最凶の極道は異世界で復讐を希う

きょんきょん

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第二章

Episode.アイリス

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「お前はもう逃げられない」

 僕の手首にじょうを嵌めた男の下卑た笑いと、腐った息が耳元に触れるたびに怖気が立った。奴隷の証――無理矢理に外せば起爆装置が作動すると聞かされた首輪の装着音が、今も耳朶じだにこびりついて離れない。

 一人、また一人と姿を消していく檻の中で非力な僕は膝を抱えて助けを待つしかなかった。
 超越草という違法薬物をアキツ組がエペ村を隠れ蓑にして栽培、加工までしている秘密を外部に暴露しようと目論んだ結果がこれだ。

 村を飛び出してまもなくアキツ組の構成員に身柄を取り押さえられた僕は、連中のアジトまで連行されてから生殺与奪を握られている状態が続いている。

 ここに閉じ込められている限り、一分一秒と気が休まることはなかった。僕が閉じ込められた檻とは別に、鉄格子の向こうには僕より幼い年齢の子供から屈強な肉体を持つ獣人種の成人――それに何処で捕まえたのか遥か遠方の珍しい種族まで、年齢性別種族問わず様々なが一緒くたに劣悪な環境下の檻の中に閉じ込められていた。

 耳をそばだてて外の会話を聞いていると、閉じ込められている人達はいずれ裏ルートで奴隷オークションにかけられ売り飛ばされる運命だというではないか。

 売り物とはいえ、大事に扱われている訳でもなく病気にかかる者も現れ始めると、そういった人が身じろぎ一つ取らなくなってからしばらくして外に運ばれていき、二度と戻っては来なかった。

 誰も彼もが希望を失った目の色をしていた。
 閉じ込められて時間の感覚がなくなるまでは、そう時間はかからなかったと思う。外の陽の光は届かず、明かりといえば壁にかけられている蝋燭の灯りのみで与えられる食事も硬くて嚙み切れない黒パンと、僅かな水だけ。

 精神的に余裕がなくなり、体力はみるみるうちに減少していった。そんななか、僅かな光明が生まれた。同じ牢獄で知り合った猫人族の女の子、フィーヤの存在である。

 彼女の生まれ故郷は緩衝地帯である国境を超えた隣国――オーディヌスの片田舎。聞いたことのない地名の貧しい地域出身で、飢饉に陥ると口減らしのために我が子をことが珍しくないと話していた。

「フィーヤは、その……自分を売った両親のことは恨んでないの?」

 私語をしているのがバレるとムチを振るわれるので、小声でぼぞぼそと尋ねるとフィーヤは力なく笑う。

「しょうがないの。うちは両親が病気がちでまともに働けなかったし、私が代わって働こうとしても貧しい村では家族を養えるほどの仕事がなかったから。かと言って都会に職を求めたところで、人間から『亜人』と一括りにされて差別されるのがオチだから」

 フィーヤの言う通り、この世界は一部の国を除いて大半が人間種以外の亜人族を忌避、差別をする風潮が未だ根強く残っている。理由は様々あれど、とても傲慢で愚かな思想だと僕は常々憤っていた。

「私達さ、ここを出たら離れ離れになるのよね」
「うん。奴隷オークションにかけられた人達は、よっぽどのことがない限り同じ買い主に競り落とされないっていうから」

 そうだよね、と天井を仰ぎ見たフィーヤは僕の目をじっと見て、手を握りしめると強張った顔で口を開いた。

「アイリスはね、亜人の私と初めて対等に話してくれた人間なの。だから……ここを無事に出られたあとも、ずっと私と友達でいてくれる?」
「もちろん。ずっと友達だよ」

 ささやかな約束が二人の微かな希望となっていたけれど、現実は辛くも厳しく数日後にフィーヤは僕より先に檻の外へと連れて行かれた。

 それから何日経っただろうか――。
 精も根も尽き果てる寸前だった頃、見張りを任されていた男達が交わす会話をなんとなしに聞いていると、その内容に我が耳を疑った。

「しっかし、亜人族専門の変態貴族様には頭が上がらねぇな。この前のオークションでまとめて十名――金貨五十枚で競り落としたんだとよ」
「バカだよな。亜人ってだけでも気味が悪いってのに、その亜人じゃねぇとアソコがおっ勃たねぇって業が深すぎんだろ」
「……それくらいにしとけよ。その客のおかげで俺らのシノギは成り立ってるんだからな」
「そうビビんなって。そういや、買い取られていったも今頃は変態貴族様に躾けられてる頃だろうな。顔は悪くなかったから味見くらいはしても良かったぜ」

 ――猫人族って、まさかフィーヤのこと?

「男も知らないガキなら、保って数週間ってとこじゃねぇか」
「だな。もしとしてマーケットに流れてきたら、そのときは物の試しに買ってみようぜ」

 頭が真っ白になった。「いつまでも友達でいようね」と、純粋な約束を交わしたフィーヤが蹂躙される。この国はいつもそうだ――弱者はいつまでも弱者の立場を強いられ、圧倒的な富を持つ腐敗した権力者が幅を利かせる。

 何もできない自分に腹がたち、唇から血が滲むほど噛み締めた。力なく笑うフィーヤの顔が、いつまでも脳裏から離れなかった。

「こんなところで、くたばってなるものか」

 ――まずはどんな手を使ってでも、ここから逃げなければ。食べられるものは壁を這う蜘蛛でも口にして機会を窺い、その日はとうとうやってきた。
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