仄暗い部屋から

神崎真紅

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第二章

act 7 通報

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ある朝、瞳が目覚めてリビングに入ったその目に飛び込んできた光景は、およそ瞳の理解の外にあるありさまだった。

 瞳が疲れて眠ってしまった後も、賢司は独りで起きていたのだ。
それはつまり、独りで覚醒剤を打ち、なんらかの妄想に囚われていたのだろう。
 部屋中に散乱する机の中の物や、分解されて殆ど原形を留めていない家電品などが、足の踏み場もない状態で散乱していた。

…瞳は、その惨状を見て、愕然とした。
と、同時に言い知れぬ恐怖感が頭を吹き抜けた。

 「賢司…、これは…何…?」

 恐る恐る聞いて見た。

 「…何がだよ?」
 「だから、この部屋は…どうしたの?」
 「うるせぇな、瞳よ。お前何か俺に隠してねぇか?」
 「隠すって…何を?」
 「男だよ、この俺が知らねぇとでも思ってんのかよ?」

 何…?
 賢司は何を言ってるの?

 「あたしに賢司以外の男が、いる筈ないじゃない」

じりじりと、近寄って来る賢司の表情は、完全な迄に己れの妄想に支配されている、狂人でしかなかった。

 何日眠っていないのだろう?
 瞳に薬を打つ前から、賢司は独りで薬を使っていた筈。
 単純に数えても、楽々一週間は、睡眠を取ってない事になる。
 瞳はどんなに賢司に誘われても、三日間しか続かない。

 三日目には、幻聴が聞こえてくる。
そして、安定剤を飲まないと、過呼吸を起こしてしまうのだ。
 瞳は覚醒剤の他に、安定剤と睡眠薬の依存性に陥っていた。
 過呼吸は、安定剤を飲まない事から来る離脱症状だった。

 精神的にも不安定になり、安定剤を一度に百錠単位で飲んでしまう、いわゆるOD(オーバードーズ)をやる様になっていた。
 覚醒剤はアッパー系と呼ばれる。
 使用すれば、その間は眠気も食欲も抑制される。
 疲れすら、感じなくなる。
そして、その間何かしらに没頭するのだ。

 賢司と瞳の場合、瞳は賢司の思惑により、SEXを教え込まれた。
 インプリンティング(刷り込み)の様なものだ。
 雛鳥が、殻を破って最初に見たものを、親だと思い込む事に酷似している。
だから、瞳は賢司の言う事に逆らえないのだった。

けれど、賢司は一度覚醒剤が体内に入ってしまうと、自我を失う。
そして、その間一週間~十日間は覚醒剤を打ち続ける。
 『魔の睡魔』に襲われない限り、際限なく悪夢は続くのだった。
 無論、標的にされるのは瞳だ。

 浮気を疑われ、部屋中を滅茶苦茶にして、これで普通の生活など成り立つはずもない。
 賢司が怖い…。
 瞳は警察に通報した。
 生活安全課に経緯を話したところ、DVや、薬物依存者から隔離する為の、シェルターがあるらしい。
か弱き者をそこに避難させてから、内偵期間に入る。
そこで薬物使用が認められたら、逮捕、という筋書きになる。
けれど瞳はそこで躊躇した。

 賢司が捕まる…。

 本当は、賢司から逃げたくて、通報したのに、何故?
やっぱり瞳は、賢司からはなれる事は、出来ない。
これも覚醒剤の作用のひとつと、云えるだろう。
 賢司が逮捕された後、瞳は独りぼっちになってしまう。
 瞳にはそれが恐かった。

 矛盾している様だが、それが本音なのだ。
 今の瞳には、賢司の存在こそが、全てになっていた。
だから、それ以上進めなかったのだ。
 薬が入っていない状態の賢司は、それは優しい普通の愛する人だから…。

 覚醒剤が憎い…。
 何時しか瞳は、覚醒剤そのものを憎む様になっていた。
 薬さえなければ、賢司と瞳は、楽しい時間を過ごす事が出来る筈。
それも瞳の哀しい願望でしかないのだけれど…。

 賢司が、覚醒剤を辞める事など、出来ない事くらい、何年も一緒に生活して来たのだから、判る。
 判っているけれど、瞳は賢司に薬を辞めて欲しかったのだ。
ならば、瞳自身は辞められるのだろうか?

 賢司の手によって、打たれる覚醒剤。
その賢司が辞めれば、必然的に瞳は覚醒剤から逃れられる。
そう、信じていた。
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