38 / 47
決別の手紙
しおりを挟む
王都の夜は静かだった。
風の音すら、彼女の罪を聞くのを恐れるように、遠くでかすかに鳴っているだけ。
机の上には、一通の手紙。
その封筒に震える指で名前を書き記す。
カリーナは深く息を吸い、ペン先を握りしめた。
震える手を抑えようとしても、胸の奥が痛くて仕方ない。
「ごめんなさい……殿下。」
小さく呟く声が、紙の上に落ちた。
そして、彼女は静かに書き始める。
ノルヴィス・ノア殿下へ
私たちの婚約契約は、ここで終わりにしましょう。
ごめんなさい……。もう私は、貴方のそばにはいられません。
どうか、他に愛する人を見つけて、幸せになってください。
貴方は、どんな時も私の生きる希望でした。
そして、私の秘密を――ずっと守ってくださってありがとうございました。
もう、私たちの運命は分たれたのです。
ラービス・カリーナ
⸻
ペンを置いた瞬間、指先が震えた。
インクの匂いが胸を締めつけるように重たく感じる。
「……私は処刑されてもいい。
でも、ノア殿下だけは、絶対に守ってみせる。」
その言葉は、誰に聞かせるでもなく、祈りのように漏れた。
この手紙が彼を傷つけてもいい。
自分が嫌われても、恨まれても構わない。
彼の未来が守られるのなら、それでいい。
「私に“生きる希望”をくれたのは、貴方だから。」
ノアがいなければ、ここまで強くなれなかった。
あの婚約式の約束――“ドレスはノアが選ぶ”――
それすら叶えられなかったけれど。
それでも。
「大好きで、好きで、愛しています……ノア殿下。」
そう呟いた瞬間、
カリーナの涙が一粒、便箋に落ちた。
滲んだ文字の上で、光がゆらりと揺れる。
その一滴が、彼女の最後の“愛の証”だった。
***
公務に追われる日々。
朝から晩まで机に積み重なった書類を捌く。
だが、頭の片隅にはいつも、彼女の笑顔があった。
――カリーナ。
いや、今は“カリス”として。
僕の代わりにザンジス宰相の行方を追ってくれている。
あの細い肩で、危険を背負いながら。
彼女にはいつも助けられてばかりだ。
(ザンジスを早く見つけ出して、婚姻の儀を挙げたい。もう、彼女を不安にさせたくない。)
契約で始まった婚約。
でもあれは、政治ではなく、僕の――焦りと欲の産物だった。
“彼女を他の誰にも取られたくなかった”。
それだけだ。
(素直に言えばよかったんだ。ずっと前から好きだったって。)
そんな思いが胸をかすめた時だった。
書類の山の向こうから、ラスタが姿を現した。
「殿下、ラービス嬢からお手紙が届いております。」
「……カリーナから?」
思わず顔を上げた。
てっきり、近況報告かと思っていた。
軽い期待を胸に封を切る。
――そして。
手紙を開いた瞬間、胸の奥に冷たい刃が突き立った。
『ノルヴィス・ノア殿下へ
私たちの婚約契約は、ここで終わりにしましょう。
ごめんなさい…。もう私は貴方のそばにはいられません。
どうか他に愛する人を見つけて、幸せになってください……。』
……え?
目が文字を追うたび、視界が滲んでいく。
何を読んでいるのか、わからなくなった。
『貴方はどんな時も、私の生きる希望でした。』
紅い瞳から、ぽとりと涙が落ちた。
僕の指先を濡らすその雫は、熱いのに、胸の奥は氷のように冷たかった。
「僕との婚約契約を終わりにしたい……?
もう僕のそばにいられないって……何、どういうこと……?」
声が震える。
息が苦しい。
この手紙の意味を、心が拒絶している。
「他の人を愛して……?
僕は……君しか、愛せないのに……。」
机の上に手をつき、額を押さえる。
(僕だって、君が生きる希望だったんだ。
君がいたから、僕は王族として立てた。
君がいなければ、僕はただの無能に戻ってしまう。)
「ねぇ、どうして僕を置いていくの?」
声が掠れる。
風が吹いて、机の上の封筒が揺れた。
運命が分かたれる――そんな言葉、受け入れられるはずがない。
僕の婚約者は、未来の妻は、君だけなのに。
(誰が何を言おうと、僕の心は君のものだ。
僕が君を“選んだ”んだ。君以外、何も求めない。)
最後の行を見つめた。
そこだけ、インクが滲んでいた。
「……カリーナ。君も泣いてたんだね。」
震える指でその文字をなぞる。
その滲みが、まるで彼女の涙の跡のようで。
(これは――君が望んだ別れじゃない。
僕を遠ざけるための、優しい嘘だ。)
「……僕、約束したよね。
君のすべてを守るって。
だから――」
ノアは静かに立ち上がった。
封筒を胸に抱きしめ、その香りを確かめる。
まだ、彼女の気配が残っていた。
「この手紙が、君の“終わり”の言葉だとしても。僕にとっては、君を取り戻すための“始まり”だよ。」
紅い瞳が、涙をたたえながらも決意の色を宿す。
外では、夜の風が静かに窓を叩いていた。
それはまるで――
遠く離れた彼女が、泣きながら「ごめんなさい」と囁く声のように。
風の音すら、彼女の罪を聞くのを恐れるように、遠くでかすかに鳴っているだけ。
机の上には、一通の手紙。
その封筒に震える指で名前を書き記す。
カリーナは深く息を吸い、ペン先を握りしめた。
震える手を抑えようとしても、胸の奥が痛くて仕方ない。
「ごめんなさい……殿下。」
小さく呟く声が、紙の上に落ちた。
そして、彼女は静かに書き始める。
ノルヴィス・ノア殿下へ
私たちの婚約契約は、ここで終わりにしましょう。
ごめんなさい……。もう私は、貴方のそばにはいられません。
どうか、他に愛する人を見つけて、幸せになってください。
貴方は、どんな時も私の生きる希望でした。
そして、私の秘密を――ずっと守ってくださってありがとうございました。
もう、私たちの運命は分たれたのです。
ラービス・カリーナ
⸻
ペンを置いた瞬間、指先が震えた。
インクの匂いが胸を締めつけるように重たく感じる。
「……私は処刑されてもいい。
でも、ノア殿下だけは、絶対に守ってみせる。」
その言葉は、誰に聞かせるでもなく、祈りのように漏れた。
この手紙が彼を傷つけてもいい。
自分が嫌われても、恨まれても構わない。
彼の未来が守られるのなら、それでいい。
「私に“生きる希望”をくれたのは、貴方だから。」
ノアがいなければ、ここまで強くなれなかった。
あの婚約式の約束――“ドレスはノアが選ぶ”――
それすら叶えられなかったけれど。
それでも。
「大好きで、好きで、愛しています……ノア殿下。」
そう呟いた瞬間、
カリーナの涙が一粒、便箋に落ちた。
滲んだ文字の上で、光がゆらりと揺れる。
その一滴が、彼女の最後の“愛の証”だった。
***
公務に追われる日々。
朝から晩まで机に積み重なった書類を捌く。
だが、頭の片隅にはいつも、彼女の笑顔があった。
――カリーナ。
いや、今は“カリス”として。
僕の代わりにザンジス宰相の行方を追ってくれている。
あの細い肩で、危険を背負いながら。
彼女にはいつも助けられてばかりだ。
(ザンジスを早く見つけ出して、婚姻の儀を挙げたい。もう、彼女を不安にさせたくない。)
契約で始まった婚約。
でもあれは、政治ではなく、僕の――焦りと欲の産物だった。
“彼女を他の誰にも取られたくなかった”。
それだけだ。
(素直に言えばよかったんだ。ずっと前から好きだったって。)
そんな思いが胸をかすめた時だった。
書類の山の向こうから、ラスタが姿を現した。
「殿下、ラービス嬢からお手紙が届いております。」
「……カリーナから?」
思わず顔を上げた。
てっきり、近況報告かと思っていた。
軽い期待を胸に封を切る。
――そして。
手紙を開いた瞬間、胸の奥に冷たい刃が突き立った。
『ノルヴィス・ノア殿下へ
私たちの婚約契約は、ここで終わりにしましょう。
ごめんなさい…。もう私は貴方のそばにはいられません。
どうか他に愛する人を見つけて、幸せになってください……。』
……え?
目が文字を追うたび、視界が滲んでいく。
何を読んでいるのか、わからなくなった。
『貴方はどんな時も、私の生きる希望でした。』
紅い瞳から、ぽとりと涙が落ちた。
僕の指先を濡らすその雫は、熱いのに、胸の奥は氷のように冷たかった。
「僕との婚約契約を終わりにしたい……?
もう僕のそばにいられないって……何、どういうこと……?」
声が震える。
息が苦しい。
この手紙の意味を、心が拒絶している。
「他の人を愛して……?
僕は……君しか、愛せないのに……。」
机の上に手をつき、額を押さえる。
(僕だって、君が生きる希望だったんだ。
君がいたから、僕は王族として立てた。
君がいなければ、僕はただの無能に戻ってしまう。)
「ねぇ、どうして僕を置いていくの?」
声が掠れる。
風が吹いて、机の上の封筒が揺れた。
運命が分かたれる――そんな言葉、受け入れられるはずがない。
僕の婚約者は、未来の妻は、君だけなのに。
(誰が何を言おうと、僕の心は君のものだ。
僕が君を“選んだ”んだ。君以外、何も求めない。)
最後の行を見つめた。
そこだけ、インクが滲んでいた。
「……カリーナ。君も泣いてたんだね。」
震える指でその文字をなぞる。
その滲みが、まるで彼女の涙の跡のようで。
(これは――君が望んだ別れじゃない。
僕を遠ざけるための、優しい嘘だ。)
「……僕、約束したよね。
君のすべてを守るって。
だから――」
ノアは静かに立ち上がった。
封筒を胸に抱きしめ、その香りを確かめる。
まだ、彼女の気配が残っていた。
「この手紙が、君の“終わり”の言葉だとしても。僕にとっては、君を取り戻すための“始まり”だよ。」
紅い瞳が、涙をたたえながらも決意の色を宿す。
外では、夜の風が静かに窓を叩いていた。
それはまるで――
遠く離れた彼女が、泣きながら「ごめんなさい」と囁く声のように。
0
あなたにおすすめの小説
守護契約のはずが、精霊騎士の距離が近すぎて心拍がもちません―― 距離ゼロで溺愛でした。
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済:全8話⭐︎
ーー条項:心拍が乱れたら抱擁せよ(やめて)
村育ちの鈍感かわいい癒し系ヒロイン・リリィは、王都を目指して旅に出たはずが――森で迷子になった瞬間、精霊騎士エヴァンに“守護契約”されてしまう!
問題は、この騎士さまの守護距離が近すぎること。
半歩どころか背後ぴったり、手を繋ぐのも「当然」、心拍が乱れたら“抱擁条項”発動!?
周囲は「恋人だろ!」と総ツッコミなのに、本人たちは「相棒です!」で通常運転。
守護(と言い張る)密着が止まらない、じわ甘コメディ異世界ファンタジー!
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる