世界が終わるという結果論

二神 秀

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CHAPTER.7 八面玲瓏な濡羽色(ハチメンレイロウナヌレバイロ)【天体衝突4週間前(啓蟄)】

§ 7ー1  2月24日   青い頭状花序

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 たこが一番高く上がるのは、


 風に向かっている時である。


 風に流されている時ではない。



 ウィンストン・チャーチル (Winston Churchill)



   ♦   ♦   ♦   ♦



--神奈川県・喫茶ル・シャ・ブラン--


「よう! 颯太。少しせたか?」

「お久しぶりです。オサムさんこそ、また一段と髪がねてますよ」

「あ、あー、そう言えば最近髪切ってなかったなー。ルミー、後で髪切ってくれよー」

「いいけど、丸坊主な!」

「んー、それでもいいや、よろしく~」

「いいのかよ!」

 相も変わらずのやり取り。遅刻してきたオサムさんが来たことで、呼びかけた全員がそろった。


 彩と一緒に歌う。そう決めたときから、やるなら曲も作り、音楽を心から楽しめる場所でと考えていた。しかし、気持ちだけ先行していたようで、始めてみると2人では到底とうてい片付けられない工程に目がくらんでしまった。

 そこで、無理を承知しょうちで軽音楽部のみんなに協力を頼む事にしたのだ。

 黒い翼エルノワールの久弥とてっちゃん。

 部長のオサムさんに副部長のルミ先輩。

 オサムさんに無理やり連れて来られた3馬鹿トリオの青:登戸セラ・黄:伊勢原ルカ・赤:向ヶ丘エルの御三方。

 てっちゃんが連絡してけつけてくれた元ヴォーカルの舞衣。

 こんなときなのに、みんな貴重な時間を使い、当たり前のように手を貸してくれることがなによりも嬉しかった。


 ほんの数ヶ月会っていなかっただけなのにひどくなつかしいと感じる。それは恐らく、音楽に真剣に向き合うのが久方ひさかたぶりだからかもしれない。集まってくれたみんなもそうだったんだろう。各々、テンション高く、思い思いにしゃべくりあっている様子が物語っていた。パンドラという黒き魔女の存在が、どれだけ世界に影を落としたか。
 でも、そんな事は今考えている場合じゃない。白い両翼レゼルブランとして、最高の舞台で最高の曲を演奏えんそうすることがすべてだ。


「こんな時に集まってくれて、ホントにありがとうございます。えーっと、まずは紹介しょうかいします。こちらはおさな馴染なじみの梅ヶ丘彩です」

 恥ずかしそうに彩がペコリとお辞儀じぎする。

「それで、メッセージで伝えた通りですが、この彩とユニットとして、パンドラが近づく前にライブがしたいんです。でも、俺たち2人だけじゃ何も出来なくて……。それで、みんなの力を貸してもらいたいんです! こんな大変な時にホントに勝手なことを言ってると自分でも解かってます。けど、どうか、力を貸してください! お願いします!」

「お願いします!」

 深く頭を下げる。横に立つ彩も続いて頭を下げる。颯太おれがすべて準備するから、と言っておいて彩にまで頭を下げさせてしまったことが情けない。

「いい……」「待て!」久弥が何か言いかけたのを、オサムさんが横槍よこやりを入れてとどまらせる。腕を組んで背もたれに寄りかかりながら、オサムさんは見たこともない真面目な顔つきをする。

「なぁ、颯太。1つ聞かせてくれ。納得する答えだったら協力する。だから、ちゃんとこたえてくれ。いいな?」

 落ち着いたその口調に、空気が重くなり背筋をただされる。

「はい」ゴクリと生唾なまつばを飲む。

「お前の、いや、お前たちの音を誰に届けたいんだ?」

 誰に? そんなこと特に考えてこなかった。ライブに来てくれた人、学祭に集まってくれた人、そんな俺たちの音楽を聴きに来てくれた人たちが喜んでくれる演奏をしたいと思っていた。だから、かなでる音を聞いてくれる人、そう答えようとした。

「すべてに、です!」

 それは彩が答えた。驚いて彩の顔を見やるが、その真剣な横顔に言葉を失う。

「すべて、とは?」オサムさんは表情を変えない。

「だから、この世界にある、すべてに、です。誰かに、とかじゃなくて、人はもちろん、猫にも、タンポポにも、山にも、海にも、空に輝く星にも、みんなに聞いてもらいたいんです。私と颯太の音を」

 さらに驚く。オサムさんも流石さすがに表情が変わる。集まった全員が、まばたきを忘れる程に彩を見つめた。

「くっ……。ふふっ、あっはっはっは」

 実に愉快ゆかいそうに大声で笑うオサムさん。重くなった空気はその笑い声で蜘蛛くもの子をらすように逃げていった。

「いいね、いいね~♪ 音楽はそれぐらい大きくなくっちゃつまらないからな。自信過剰? ナルシスト? 結構、結構。そのあふれるエネルギーで『自分はここにいるぞ!』『オレの音を聞け!』っておもいを込めて、始めて伝わるものがあるからさ。うん、えーっと、彩ちゃんだっけ? キミの声が宇宙のてまで届くように協力させてもらうよ」

 オサムさんだけじゃない。久弥もてっちゃんも他のみんなも真剣な眼差まなざしだが、口元は笑っている。颯太おれも含めて全員が納得できる解答だった。彩のおかげだ。

 すべてに音を伝えたい。彩がそんな事を言うとは思わなかった。


 じゃぁ、颯太おれはそんな彩のためにギターをくよ。



   ♦   ♦   ♦   ♦



--2時間後--


 喫茶ル・シャ・ブランの店内。4人掛けのテーブル2卓を中心に10脚の椅子を円状に配置し、10人がそれぞれ席に着く。名司会のルミ先輩が横の席のオサムさんに目配めくばせをしてから「よし」と目を光らせて話し始める。

「それじゃ、それぞれの役割を最後に確認するぞー!」

 人類の存亡そんぼうをかけた円卓えんたく会議。なんて、そんな大袈裟おおげさなものじゃない。でも、颯太おれにとっては個人の尊厳そんげんをかけた一世一代の大勝負なんだ。自然と胸が熱くなる。

「まずは久弥!」「はっ!」謎に敬礼けいれいして立ち上がる久弥。

「おまえは、映像担当な! 編集、配信、エンコードもおまえの役割だからな。大変な役どころになるけど、大丈夫そうか?」

「はっ! おまかせください」

 こんな調子で1人1人に役割の最終確認をしていく。


 てっちゃんは、久弥の手伝いと打ち込み作業。

 舞衣は、彩の歌唱レッスン。

 3バカトリオは、告知と諸々もろもろの機材・衣装の調達。

 ルミ先輩は、編曲・プログラミング。

 オサムさんは、作曲と会場の選定せんてい

 彩は、舞衣との歌唱レッスンと作詞。

「そして、颯太! おまえはひたすらギターの練習な。部長や舞衣、そして今の梅ヶ丘さんの言葉をよく考えて1つ1つ音をかなでてみな」

「え? おれのギターじゃ、ダメ、なんですか?」

「あー、そうだよ。自分でもわかってるんじゃないのか? んー……、思ってたより重症だったかー。分からないなら、あのアホ部長にでも話を聞いてみればいいよ。音楽のことだけはまともなこと言うからさ」

「……はい」

 に落ちない。ギターをくことには、それなりに自信がある。オサムさんに比べれば、そりゃあ、まだまだだけど、舞衣にも、ましてや彩にもあって自分にないものって……


「じゃぁ、以上になるがみんな腹くくって働くように! 決行は3月19日の火曜日。そこまでに何としても準備を終わらせること! では……」

「あ! ちょっと、ちょっと待った!」

「ん? どうした、颯太?」

「終わりにみんなにコーヒーを飲んでいってもらいたくて。協力してもらう御礼ってこともありますが、みんなで一緒に味わいたいなって思いまして」

「そういえば、ここ、喫茶店だったもんな。……うん、わかったよ。みんなも構わないよね?」

 みんな笑顔でうなずく。

「じゃぁ、お願いするよ、颯太」


 事前に準備はしてあった。店長に教えてもらったとおりにコーヒーをれていく。「いいかい、颯太くん。大切なことは、丁寧にすること。1つ1つ、産まれたての仔猫を抱きかかえるように、優しく丁寧にだよ」この言葉のままに、できるだけゆっくり丁寧にれていく。この店で働いていたときの記憶が少しよみがる。

 10杯のコーヒー。久しぶりのル・シャ・ブランの香りがみせいっぱいに広がる。れたてのカップを全員で手に持つ。戦国時代の戦さの前のみずさかずきのように。ルミ先輩がオサムさんをひじうながす。

「えー、そんなに真顔になるなって(笑)。最後になるかもしれないんだ。精一杯、楽しんでやろー」

「おー♪」

 みんな一斉にカップに口をつける。一気に飲もうとした久弥が、口に含んだ次の瞬間コーヒーを吹き出す。

「うぅぅ。颯太、これ、ひどい味がするんだけど……」

 みんな下を向き、目を細めてゲンナリしている。てっちゃんだけが、ひたいに汗を浮かべていたが、表情を変えなかった。でも、そんなてっちゃんが言った。

「これは……不味まずい……」

 それに舞衣が馬鹿笑いする。つられてみんな笑い出す。彩も颯太おれも笑う。こんなに腹から笑ったのはいつぶりだろう。そんな中、オサムさんが最後に言った。


「颯太のコーヒーみたいなのでもいいから、やりきれ。そして、またみんなで笑いあおう」と。

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