聖女が片っ端から結婚退職するので地味で本オタクの私が聖女に任命されました

厚焼タマゴ

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「いや、やっぱり厳しいですよ、この歳で聖女って」

 王室の紋章が刻まれた手紙を指でなぞりながら首を振る私に、役場の文書係であるイアンさんは皺を重ねた口元に穏やかな笑みを浮かべた。

「そもそも、聖女の若年化が進んだのはここ数十年の話であって、時代を遡ればあなたのお母様より年配の聖女の記録も残っているのです」
「でも今は下限ぎりぎりの十六歳や十七歳の子ばかりですよね? 法衣のデザインも……というか、あの白いひらひらの服着るんですか? 私が? 聖女を騙る不届者として通報されますよ」
「法衣については詳しくありませんが、立場上華美を強いられるとは考えにくいかと。それに、大切なのは役目に対する責任感。アンゼリカさんの真面目で勤勉なお人柄が、聖女に相応しいと思われたのですよ」

 父親と同年代で、子煩悩の愛妻家。この土地に来てからずっとお世話になっているイアンさんは、私が聖女に選ばれたことを素晴らしいことだと思っている。この辺りは信仰心の強い人が多いから余計にそう感じるのだろう。王宮から聖女就任を打診する手紙が届いてからというもの、小さな役場はすっかりお祭りムードで、今にも祝聖女誕生の垂れ幕が飾られそうな雰囲気だ。

 しかし、みんな冷静になってほしい。此度聖女に選ばれたのは私、王立図書館勤務のアンゼリカ・キズスなのだ。

 もちろん、私だって人並には神に祈る。月に一、二度程度なら教会にも行く。だからといって聖女に任命してくる王宮はいくらなんでも見境がなさすぎるだろう。担当者は私の不健康そうな青い顔を、常に乱れた髪を見たことがあるのか。北の果てで長年書庫に籠っている人間に神の祝福だの慈愛だのを与えられると思っているのか。

「あとは、洗礼を受けた教会も大きでしょうね。アンゼリカさんは、エキナセアの出身でしょう?」
「はい、両親の仕事の関係で。小さな村で、教会はひとつしかありませんでしたが」
「その教会で、少し前に神の轍が見つかったのです」
「轍が!? こういったら失礼ですが、荒れ放題の教会でしたよ!?」

 神の轍とはその地に神が降り立ったことを示す痕跡であり、轍の残る教会で洗礼を受けた者はより強固な力によって守護されると言われている。

「今は保護の対象となり、国教の総本山より神父様がいらしているそうです。エキナセアには神が二つの湖を作ったという言い伝えがありますが、轍が発見されたことで研究が進むかもしれませんね」
「あの、人より羊の方が多い村が……」

 洗礼地は聖女の加護に影響する。エキナセアの轍が強大な力を持っていて、結果洗礼を受けた私の元にお鉢が回ってきたのかもしれない。よくぞこんな僻地にまでとは思うが、ここ最近の聖女不足のことを考えれば無理からぬ話だ。

 聖女。
 ……聖女か。

 普通なら迷わず固辞するお役目だが、ひとつだけ心に引っかかっている、いや大いに食い込んでいることがあった。

 本だ。

 聖女として正式に任命された者は国教機関および王宮の所属となり、通常ならば近づくこともできないような施設への出入りや資料の閲覧が可能となる。例えば王宮内の書庫、国教が所有する経典、古文書……どれも私にとっては垂涎どころか毛穴という毛穴から涎が吹き出るほど魅力的と言える。

 そもそも、この地で働いているのも本が好きだからだ。平民の身分で少しでも豊かな知識に触れられるよう勉学に励み、書物を管理する資格を得て北方へと住居を移した。幸い両親は私が自由に生きることを歓迎してくれる大らかな心の持ち主で、あなたの求めるままに生きなさいと背中を押してくれた。

(求めるものを得るためならば、困難は厭わない。そう心に誓って今日までやってきた)

 ならば、到底向いているとは思えない聖女となってでも、新たな知を追うべきではないのか? 民を熱狂させる偶像にはなれなくても、地道な仕事なら、きっとなんとかなる。長年あばら屋を修繕しながら暮らしているし、毎日山を登って図書館に通っているのだから、体力については申し分ないはずだ。

「……まあ、確かに適任かもしれませんね。私のような聖女に求愛する殿方もいないでしょうし」

 撫でつけても撫でつけても跳ね上がる聞き分けのない癖毛を指先でつまみながら頷くと、正面に座るイアンさんは困ったように笑った。

「それについては何とも……ですが、少なくとも私は、アンゼリカさんは多くの人々に慕われる聖女になると思いますよ」

 あなたが誰かのために力を尽くせる方であることはここにいる皆が知っています、というのはさすがに買いかぶりが過ぎる言葉だったけど、心に響かなかったといえば嘘になる。
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