最凶の極道は異世界で復讐を希う

きょんきょん

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第二章

26.交渉成立

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「おいおい、俺は頼めばなんでも引き受ける興信所じゃねえんだぞ。そんな訳のわからない依頼を受けるつもりは毛頭ない」

 挑発するように妖精姫の顔面めがけ、煙を吹きかけてやったが流石に苛立ちを表に出すような浅はかな真似はしなかった。

 ――伊達に歳は食ってないというわけか。

「アンタよ、少しばかり勘違いしてねぇか。この無悪斬人があのガキを王都まで連れて行くと聞いて、まさか人は見かけによらないとでも期待したのだったら残念だが、その話には乗れないな」
「依頼は受けてくださらないと……。でしたら気持ちが傾くような話をして差し上げましょうか」

 そう言うとテーブルの上に数名の書類を広げてみせた。

「エペ村で起きた一件を耳にした私は、サカナシさんの素性を少しばかり調べさせていただきました。するとおかしなことに何も情報が上がってこないのです。近隣諸国の密偵スパイという線も考えましたが、だとしても情報がゼロということはありえません」

 話をそこで区切ると立ち上がり、無悪が吸っていた葉巻を奪うとお返しとばかりに煙を吹きかけてきた。口元には自らが優位であることを信じて疑わない笑みが浮かんでいる。

「そこである可能性に行き着いたのです。個人を突き止める情報が皆無――例えば、途方もなく可能性は低いですが、異世界から渡ってきた客人まれびとと考えると様々な疑問が解消されるのです」
「別に隠すつもりもないから先にネタばらしするが、アンタの言う通り確かに俺は別の世界からやって来た異世界人だ。それがどうした?」
「えっと……そこまで明け透けなく口にされるとは予想外なんですが……ちなみにそのことを知ってる方は?」
「いないな。話したところで信じないだろう」

 アイリスを》庇かばい立てするわけではないが、馬鹿正直に知っていると話せば無用な火の粉が降りかかるのは目に見えていたので、ハッタリを伝えた。

「はあ……やはりそうでしたか。どうにもこの世界の常識に疎すぎると思いましたよ。ただ、そうなると矛盾が生じます。グロワール王国が勇者召喚の儀式を行ったとは聞いておりませんし、かの召喚魔法を行うには大人数の宮廷魔道士の膨大な魔力と生命力が必要となりますので安易に手を出すことは固く禁じられています。つまり、サカナシさんの存在自体がイレギュラー中のイレギュラーなのです。万が一にでも権謀術数渦巻く中央にサカナシさんの存在がバレたりしたら……さぞ大変な目に遭うでしょうね」
「ふん。何を口にするかと思えば、安い脅しだな。俺の期待を裏切るような程度の低い駆け引きはやめとけ」

 まさかこの世界に住民基本台帳が完備されてるとも思えないが、無悪が異世界から訪れたという事実を妖精姫が把握していたことは計算外だった。

 だがバレてどうなるほどのものでもない。「話にならない」と言い残し立ち上がった無悪に、妖精姫は指を一本突き出して「大金貨一枚」と唐突に告げた。

「価値がわからないのであれば教えて差し上げましょう。大金貨一枚とは金貨百枚に匹敵する通貨で、それだけあれば贅沢して一生を暮らせる金額です。庶民があくせく汗を流して一生涯かけて働いたところで手に入らない金額でしょう。それと、この世界の戸籍を差し上げると約束します」
「……随分と気前がいいな。そこまでして壊滅にでも追い込みたい組織なのか」
「先程サカナシさんが仰っていたように、超越草の被害を拡大させようと目論んでいるのは、恐らく国の中枢に位置する官僚と手を組んでる組織だからです。お役人どもは国が根っこから腐ろうが関係ない。ひたすらに自分の懐を潤すことだけに躍起になってますからね」
「なるほど、タイミングよく都合のいい俺を見つけて白羽の矢が立ったというわけか」

 ここが日本で、〝どんな手を使ってでも邪魔な存在を消してほしい〟という依頼を仮に持ちかけられられた場合、少なくとも二本――無悪が対応するのであれば最低日本円で二千万は要求する。

 それはあくまで着手金で、成功報酬や経費は別途要求するつもりだ。ちなみに標的が変われば勿論価格も跳ね上がると伝ると、依頼人の中にこう口にする不埒な輩が現れる。

「そんなバカな! もっと安く請け負ってくれる組織はいくらでもあるぞ」

 奴等は愚かで目も当てられないが、あながち間違いを言っているわけでもない。確かにもっと安値でも喜んで請け負う組織や個人が存在することは間違いでなないが、昔から「安かろう悪かろう」という言葉が存在する通り、金額の多寡で仕事の出来に天と地ほどの差が生じるのがこの世界の常識でもある。

 ケツモチについている会社からの火急の依頼の場合、最終的に標的の命を奪う他にないと腹を括って交渉の席に座っているので提示した金額に横槍を入れるような愚かな真似はしないが、反論してくる奴ほど浅はかな理由とふざけてるのかとキレたくなるほどの安価で人一人の命を消そうと目論んでいる。

 一千万、百万、十万――少しでも安く請け負ってもらえるよう躍起になる。

「そこまで金を払いたくないのなら、自分で手を下せばいい」と答えてやると、「殺しはあんたらの得意分野だろ!」と強気に出てくる始末。

「妖精姫さんよ、悪いが他を当たってくれ」

 踵を返して扉に向かうと、背後から美女のそれとは思えない舌打ちが聞こえた。どちらかというと、悪態をつくほうが本性な気もする。

「でしたら、大金貨二枚でどうです」

 まだだ、これは譲歩に見せかけた演技に過ぎない。

「他を当たるんだな」
 
 年間一万人以上の失踪者が発生する日本において、たかが人一人行方をくらましたところで何が変わるわけでもなし。当然知名度が高い芸能人や、政財界に幅を利かせるような大物フィクサー相手であれば警察の重い腰も速やかに動くが、これが反社会的勢力の場合になると余程の上層部でもない限り、警察おかみが表立って動くことはない。

 大陸や半島から渡ってきたマフィアであれば尚更だ。標的があまりに大物であると厄介なの犬共にいらぬ詮索をされる為、依頼主の本気度を測るために報酬金額の釣り上げを行うこともある。 

「大金貨三枚だ」
「なんですって?」

 整った顔に嫌悪の色が浮かぶ。

「相手は子爵。大袈裟に言えば〝国〟を相手取る必要があるんだろう。この世界のことを何も知らない俺には些か低すぎる金額だと思うが」
「しかし、この報酬額は依頼の性質上、私の財布から出さなくてはならないんですよ。大金貨三枚ともなるとおいそれと動かすことは」
「だったらギルドの金庫でもなんでも動かせばいいじゃないか。権限者はアンタだろうが」
「ですが」
「俺を苛つかせたから大金貨四枚だ」
「あなたという人は……」

 最初に提示した金額にイチャモンをつけようものなら増額する。速やかに首を縦に振らなければ更に増額する。
 録音した音源を再生してみせると血の気をなくして青褪めた表情で固まる依頼主は、ようやく素直に話し合いの席に腰掛ける。そして当初の倍額の値を伝えると、断ればどうなるか勝手に想像して受け入れる。

 ――とどのつまり、交渉とはブラフをいかに本気と捉えさせるか、その積み重ねと騙し合いに過ぎない。

「わかりました。しかし、すぐには準備できませんので時間を下さい」
「ふん。最初から素直に頷いていれば良かったんだよ。それと、アンタが知りうる情報を全て教えるんだ」

 齢数百年だろうが、この無悪斬人にはなんの意味もなさない。新しい葉巻を加えると、しばし勝者の余韻に浸った。


 
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