。

「ご機嫌よう、ルイ様」
「……何の用だ、マーガレット」

彼の声音には興味がない。
だがマーガレットの指先は、机の端をなぞりながら、甘く囁く。

「お父様が、管理している“家系記録書庫”。あれって、王族しか閲覧できないのよね?」
「そうだが」
「でも、貴方なら……できるでしょう? ねぇ、ルイ様」

わざと距離を詰め、耳元で息を混ぜて囁く。

「貴方の忠実な協力者としてなら、私……なんでもするわ」

ルイの目が一瞬だけ揺れた。
彼女はその隙を逃さず、完璧な笑みを浮かべる。

「お願い、少しだけ。調べたいことがあるの」



夜。
王立文書庫の奥、ランプの灯りが一つだけ揺れていた。
マーガレットは分厚い家系図を開き、目を走らせる。

「ラービス家……カルロス、カサラ、カリーナ……?」
ページを捲る。
もう一度。
もう一度。

「……カリスの名前が、ない……?」

静寂が支配する。
マーガレットの瞳が、ゆっくりと細められた。

(双子じゃない? じゃあ……誰?)

思考が繋がる。
断片が線になる。
そして――

「……そういうこと、ね」

カリーナ=カリス。

婚約者でありながら、男装していた令嬢。
ノア殿下が愛していたのは、同性ではなく、一人の女だった。

「ノア殿下……貴方、そんな危険な秘密を抱えていたのね」
「ふふ……カリーナ嬢。詐称行為は国家反逆罪に当たるの、ご存じかしら?」

ランプの炎がぱちりと音を立てた。
その光に照らされた彼女の瞳は、毒のように艶めいていた。

「まぁいいわ。群青の王子の化けの皮を剥ぐのは、もう少し後にしましょう…。ふふ…。あなたの命は私が握ったようなものだから…。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...