39 / 47
迫る断罪フラグ
しおりを挟む
夜の宮廷は、いつになくざわついていた。
燭台の炎が揺れる大広間には、貴族たちの囁き声と、かすかな期待が混じり合う。
その中央で、二人の策士――ルイ・ノルヴィスとマーガレット・ザンジスが、嘲笑を薄く乗せて座っていた。
「ラービス・カリス、いや、ラービス・カリーナと呼んだほうがいいかな?」
ルイの声は低く、甘い毒を含んでいた。周囲のざわめきが、一斉にこちらへ注がれる。
二人の侍女に押されるように、縛られた身体で馬車から引き出されたのは――薄水色の髪を深い帽子で隠したはずの“カリス”だった。だが、馬車の揺れに乱れた帽子の縁から、決して隠しきれない何かが見える。手首と足は縄で固く縛られている。
会場の空気は、刃物のように冷たかった。
「女性である貴方が、男装しているなんて誰も思わないわ…。みんなこの女に騙されたのよ…」マーガレットが嗤う。彼女の目は、楽しげに光っている。
カリスは震えていたが、声は揺らがせない。
(ここで黙れば、罪を認めたことになる。たとえ惨めでも――最後まで否定する)
「ルイ殿下、何を根拠に僕が女だと? それに、ノア殿下が僕と共託したと言う証拠がどこにあるのです?」
その問いかけに、会場からは冷たい失笑が漏れた。
ルイの表情が沈み、手が伸びる。無造作にカリスの胸ぐらを掴むと、囁くように言った。
「このシャツを破ったらどうなる? お前の秘密など、もう暴かれたのだ。」
言葉の余韻も残らぬうちに、鋭い手つきでシャツが掴まれ、ざっ、と破られた。空気が一瞬、止まる。
宙に舞った布が床に落ち、カリスの胸元が露わになる。そこに幾重にも巻かれたサラシ。淡い布の下に、女性の胸の膨らみがかすかに見える。
咄嗟に両手で胸を押さえ、シャツを引き寄せる。恥辱と恐怖で鼓動が耳に響く。
「これで暴かれた。男にないはずのものがこいつにはある。だから、こいつは女なんだ」――ルイの声が大広間に鳴り渡る。
そして、冷たい剣先がカリスの首筋に当てられた。金属の感触に、血の冷たさが一気に喉元を這う。群衆の囁きが呪文のように耳に残る。
「国家反逆罪で、ラービス・カリーナ。お前を、国王陛下の名の下に処刑する」
その言葉を聞いた瞬間、カリーナは死を覚悟した。
(ここまでなのね。ラービス・カリーナとしての死を回避するためにカリスになったのに、結局は死亡フラグが立ってしまったのね…。だけど、私が死んでも彼が生きて笑っていてくれるなら、それでいい…。彼は私の全てだから…)
瞼をぎゅっと閉じ、拳を力任せに握る。痛みで気を紛らわせようとするも、何も変わらない。だが――何も起きない。妙な静寂が訪れた。
おそるおそる目を開けると、そこには剣を振り払ったノアが立っていた。瞳だけが深く赤く光っている。彼は言葉を発さず、ただカリーナの肩に己のジャケットをそっとかけた。
「遅くなってごめん……」と、小さな声で呟く。手のひらが彼女の髪を撫でる。その仕草は、ただの慈しみに満ちていた。
カリーナは震えながら問いかける。
「どうして? 私、貴方を傷つけたのに……」
ノアはふっと、静かに笑った。
「君は嘘が下手だ。僕を突き放したいなら、もっと酷いことを言わなきゃ。だけど、君の優しい嘘のおかげで、僕は君の意思に気づけたよ。」
彼はそのまま、カリーナの小さな手を取って温めるように握り返した。周囲の視線が痛いほど集まる中、ノアは盾のように彼女の前に立ち続ける。
「ルイ兄上、彼女を処刑すると言うなら、僕も共に処刑してください」
声は静かだが、確固たる決意が籠もっている。会場のざわめきが一瞬凍りついた。
「僕だって女装をして捜査していました。性別詐称が罪だと言うなら、彼女と共に――」
その言葉は、屋敷の柱を震わせるほどの重みを持っていた。カリーナは涙で視界がにじむ。首を小さく振り、声を震わせながら弾き出すように言った。
「いやです!ノア殿下、どうか――私は、そんなことを望んでいません!」
ルイは嗤った。冷ややかな嘲笑を浮かべ、弟を嘲るように言う。
「お前は本当に愚弟だな。そんな女のために、王位も命も捨てるのか?」
ルイの剣が再びノアの首へと突きつけられる。刃先が肌に近づき、氷のような恐怖が走る。会場の空気は、呼吸を忘れたかのように張りつめる。
「僕は王位に興味はない」
ノアの声は震えない。むしろ静かで、どこか諦観にも似ている。
「それに、彼女は僕の希望だ。彼女がいない世界など、生きているだけで辛い。ならば――死を共にする方が、何倍も良いに決まっている」
ノアの瞳は紅玉のように揺れ、そこには鋼のような強さが宿っていた。ルイは笑い、その剣を更に押し付ける。
「ならば、お前を殺し、その女も道連れにしてやろう」
ルイの言葉が大広間にこだまする。刃の先端に反射する燭光が、二つの魂の運命を白く炙り出す。
その瞬間、誰もが次の動きを見張っていた――救いか、終わりか。
だが王都の夜は、まだ決して終わらなかった。
燭台の炎が揺れる大広間には、貴族たちの囁き声と、かすかな期待が混じり合う。
その中央で、二人の策士――ルイ・ノルヴィスとマーガレット・ザンジスが、嘲笑を薄く乗せて座っていた。
「ラービス・カリス、いや、ラービス・カリーナと呼んだほうがいいかな?」
ルイの声は低く、甘い毒を含んでいた。周囲のざわめきが、一斉にこちらへ注がれる。
二人の侍女に押されるように、縛られた身体で馬車から引き出されたのは――薄水色の髪を深い帽子で隠したはずの“カリス”だった。だが、馬車の揺れに乱れた帽子の縁から、決して隠しきれない何かが見える。手首と足は縄で固く縛られている。
会場の空気は、刃物のように冷たかった。
「女性である貴方が、男装しているなんて誰も思わないわ…。みんなこの女に騙されたのよ…」マーガレットが嗤う。彼女の目は、楽しげに光っている。
カリスは震えていたが、声は揺らがせない。
(ここで黙れば、罪を認めたことになる。たとえ惨めでも――最後まで否定する)
「ルイ殿下、何を根拠に僕が女だと? それに、ノア殿下が僕と共託したと言う証拠がどこにあるのです?」
その問いかけに、会場からは冷たい失笑が漏れた。
ルイの表情が沈み、手が伸びる。無造作にカリスの胸ぐらを掴むと、囁くように言った。
「このシャツを破ったらどうなる? お前の秘密など、もう暴かれたのだ。」
言葉の余韻も残らぬうちに、鋭い手つきでシャツが掴まれ、ざっ、と破られた。空気が一瞬、止まる。
宙に舞った布が床に落ち、カリスの胸元が露わになる。そこに幾重にも巻かれたサラシ。淡い布の下に、女性の胸の膨らみがかすかに見える。
咄嗟に両手で胸を押さえ、シャツを引き寄せる。恥辱と恐怖で鼓動が耳に響く。
「これで暴かれた。男にないはずのものがこいつにはある。だから、こいつは女なんだ」――ルイの声が大広間に鳴り渡る。
そして、冷たい剣先がカリスの首筋に当てられた。金属の感触に、血の冷たさが一気に喉元を這う。群衆の囁きが呪文のように耳に残る。
「国家反逆罪で、ラービス・カリーナ。お前を、国王陛下の名の下に処刑する」
その言葉を聞いた瞬間、カリーナは死を覚悟した。
(ここまでなのね。ラービス・カリーナとしての死を回避するためにカリスになったのに、結局は死亡フラグが立ってしまったのね…。だけど、私が死んでも彼が生きて笑っていてくれるなら、それでいい…。彼は私の全てだから…)
瞼をぎゅっと閉じ、拳を力任せに握る。痛みで気を紛らわせようとするも、何も変わらない。だが――何も起きない。妙な静寂が訪れた。
おそるおそる目を開けると、そこには剣を振り払ったノアが立っていた。瞳だけが深く赤く光っている。彼は言葉を発さず、ただカリーナの肩に己のジャケットをそっとかけた。
「遅くなってごめん……」と、小さな声で呟く。手のひらが彼女の髪を撫でる。その仕草は、ただの慈しみに満ちていた。
カリーナは震えながら問いかける。
「どうして? 私、貴方を傷つけたのに……」
ノアはふっと、静かに笑った。
「君は嘘が下手だ。僕を突き放したいなら、もっと酷いことを言わなきゃ。だけど、君の優しい嘘のおかげで、僕は君の意思に気づけたよ。」
彼はそのまま、カリーナの小さな手を取って温めるように握り返した。周囲の視線が痛いほど集まる中、ノアは盾のように彼女の前に立ち続ける。
「ルイ兄上、彼女を処刑すると言うなら、僕も共に処刑してください」
声は静かだが、確固たる決意が籠もっている。会場のざわめきが一瞬凍りついた。
「僕だって女装をして捜査していました。性別詐称が罪だと言うなら、彼女と共に――」
その言葉は、屋敷の柱を震わせるほどの重みを持っていた。カリーナは涙で視界がにじむ。首を小さく振り、声を震わせながら弾き出すように言った。
「いやです!ノア殿下、どうか――私は、そんなことを望んでいません!」
ルイは嗤った。冷ややかな嘲笑を浮かべ、弟を嘲るように言う。
「お前は本当に愚弟だな。そんな女のために、王位も命も捨てるのか?」
ルイの剣が再びノアの首へと突きつけられる。刃先が肌に近づき、氷のような恐怖が走る。会場の空気は、呼吸を忘れたかのように張りつめる。
「僕は王位に興味はない」
ノアの声は震えない。むしろ静かで、どこか諦観にも似ている。
「それに、彼女は僕の希望だ。彼女がいない世界など、生きているだけで辛い。ならば――死を共にする方が、何倍も良いに決まっている」
ノアの瞳は紅玉のように揺れ、そこには鋼のような強さが宿っていた。ルイは笑い、その剣を更に押し付ける。
「ならば、お前を殺し、その女も道連れにしてやろう」
ルイの言葉が大広間にこだまする。刃の先端に反射する燭光が、二つの魂の運命を白く炙り出す。
その瞬間、誰もが次の動きを見張っていた――救いか、終わりか。
だが王都の夜は、まだ決して終わらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜
束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。
家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。
「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。
皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。
今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。
ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……!
心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる