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第Ⅳ章 それぞれの行く先

27 sideマリアナ

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どうして、こんなことになってしまったのかしら。
何を間違えてしまったのかしら。
お姉様はお邸を出て行った。
この国が合わなかったのか、元々隣国に誰か好きな人がいたのかは分からないけど、お姉様は隣国にいる伯母様の元へ行った。
お姉様を迎えに伯母様に私は一度だけ会ったことがある。お姉様にとっての伯母様ならたとえ血の繋がりがなくても私にとっても伯母様になるから挨拶をしなければと思ったのだ。
挨拶をした私に伯母様はとても冷たかった。
「随分と躾のなっていない」
「えっ」
何を言われているか分からなかった。だって、マナーはきっちりと教わったし、その通りにしているのに。どうしてそんなことを言われるのだろうか。
私は自分の所作を頭の中で一つ一つ思い出してみた。けれど、どこにも粗はなかった。
「さすがは姉から男を寝取った女。お前の母親同様に娼婦がしみ込んでいるようだが、同性に媚を売ったところで今更遅い。お前は廃嫡王子の妻となり、社交界とは無縁のところで朽ちていく。とてもお似合いの運命ではないか」
侮蔑の眼差しを向け、嫌な笑みを浮かべながら伯母様は言う。
「ウジ虫にはお似合いね。このような娘を養子にするなど、公爵家もたかが知れている」
なんてことを言う人だろう。なんて、心のない人なんだろう。お父様たちの親族だと言うから勝手に良い人を想像していた。
こんな人の所にお姉様をやってはダメだ。そう進言すると伯母様は私の頬を叩いた。
慌ててお父様が伯母様にどなり、お母様が私を助け起こす。
「エイベルよ。よく覚えておくといい。『心優しき人』が必ずしも善人であるとは限らないのだ」
「あなたの言っている意味は分かりませんが、少なくとも私は人に暴力を振るう人間を善人だと思ったことはありません」
叩かれた頬がジンジンと熱を帯びる。彼女の長い爪が僅かに当たったのか、頬から少し血が出ていたけど、気にしなかった。
こんなことでは怯まない。間違えていることは間違えているといわないとダメだ。
私はお母様の手を借りて立ち上がり、伯母様を睨みつける。
「子供の躾をしたまでよ」
「躾に暴力は必要ありません」
「優しく言い聞かせるだけが躾ではない。時には痛みを与えることで子供は痛みを学ぶ。だからこそ他人に暴力を振るってはいけないと理解する。言葉が全てではない。小娘。お前は廃嫡王子と一緒に辺境の地へ行くのだろう。ならばそこで現実を知るといい。お前の考えがいかに甘いか思い知ることになるでしょう」
くすりと伯母様は笑う。
「楽しみね。その顔が絶望に変わっていくのは。見られないのは残念だけど。想像するだけで楽しみだわ」
「っ」
お姉様は結局、伯母様と一緒に出て行った。私が何度止めてもお姉様は行ってしまった。
お姉様は元平民の私と違って、世間知らずで人を見る目がない。だから私がお姉様を止めないといけなかったのに。止められなかった。もしかしたら、これはその罰なのかもしれない。
最愛のお姉様が不幸になると分かっていながら止められなかった罰。

◇◇◇

ガシャンッ
「っ」
顔の横を通り抜けた酒瓶が私の後ろにある壁にぶつかり、砕ける。飛んできた破片が私の頬に赤い線を描く。
お姉様が出て行ってからすぐに私もカール様と一緒に新たな生活をスタートした。
不安はあったけど、それでも心から愛した人と一緒に幸せになるのだと思っていた。
でも、現実は違った。
カール様は最初はいろいろとやろうと頑張っていた。肥沃な土地はなくても何か名産があれば領を盛り上げることができると事業を始めたりもした。けれど、事業は失敗。
借金返済の為に邸から持ってきたものは全て売り払った。そうすると、今度は使用人を雇うことができなくったので解雇した。
私は仕方がなく食事の用意をしたり、洗濯をしたりと普通の平民と家庭を持つ主婦の真似事をした。これはこれで楽しかった。本に出てくるような家庭が私にもあるんだと思った。
土地がやせ細っているので可哀そうな領民たちが私たちを頼って来るので炊き出しをしたりもした。
「また炊き出しをしたのか」
そんな私をカール様はなぜか咎める。
「だって、食べるものがないのよ。可哀そうじゃない」
「はっ。それで私たちが餓死をしたらいい笑い者だな。後世にも名を残せるだろうよ。民たちの為に自ら命を削った間抜けな貴族だと」
「そんなことはないわ!民たちの為に命を削るのは貴族として当然のことでしょう!私は笑われるような恥ずべき行為をしたつもりはないわ」
私の言葉にカール様は笑う。それは今まで見せてきた笑顔とは種類の違うものだった。お姉様の周囲にいた貴族と同じ。元平民である私とお母様を見下し、侮蔑したきた彼らがよく見せる笑顔だ。
「お前は貴族じゃない」
「っ」
傷つく私にお構いなしにカール様は続ける。
「貴族は民に施しを与えたりはしない。意味がないからな」
「意味が、ない?」
カール様は何を言っているの。みんな喜んでるじゃない。それなのに、どうして意味がないことなの。炊き出しをすればそれだけ飢えで死ぬ人が減るってことじゃないの。
どうして、後世に笑われるとか意味がないとか思うの。
「ないだろ。だって、何の解決策にもなってない。奴らの顔を見て見ろよ。お前に縋って、お前に甘えて。醜悪イイ顔、してるぜ」
カール様は持っていた酒をぐいっと飲み干すとまた新たなお酒を開けて飲み始める。
「あいつらにとってお前は甘い蜜だ。蜜を吸われ続けた花はやがて枯れる」
そんなことない。そんなはずがないと思うのに。
だから私は何度カール様の怒られても民たちの為に炊き出しをした。炊き出しをするためにカール様からお酒を取り上げた。そうするとカール様から暴力を振るわれるようになった。
それでも民たちの為だと思ってやっていたのに。
カール様の言葉が頭から離れない。炊き出しに集まる彼らの顔色が気になって仕方がない。
私は本当は利用されているだけ。彼らにいいように扱われているだけ。違う。そう何度も否定しているのに私は彼らを疑ってしまう。
そして、決定的なことが起こった。
カール様に暴力を振るわれ、包帯巻きで現れた私に炊き出しに集まった彼らは労わりの言葉もなく、それどころか気づいてすらいなかった。
もう限界だった。私はカール様と離縁をして実家に帰った。カール様は止めなかった。
ボロボロになって帰った私をお母様とお父様はいつもの優しさで包んでくれた。その温かさに涙が零れた。
お姉様も出て行って、私まで出て行ったから二人に寂しい思いをさせていたんだ。私、自分のことばかりで、残される二人のことを考えていなかった。最低だ。
お父様に言われた通り、私は公爵家の人間として再び社交界に出るようになった。
「どうしてあの方がここに?」
「カール様とは離縁したらしいよ」
「まぁ。なんて恥知らずな。よく顔が出せますわね」
「さすがた民草。根性が雑草なみだ」
「あの方のせいでエマ様はお国を出られたのに。エマ様が不憫でなりませんわ」
相変わらず貴族の方は身分で人を差別する。世間体を第一にすることは知っている。でも平民にとっては離縁も再婚も当たり前のことだ。それは貴族だって同じじゃないのか?
平民にとっての当たり前が貴族にとっては当たり前じゃないなんておかしい。だって、同じ人間なんだから。
だけど、彼らはそれを分かっていない。私一人じゃあ社交界に出てもつまらない。
よく分からないけど。お父様とお母様も爪弾きにされていて、家は何だか困ったことになっているのがぼんやりと二人の様子を見て分かった。
だから私はお姉様に手紙を書いた。二人を助けてほしくて。大切な両親ですもの。お姉様がすぐに隣国から駆け付けてくれると思った。けれど、お姉様は来てくれない。手紙の返事もない。もしかしたら、あの意地悪な伯母様が握りつぶしたのかも。もしくは、伯母様に非道な扱いを受けているのかもしれない。お父様とお母様を助けにいけないほどに。
私は心配になってお父様に伯母様の居場所をさり気なく聞いて、姉に会いに行くという名目で尋ねたけど門前払いされた。やっぱり、あの伯母様がお姉様に何かをしているんだわ。早く助けないと。待っていたくださいね。お姉様
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