聖女が片っ端から結婚退職するので地味で本オタクの私が聖女に任命されました

厚焼タマゴ

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初めての王都と赤い髪の聖騎士

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 それは、本当に一瞬の出来事だった。

 視界を掠めた赤い髪。疾風のように真っすぐ駆け寄った人影が、うずくまる子供を抱き上げて道の脇へと飛び退く。馬の嘶きと、水を打ったような沈黙。やがて風に煽られたマントがゆっくり元の位置に戻ると、いっせいに歓声が上がった。人々の惜しみない拍手が、朝の広場を包み込む。

「すげえな兄ちゃん、矢が飛んできたのかと思ったぜ」
「本当にありがとうございます、何とお礼を言えば……」
「礼には及びません、当然のことをしたまでですから!」

 溌剌とした声に合わせて、赤い毛先が忙しなく動く。馬車の小さな窓越しではよく見えないが、随分と身振りの大きい人だ。母親に駆け寄る子供の前に片膝をつくと、幼い肩をぎゅっと握りしめる。

「少年、君は母上の落としたりんごを拾おうとしたんだな? もちろん無茶は感心しないが、その思いやりの気持ち確かに俺が見届けた!」

 いや、身振り以上に声が大きい。せっかく子供が目を輝かせているのに、熱烈な賛辞と諭すような言葉にかき消されてよく聞こえない。

「君は優しい。だからこそわかるだろう、君に何かあった時どれほど母上が悲しむか」
「いい返事だ! これからも母上を大切にして清く正しく生きてくれ
「何かあった時は必ず力になる!」

 白いマントが汚れるのも厭わず語りかけるその人は子供とかたい握手を交わすと、くるりと振り返ってこちらを見た。
 最初に目に入ったのは、降り注ぐ太陽を透かして輝く金色の瞳と、喉を飾る特徴的な銀の衿。一歩一歩近づいてくる姿に、知らず背すじが伸びる。

「馬車のご婦人!怪我は!?」

 そう、彼は私が王都に着いて初めて目にした聖騎士だった。白いマントと銀の衿、胸元を飾る十字の刺繍。本の挿絵でよく見る甲冑姿とは違って軽装だが、戦いの最中でもないのだから当然だ。

 どう考えてもこの距離では必要ないだろうという声量はともかく、清廉で美しい見目をしている。周囲の婦人の視線がやけに熱を帯びているのはそのせいだろうか。聖騎士と貴婦人の秘めた恋は物語の定番だが、彼ならさぞ登場人物に相応しいだろう。

「――」

 その瞳が、私をとらえた瞬間こぼれんばかりに見開かれた。

 それまでの振る舞いが嘘のようにわなわなと唇を震わせて、何度も瞬きをしたり、目を擦ったりしている。ずっと探し続けていたものをついに見つけたように。
 
 ひょっとして、以前会ったことがあるのだろうか? まるで心当たりがないもののとりあえず馬車の扉を開くと、想像より近い位置に顔があってぎょっとした。

「……ご婦人、名前は?」

 声が震えている。

「アンゼリカ・キズスと申します」

 口にしてから名乗って良かったのだろうかという疑問が頭をもたげたが、今さらだろう。聖騎士と聖女という関係である以上、どこかで顔を合わせるかもしれないのだし。

「アンゼリカ殿、俺はディル・トモハ。国教セルカ騎士団に所属する聖騎士だ」

 そこまで言うと、聖騎士……ディル様は唐突に身を乗り出して私の両手を握りしめた。

「不躾で恐縮だが……あなたをセラと呼んでもいいだろうか」
「え、いえ、困りますが」
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