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迫る断罪フラグ
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夜の宮廷は、いつになくざわついていた。
燭台の炎が揺れる大広間には、貴族たちの囁き声と、かすかな期待が混じり合う。
その中央で、二人の策士――ルイ・ノルヴィスとマーガレット・ザンジスが、嘲笑を薄く乗せて座っていた。
「ラービス・カリス、いや、ラービス・カリーナと呼んだほうがいいかな?」
ルイの声は低く、甘い毒を含んでいた。周囲のざわめきが、一斉にこちらへ注がれる。
二人の侍女に押されるように、縛られた身体で馬車から引き出されたのは――薄水色の髪を深い帽子で隠したはずの“カリス”だった。だが、馬車の揺れに乱れた帽子の縁から、決して隠しきれない何かが見える。手首と足は縄で固く縛られている。
会場の空気は、刃物のように冷たかった。
「女性である貴方が、男装しているなんて誰も思わないわ…。みんなこの女に騙されたのよ…」マーガレットが嗤う。彼女の目は、楽しげに光っている。
カリスは震えていたが、声は揺らがせない。
(ここで黙れば、罪を認めたことになる。たとえ惨めでも――最後まで否定する)
「ルイ殿下、何を根拠に僕が女だと? それに、ノア殿下が僕と共託したと言う証拠がどこにあるのです?」
その問いかけに、会場からは冷たい失笑が漏れた。
ルイの表情が沈み、手が伸びる。無造作にカリスの胸ぐらを掴むと、囁くように言った。
「このシャツを破ったらどうなる? お前の秘密など、もう暴かれたのだ。」
言葉の余韻も残らぬうちに、鋭い手つきでシャツが掴まれ、ざっ、と破られた。空気が一瞬、止まる。
宙に舞った布が床に落ち、カリスの胸元が露わになる。そこに幾重にも巻かれたサラシ。淡い布の下に、女性の胸の膨らみがかすかに見える。
咄嗟に両手で胸を押さえ、シャツを引き寄せる。恥辱と恐怖で鼓動が耳に響く。
「これで暴かれた。男にないはずのものがこいつにはある。だから、こいつは女なんだ」――ルイの声が大広間に鳴り渡る。
そして、冷たい剣先がカリスの首筋に当てられた。金属の感触に、血の冷たさが一気に喉元を這う。群衆の囁きが呪文のように耳に残る。
「国家反逆罪で、ラービス・カリーナ。お前を、国王陛下の名の下に処刑する」
その言葉を聞いた瞬間、カリーナは死を覚悟した。
(ここまでなのね。ラービス・カリーナとしての死を回避するためにカリスになったのに、結局は死亡フラグが立ってしまったのね…。だけど、私が死んでも彼が生きて笑っていてくれるなら、それでいい…。彼は私の全てだから…)
瞼をぎゅっと閉じ、拳を力任せに握る。痛みで気を紛らわせようとするも、何も変わらない。だが――何も起きない。妙な静寂が訪れた。
おそるおそる目を開けると、そこには剣を振り払ったノアが立っていた。瞳だけが深く赤く光っている。彼は言葉を発さず、ただカリーナの肩に己のジャケットをそっとかけた。
「遅くなってごめん……」と、小さな声で呟く。手のひらが彼女の髪を撫でる。その仕草は、ただの慈しみに満ちていた。
カリーナは震えながら問いかける。
「どうして? 私、貴方を傷つけたのに……」
ノアはふっと、静かに笑った。
「君は嘘が下手だ。僕を突き放したいなら、もっと酷いことを言わなきゃ。だけど、君の優しい嘘のおかげで、僕は君の意思に気づけたよ。」
彼はそのまま、カリーナの小さな手を取って温めるように握り返した。周囲の視線が痛いほど集まる中、ノアは盾のように彼女の前に立ち続ける。
「ルイ兄上、彼女を処刑すると言うなら、僕も共に処刑してください」
声は静かだが、確固たる決意が籠もっている。会場のざわめきが一瞬凍りついた。
「僕だって女装をして捜査していました。性別詐称が罪だと言うなら、彼女と共に――」
その言葉は、屋敷の柱を震わせるほどの重みを持っていた。カリーナは涙で視界がにじむ。首を小さく振り、声を震わせながら弾き出すように言った。
「いやです!ノア殿下、どうか――私は、そんなことを望んでいません!」
ルイは嗤った。冷ややかな嘲笑を浮かべ、弟を嘲るように言う。
「お前は本当に愚弟だな。そんな女のために、王位も命も捨てるのか?」
ルイの剣が再びノアの首へと突きつけられる。刃先が肌に近づき、氷のような恐怖が走る。会場の空気は、呼吸を忘れたかのように張りつめる。
「僕は王位に興味はない」
ノアの声は震えない。むしろ静かで、どこか諦観にも似ている。
「それに、彼女は僕の希望だ。彼女がいない世界など、生きているだけで辛い。ならば――死を共にする方が、何倍も良いに決まっている」
ノアの瞳は紅玉のように揺れ、そこには鋼のような強さが宿っていた。ルイは笑い、その剣を更に押し付ける。
「ならば、お前を殺し、その女も道連れにしてやろう」
ルイの言葉が大広間にこだまする。刃の先端に反射する燭光が、二つの魂の運命を白く炙り出す。
その瞬間、誰もが次の動きを見張っていた――救いか、終わりか。
だが王都の夜は、まだ決して終わらなかった。
燭台の炎が揺れる大広間には、貴族たちの囁き声と、かすかな期待が混じり合う。
その中央で、二人の策士――ルイ・ノルヴィスとマーガレット・ザンジスが、嘲笑を薄く乗せて座っていた。
「ラービス・カリス、いや、ラービス・カリーナと呼んだほうがいいかな?」
ルイの声は低く、甘い毒を含んでいた。周囲のざわめきが、一斉にこちらへ注がれる。
二人の侍女に押されるように、縛られた身体で馬車から引き出されたのは――薄水色の髪を深い帽子で隠したはずの“カリス”だった。だが、馬車の揺れに乱れた帽子の縁から、決して隠しきれない何かが見える。手首と足は縄で固く縛られている。
会場の空気は、刃物のように冷たかった。
「女性である貴方が、男装しているなんて誰も思わないわ…。みんなこの女に騙されたのよ…」マーガレットが嗤う。彼女の目は、楽しげに光っている。
カリスは震えていたが、声は揺らがせない。
(ここで黙れば、罪を認めたことになる。たとえ惨めでも――最後まで否定する)
「ルイ殿下、何を根拠に僕が女だと? それに、ノア殿下が僕と共託したと言う証拠がどこにあるのです?」
その問いかけに、会場からは冷たい失笑が漏れた。
ルイの表情が沈み、手が伸びる。無造作にカリスの胸ぐらを掴むと、囁くように言った。
「このシャツを破ったらどうなる? お前の秘密など、もう暴かれたのだ。」
言葉の余韻も残らぬうちに、鋭い手つきでシャツが掴まれ、ざっ、と破られた。空気が一瞬、止まる。
宙に舞った布が床に落ち、カリスの胸元が露わになる。そこに幾重にも巻かれたサラシ。淡い布の下に、女性の胸の膨らみがかすかに見える。
咄嗟に両手で胸を押さえ、シャツを引き寄せる。恥辱と恐怖で鼓動が耳に響く。
「これで暴かれた。男にないはずのものがこいつにはある。だから、こいつは女なんだ」――ルイの声が大広間に鳴り渡る。
そして、冷たい剣先がカリスの首筋に当てられた。金属の感触に、血の冷たさが一気に喉元を這う。群衆の囁きが呪文のように耳に残る。
「国家反逆罪で、ラービス・カリーナ。お前を、国王陛下の名の下に処刑する」
その言葉を聞いた瞬間、カリーナは死を覚悟した。
(ここまでなのね。ラービス・カリーナとしての死を回避するためにカリスになったのに、結局は死亡フラグが立ってしまったのね…。だけど、私が死んでも彼が生きて笑っていてくれるなら、それでいい…。彼は私の全てだから…)
瞼をぎゅっと閉じ、拳を力任せに握る。痛みで気を紛らわせようとするも、何も変わらない。だが――何も起きない。妙な静寂が訪れた。
おそるおそる目を開けると、そこには剣を振り払ったノアが立っていた。瞳だけが深く赤く光っている。彼は言葉を発さず、ただカリーナの肩に己のジャケットをそっとかけた。
「遅くなってごめん……」と、小さな声で呟く。手のひらが彼女の髪を撫でる。その仕草は、ただの慈しみに満ちていた。
カリーナは震えながら問いかける。
「どうして? 私、貴方を傷つけたのに……」
ノアはふっと、静かに笑った。
「君は嘘が下手だ。僕を突き放したいなら、もっと酷いことを言わなきゃ。だけど、君の優しい嘘のおかげで、僕は君の意思に気づけたよ。」
彼はそのまま、カリーナの小さな手を取って温めるように握り返した。周囲の視線が痛いほど集まる中、ノアは盾のように彼女の前に立ち続ける。
「ルイ兄上、彼女を処刑すると言うなら、僕も共に処刑してください」
声は静かだが、確固たる決意が籠もっている。会場のざわめきが一瞬凍りついた。
「僕だって女装をして捜査していました。性別詐称が罪だと言うなら、彼女と共に――」
その言葉は、屋敷の柱を震わせるほどの重みを持っていた。カリーナは涙で視界がにじむ。首を小さく振り、声を震わせながら弾き出すように言った。
「いやです!ノア殿下、どうか――私は、そんなことを望んでいません!」
ルイは嗤った。冷ややかな嘲笑を浮かべ、弟を嘲るように言う。
「お前は本当に愚弟だな。そんな女のために、王位も命も捨てるのか?」
ルイの剣が再びノアの首へと突きつけられる。刃先が肌に近づき、氷のような恐怖が走る。会場の空気は、呼吸を忘れたかのように張りつめる。
「僕は王位に興味はない」
ノアの声は震えない。むしろ静かで、どこか諦観にも似ている。
「それに、彼女は僕の希望だ。彼女がいない世界など、生きているだけで辛い。ならば――死を共にする方が、何倍も良いに決まっている」
ノアの瞳は紅玉のように揺れ、そこには鋼のような強さが宿っていた。ルイは笑い、その剣を更に押し付ける。
「ならば、お前を殺し、その女も道連れにしてやろう」
ルイの言葉が大広間にこだまする。刃の先端に反射する燭光が、二つの魂の運命を白く炙り出す。
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だが王都の夜は、まだ決して終わらなかった。
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