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1章:鬼狩りαはΩになる

3:捜査開始(1)

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「捜査の基本は聞き込みや入念な下調べです。どうして君はいきなり現場に入ろうとするんですか」
「まあまあ。だって面白そうじゃないスか。キャバクラだし」
 
 はあ……とアラタは大きな溜息をついた。ここは夜の新宿歌舞伎町、キャバクラの前である。
 互いに着替えて合流したのだが、アラタは相手の格好に呆れた。宙は昼よりは少しまともな格好をして現れたが、明らかに二人は別業種の人間に見える。アラタはシックなスーツ姿なのでサラリーマンに見えなくも……いや、顔の傷が目立つのでどうみてもヤクザだろう。さっきからそんな視線は感じている。まあ、宙といれば捜査官には見えないか、とは思った。
 
 鬼狩りは秘密裏に行われるため、捜査自体は「通常の」捜査官が行う。そうして被疑者を絞り込めてきた時点で鬼狩りである特命に引き継がれ、アラタたちが被疑者を尾行し、犯行現場や鬼化を目撃したところで討伐が始まるという流れが一般的だ。しかし、宙の「現場に行かない警察官なんですかぁ?」という煽りに負けてこの場にいるのだ。自分の気の短さに情けなくもなった。
 
 新宿歌舞伎町のキャバクラ「XXX」。このあたりでは大きなグループの上級店である。そこのグループのキャバ嬢が三人、この二ヶ月ほどの間で立て続けに失踪している。
 
 裏業界によくある話で、ホストに貢ぎすぎてヤクザに飛ばされたとか風俗落ちして消えたとか……そういう噂になっているが、そうではないらしい。店自体の経営はしっかりしており、ヤクザとの繋がりもなく、立て続けに三名、トップクラスの嬢が消えたとあって、グループのオーナーから詳しく調べて欲しいという依頼があった。
 
 鬼は「消えやすい」人間のいる場所を選ぶ。もちろん田舎の神隠し的なことも多々あるわけだが、人の消える数からすれば都会が一番だ。ここでは誰もが然程他人に興味がない。誰かが消えても「ああ、何かあったのか」その程度。よって、現代において、鬼は都会に紛れ込んでいることが圧倒的に多いのだ。
 
(とはいえ、鬼の発生や繁殖についてはよく分かっていないのが現状なんだが……)
 
 未解決の事件、都市伝説……様々なことに鬼が絡んでいるのは分かっている。だから、このように組織として対応している。しかし、アラタは「人間が鬼になる」ことも知っていた。**庁管轄の研究所「D」でも研究が進められているが、その正体はまだよくわからない、が正解だ。アラタは傷を撫でながら、「早く行きましょうよぉ~」と浮かれる宙にまた溜息をついて店に入ることにした。


(めちゃくちゃ馴染んでいる……)
 
 宙から「接待のていで行くんで!」と言われてとりあえず卓に座ったが、まあ、感心するほど上手いものだ。簡単に「不自然じゃない」紹介をされ、ベンチャーの社長と融資担当の銀行員という設定で話が進められてしまった。
 今の卓にはこの店のナンバーツーであるモモカという女性がメインでついてくれていた。胸が大きくて全体的に柔らかそうな、可愛らしい女性である。アラタは視線が失礼にならないようにと気を配っているが、宙などはガン見である。慣れているのか、臆することなく女性にも微妙なラインで近づいていて、まあ、なんともこういう店に来る客らしい。
 
 話を聞くと、モモカは最近この店に移ってきたばかりらしい。しかし、一気に上位にいるのも頷ける、女性らしさを前面に押し出した女性で、頭の回転も早いのだろう、話もうまかった。首元にはドレスにあった可愛らしいチョーカーが結ばれている。しかし、後ろ側にはしっかりと革と金具がはめられている。……Ω性なのだろう、とは予想がついた。
 
 夜の街には、社会的弱者……バース性でいうところのΩの人間が多い。それゆえトラブルも多いし、危機管理も必要になってくる。アラタの管轄署内ではよく見る光景だ。アラタはα性であるが、Ωのフェロモンにあてられないよう、投薬調整をしていた。社会福祉としてバース性への保障はできつつあるが、何事も自己管理が大事なのである。
 
「水本さんはお酒飲まないの~?」
「俺、全然飲めないんだよね。いいよ、君たちはあまーいシュワシュワのお酒飲んでもらって♡」
「ほんとー? フルーツもつけていい?」
「どうぞどうぞー! アラタさんにも水割り作ってあげて♡ 今日は俺の奢りだから♡」
「……ありがとうございます」
 
 経費で落ちないぞ、という睨みをきかすが、宙は何も気にしていないようだ。着替えてきた私服は嫌味なぐらいにブランドロゴが入っていて、多分女性たちもそれを悟っているんだろう。代わる代わるヘルプの女性が入ってくるが、すぐに宙は馴染んで会話を弾ませ、自然に店のことを聞き出している。
 
(そういえば、夜の街で色々やらかしたとか言っていたな。得意な分野なら任せておくか)
 
 きゃっきゃと明るい雰囲気になっている座席を立ち、アラタはさっと店内を見回して裏に回ることにした。店の廊下の壁にはキャバ嬢たちの盛りに盛った写真が並んでいる。
 
(ここのナンバースリーが先週失踪したんだったな……)
 
 「カナデ」と書かれている女性は美しい黒髪をしなやかにアップし、中華風のドレスを纏っている写真であった。すぐそばにいるボーイに、あの、と尋ねる。
 
「カナデさんは今日はいらっしゃらないんですか?」
「あっ、ご指名ですか……? すみません、カナデさんはしばらくお休みの予定でして」
 
 背が低く、おどおどとした頼りないボーイは、アラタの問いかけにしどろもどろに答えた。しかし、詳細までは知らなさそうな雰囲気だった。
 
(流石にボーイには失踪の詳細は伝わってないか……)
 
 アラタはニコリと外向きの笑顔を作ったが、まあ、この顔の傷だ、向こうはひどく怯えるような視線を送ってきた。……こういう扱いには慣れている。
 
「そうですか。綺麗な方なのでもしいらっしゃるなら、席についていただければと思いまして」
「もしかしたら戻ってこないかも……」
「?」
「あっ、すみません。この前、アリサさんと揉めていたようなので。キャバ嬢同士の揉め事はよくあることなんです」
(アリサ……ここのトップか)
 
 壁の写真を見ると、アリサ、モモカ、カナデと並んでいる。アリサは美しく艶やかなブロンドを巻いている、かなり目力の強い女性だ。写真の加工はあれど美しい人だなとアラタも素直な感想を持った。
 
「そうですか。それは残念です。アリサさんは今日はいらっしゃるんですか? すごく綺麗な方ですね」
「今はVIPにいるのですが、もうすぐお客様が帰られる時間なので、今日はその後うかがえるかと。少しお時間かかりますが」
「私の連れが綺麗な女性には目がなくて。もしお時間あればお願いします」
 
 そうボーイに告げてまた席に戻る。華やかな夜の街はいつでも裏で何が起こっているかわからないものだな、と、アラタは昔のとある事件を思い出しそうになっては首を振った。
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