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ドミス教会
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俺、もといヤミノ・アクニンはドミス教会という存在すら認識していなかったみたいだが、どうやら世間ではそれなりに周知されているらしい。
ドミス教会というとまどろっこしいが、簡単に例えるなら彼らは”ヤミノ・アクニン被害者の会”だ。
マフユが顔を出していたと言っていたように獣人以外も所属しているようで、それなりに規模が大きい組織らしい。
まあ、ヤミノ・アクニンへの憎悪はあれど復讐心はないらしいが。
各所に点在しヤミノ・アクニンの悪行を喧伝することで、他の被害者を出さないようにすることが目的なんだとか。
俺はそんなことを考えながらも、マフユと共にドミス教会の根城に足を踏み入れていた。
「入るわよー」
「あ、マフユ姉さん!」
こちらに気がついて駆けてきたのは、身長150cm程度しかない獣人の少年だった。アフロのようなもふもふを極めたような茶髪にあどけない表情。庇護欲をそそられる見た目だった。
「あら、シュールしかいないの? 他のみんなはどうしたの?」
シュールという名前らしい。
「みんなマフユ姉さんのことを探しに行ったんだよ。だってこんな緊急事態に頼れるのなんて姉さん以外にいないからさ」
「緊急事態?」
「うん。街の人間たちがオイラたちのことを悪者扱いするんだ! 三年前にここを追い出された時はあんなに優しかったのに、訳のわからない病気を持ち込むなーって怒鳴られるんだよ!」
「……そんなことがあったのね」
「マフユ姉さんは信じてくれるよね? オイラたちは伯爵の噂が本当かどうか確かめたくて戻ってきただけなのに、そんな悪者扱いされるなんてイヤなんだ!」
シュールはマフユにしがみつき必死に訴えた。
「街の人たちは体調不良になっているけれど、シュールたちはどうなの?」
「オイラたちの方が酷いよ! 半分以上が上の部屋で寝込んでるんだ」
「わかってるわよ。あんたたちがそんなことをするはずないもの」
マフユは優しくシュールの背中をさすりながら、落ち着かせるように言った。
一方、俺はこの事態をどう考えるべきかを整理していた。
確かに街で病気が流行しているのは事実だ。
邸宅でも数名が体調不良になっているし、街の住人たちや冒険者連中も同様だ。しかし、今の話を聞く限り、獣人が病気の原因ではない。それは間違いない。
「マフユ」
「なに?」
「彼らがこの街に戻ってきたのは何日前だ?」
キエルにも聞いていたが再確認だ。
「七日前ね。まさかあんた街の住人と同じ考えってことはないでしょうね?」
「落ち着け。俺はドミス教会の獣人を疑っているわけではない。ただ、関連性を否定することはできないと思っているだけだ」
はっきりとした原因がわからない以上、しらみ潰しでもいいから様々な可能性を排除していくしかない。
「関連性?」
「ああ。だってあまりにも突飛すぎるだろ。火のないところに煙は立たないというしな」
「それはそうだけど……」
「マフユ姉さん、さっきから気になってたんだけどその男の人は旦那さん? 彼氏? 結婚してたの? オイラたちにも今度詳しく紹介してよね?」
「ち、ちちち、違うから! 私たちは……あれ、どんな関係だっけ?」
「……シュール、随分と埃っぽい場所だが、掃除はしているのか?」
俺はマフユから視線を外し、今度は教会の中に目を這わせた。
言い方は悪いが、薄気味悪い雰囲気だった。
正直、長居はしたくない。そう思うくらいには埃っぽいし、空気が澱んでいる。どことなく目も痒い気がするし、鼻もむずむずする。日本でいうところのスギ花粉のようなイメージだ。
「えっと……三年前、伯爵に追い出されてからずっと使ってなかったけど、ここに来てから何回か掃除したんだ。まだ全然終わってないけど……」
「掃除……?」
俺はシュールの言葉に引っかかるものを感じた。
それがなんでなのかはわからない。ただ、なんとなく怪しさを覚えた。
「掃除したのは具体的にどこだ?」
「んー、全部! ……あ、でも地下室はまだ手付かずだよ。みんなでやれば掃除も早いんだけど、みんなすぐに体を壊しちゃったから中々掃除する暇がないんだ」
「地下室か」
俺とマフユは顔を見合わせた。
詳しくないが、この手の建物には昔の備蓄庫や封印されていた部屋があることが多い。特に、長い間使われていなかったとなれば、何かしらの問題がある可能性が高い。
床下や半地下を有効活用するのは先人の知恵だ。
「あとは何か気になることはないか?」
「気になることかぁ、なんだろー……あ、そうそう。最近は全然気にならないんだけど、ここに戻ってきたばかりの時は少し変なニオイがしたんだ」
「変なニオイ?」
「でも、すぐになくなったよ。換気をして軽く掃除をしたらみんな気にならなくなったって言ってたしね」
シュールは気にも留めていない様子だったが、そのニオイとやらは今回の件に深く関係しているような気がした。
「……シュール、地下室を見せてくれ」
「え? ……う、うん、いいけど……何かあるの?」
「わからない。だが、少し気になることがある」
俺はそう言って、シュールの案内で地下室へと向かった。
地下室は薄暗く、湿った空気が充満していた。
壁に打ち込まれた木造りの棚の上には木箱や樽が置かれ、地面にはよくわからないシミもある。
「ここだよ。昔は食糧庫だったらしいんだけど、オイラたちは昔からほとんど使ってなくて……ここに来てからもまだ一回も入ってないんだ」
「……なるほどな」
俺は一歩足を踏み入れると、鼻をつく異臭に顔をしかめた。食糧庫に蓄えていたいつぞやの食糧が腐敗しているのかもしれない。
「マフユはこのニオイを感じるか?」
「当然よ。だって、酸っぱいような、腐敗臭のような……なにかしら? とにかく普通ではないもの」
シュールは俺とマフユの言葉を聞いて、不安げに鼻をひくつかせた。
「で、でもさ……オイラ、結構鼻が利くんだよ? 他のみんなそうだ。もしそんなにヤバい臭いがあったら、真っ先に気づくはずなんだけど……」
「ふむ……」
シュールの言う通り、獣人は人間よりも鼻が利く。
スラムの一件でルナが顔を顰めていたように。
俺はもう一度、地下室の壁や床をじっくりと観察した。すると、部屋の隅にある換気口がふさがれていることに気がついた。
「これだな」
「え?」
マフユとシュールが俺の視線を追い、換気口の前まで歩み寄る。そこには木の板や布の切れ端が詰め込まれ、完全に塞がれていた。
「何かの拍子で、この換気口がふさがれたんだろう。本来なら、地下室の空気がここから外に流れるはずだった。でもそれができなくなったせいで、異臭が外に漏れず、内部にこもったんだ」
「……だから、オイラたちは上で過ごしていても気づかなかったのか……」
シュールは納得したように呟いた。
「多分、お前がここに戻ってきた時に感じた異臭は、上の階にうっすらと漂ったものにすぎなかったんだろう。鼻が慣れちまえば、それ以上は気にならなくなる。獣人だからといって、ずっと同じ臭いに敏感でいられるわけじゃないからな。まして掃除をして換気をした事実が組み合わされば、ニオイがなくなったと頭が認識してもおかしくはない」
「うーん……言われてみれば、すぐに慣れちゃったかも……」
「それに、ここは地下室だ。湿気が多いから、臭いが壁や床に染みついて、一気に広がることはなかったんだろうな」
単なる予想に過ぎなかったが、正直ここ以外に原因が考えられなかった。
ドミス教会がここに戻ってきた時期と病気が蔓延した時期、そしてこの地下室の現状を考えると合点がいく。
あとは原因を究明し除去するだけだ。
「このニオイ、ただの食糧が腐敗しただけではなさそうだな」
「そうね。カビっぽいかんじがするわね」
「……」
俺は棚の上にある木箱や床に転がる樽を漁った。中身を確認する。そこにあったのは、乾燥した粉末だった。ひどい悪臭を放っている。
「……こいつは?」
「これは普通の薬草を粉末状にしたものね。どこにでも出回ってる安価なものよ。こして傷口に塗り込めば軽い傷を治せたりするから、ポーションを買えない人たちはよく使ってるわね」
「薬草か。それにしては色味が最悪だが……」
薬草といえば健康的な緑色のイメージが強いが、目の前にある粉末は茶黒くなっていた。ほんのり紫っぽい気もするし、もはや見た目は毒そのものだ。
「腐敗してるのよ。何度か話に聞いたことがあるわね。ある冒険者は長い冒険の途中で腐敗した薬草を、やむなく口にしたり傷口に塗り込んだりしたりしてことごとく体調を崩したそうよ」
「毒……ってことか?」
「正確には、長期間放置されて劣化し、有毒なカビが発生している状態ね。これを吸い込んだり、水に溶かして摂取すると、喉の渇きや寒気、咳といった症状が出るってわけ」
さすがは冒険者ギルドの受付嬢だ。俺なんかよりもずっとそういう知識は豊富だった。
「……これが病気の正体か。誰かが意図的に仕込んだわけじゃなく、この建物にドミス教会の獣人たちが住み始めたタイミングで埃とともに舞い上がり、外に広がった可能性が高いな」
俺は鼻を摘みながらそっと木箱に蓋をした。
こいつの処分はキエルに相談しよう。冒険者ギルドに依頼して冒険者連中に頼むのもありかもしれない。
「……オイラたちは悪くないんだよね!?」
静観していたシュールがおずおずと尋ねてきた。
「もちろんだ。お前たちはただここに住み始めただけで何も悪くない」
シュールの顔がパッと明るくなる。
元はと言えば俺のせいだ。ドミス教会の獣人たちが気にすることではなかった。
「つまり、このカビの生えた薬草と腐った食糧を処理して、地下室の中をピカピカにすれば……」
「病気は収束するはずだ」
だが、問題はここからだ。
「……とはいえ、今のままだと街の人間たちは納得しないだろうな」
俺は解決した嬉しさをグッと堪えて言葉を続けた。
「どうするつもり?」
マフユが俺を見る。
俺は静かに口角を上げた。
「簡単だ。これを”ドミス教会が意図的に持ち込んだもの”だと誤解している連中に、今度は”ドミス教会が街を救った”という事実を広めさせるだけだ」
ついでにポーションを配布なんかをしたほうがいいかもしれない。それくらいマイナスからのスタートを払拭するのは難しい。
「シュール、お前たちがこれを発見し、街を救ったことにするんだ」
「え? で、でも……」
「安心しろ。お前たちを悪者扱いした連中も、病気が治るとなれば手のひらを返す。そのとき、お前たちは”街を救った英雄”になれる」
「っ!」
シュールの目が大きく見開かれる。
俺は続ける。
「ついでに、この地下室のことは知らなかったと言えばいい。ヤミノ・アクニンが秘密裏に”なんかヤバそうな薬”を密造してたって話をすれば、誰もが難なく騙されることだろう」
「……あんたは本当にそれでいいの?」
内々の訳を知るマフユは驚いていたが、ドミス教会を濡れ衣を晴らすためにはこれが最善策だった。
今の俺の好感度は以前に比べたらずっとマシになったが、それでもまだ常人並みとは言えない嫌われ方をしている。まだこのやり方は通用するはずだ。
これもまたマッチポンプだ。
「シュール、ヤミノ・アクニン伯爵にはあまり期待しないことだ。噂は一人歩きする。今回の件のように、良いことも悪いこともな」
「うん……」
シュールは静かに頷いた。
それから俺とマフユはギルドに帰ると、一連の出来事をハルチエに報告した。ハルチエの反応は上々だった。彼女はそれなりに合理的な性格なので、自分で蒔いた種を自分で回収した俺の行いには感心しているようだった。そしてそれを責めてくることもしなかったし、むしろ正しい判断をしたと背中を押してくれた。
何か言いたげなマフユとは対照的だった。
ちなみに俺は帰ってからキエルにも報告したのだが、彼は呆れた反応だった。
せっかく上げた好感度、民からの信頼、召使や奴隷からの従属度、それらを棒に振ることになる結果を受けて悲しんでいた。更に言うと、自己犠牲風になった俺の行動を軽く咎めてきた。まあ、理解はしてくれていたから話はそれで終わった。
これで俺はまた嫌われ者に逆戻りすることになる。
明日になれば、シュールを筆頭にドミス教会の獣人たちが街へ経緯を喧伝することだろう。
すると、街の人々は口を揃えて言う。『やっぱりか』と。俺、ヤミノ・アクニンへの上がりかけた好感度は無駄になる。
まあ、それも一興か。
マッチポンプのノウハウはわかったし、また一から始めるのも悪くないだろう。
ドミス教会というとまどろっこしいが、簡単に例えるなら彼らは”ヤミノ・アクニン被害者の会”だ。
マフユが顔を出していたと言っていたように獣人以外も所属しているようで、それなりに規模が大きい組織らしい。
まあ、ヤミノ・アクニンへの憎悪はあれど復讐心はないらしいが。
各所に点在しヤミノ・アクニンの悪行を喧伝することで、他の被害者を出さないようにすることが目的なんだとか。
俺はそんなことを考えながらも、マフユと共にドミス教会の根城に足を踏み入れていた。
「入るわよー」
「あ、マフユ姉さん!」
こちらに気がついて駆けてきたのは、身長150cm程度しかない獣人の少年だった。アフロのようなもふもふを極めたような茶髪にあどけない表情。庇護欲をそそられる見た目だった。
「あら、シュールしかいないの? 他のみんなはどうしたの?」
シュールという名前らしい。
「みんなマフユ姉さんのことを探しに行ったんだよ。だってこんな緊急事態に頼れるのなんて姉さん以外にいないからさ」
「緊急事態?」
「うん。街の人間たちがオイラたちのことを悪者扱いするんだ! 三年前にここを追い出された時はあんなに優しかったのに、訳のわからない病気を持ち込むなーって怒鳴られるんだよ!」
「……そんなことがあったのね」
「マフユ姉さんは信じてくれるよね? オイラたちは伯爵の噂が本当かどうか確かめたくて戻ってきただけなのに、そんな悪者扱いされるなんてイヤなんだ!」
シュールはマフユにしがみつき必死に訴えた。
「街の人たちは体調不良になっているけれど、シュールたちはどうなの?」
「オイラたちの方が酷いよ! 半分以上が上の部屋で寝込んでるんだ」
「わかってるわよ。あんたたちがそんなことをするはずないもの」
マフユは優しくシュールの背中をさすりながら、落ち着かせるように言った。
一方、俺はこの事態をどう考えるべきかを整理していた。
確かに街で病気が流行しているのは事実だ。
邸宅でも数名が体調不良になっているし、街の住人たちや冒険者連中も同様だ。しかし、今の話を聞く限り、獣人が病気の原因ではない。それは間違いない。
「マフユ」
「なに?」
「彼らがこの街に戻ってきたのは何日前だ?」
キエルにも聞いていたが再確認だ。
「七日前ね。まさかあんた街の住人と同じ考えってことはないでしょうね?」
「落ち着け。俺はドミス教会の獣人を疑っているわけではない。ただ、関連性を否定することはできないと思っているだけだ」
はっきりとした原因がわからない以上、しらみ潰しでもいいから様々な可能性を排除していくしかない。
「関連性?」
「ああ。だってあまりにも突飛すぎるだろ。火のないところに煙は立たないというしな」
「それはそうだけど……」
「マフユ姉さん、さっきから気になってたんだけどその男の人は旦那さん? 彼氏? 結婚してたの? オイラたちにも今度詳しく紹介してよね?」
「ち、ちちち、違うから! 私たちは……あれ、どんな関係だっけ?」
「……シュール、随分と埃っぽい場所だが、掃除はしているのか?」
俺はマフユから視線を外し、今度は教会の中に目を這わせた。
言い方は悪いが、薄気味悪い雰囲気だった。
正直、長居はしたくない。そう思うくらいには埃っぽいし、空気が澱んでいる。どことなく目も痒い気がするし、鼻もむずむずする。日本でいうところのスギ花粉のようなイメージだ。
「えっと……三年前、伯爵に追い出されてからずっと使ってなかったけど、ここに来てから何回か掃除したんだ。まだ全然終わってないけど……」
「掃除……?」
俺はシュールの言葉に引っかかるものを感じた。
それがなんでなのかはわからない。ただ、なんとなく怪しさを覚えた。
「掃除したのは具体的にどこだ?」
「んー、全部! ……あ、でも地下室はまだ手付かずだよ。みんなでやれば掃除も早いんだけど、みんなすぐに体を壊しちゃったから中々掃除する暇がないんだ」
「地下室か」
俺とマフユは顔を見合わせた。
詳しくないが、この手の建物には昔の備蓄庫や封印されていた部屋があることが多い。特に、長い間使われていなかったとなれば、何かしらの問題がある可能性が高い。
床下や半地下を有効活用するのは先人の知恵だ。
「あとは何か気になることはないか?」
「気になることかぁ、なんだろー……あ、そうそう。最近は全然気にならないんだけど、ここに戻ってきたばかりの時は少し変なニオイがしたんだ」
「変なニオイ?」
「でも、すぐになくなったよ。換気をして軽く掃除をしたらみんな気にならなくなったって言ってたしね」
シュールは気にも留めていない様子だったが、そのニオイとやらは今回の件に深く関係しているような気がした。
「……シュール、地下室を見せてくれ」
「え? ……う、うん、いいけど……何かあるの?」
「わからない。だが、少し気になることがある」
俺はそう言って、シュールの案内で地下室へと向かった。
地下室は薄暗く、湿った空気が充満していた。
壁に打ち込まれた木造りの棚の上には木箱や樽が置かれ、地面にはよくわからないシミもある。
「ここだよ。昔は食糧庫だったらしいんだけど、オイラたちは昔からほとんど使ってなくて……ここに来てからもまだ一回も入ってないんだ」
「……なるほどな」
俺は一歩足を踏み入れると、鼻をつく異臭に顔をしかめた。食糧庫に蓄えていたいつぞやの食糧が腐敗しているのかもしれない。
「マフユはこのニオイを感じるか?」
「当然よ。だって、酸っぱいような、腐敗臭のような……なにかしら? とにかく普通ではないもの」
シュールは俺とマフユの言葉を聞いて、不安げに鼻をひくつかせた。
「で、でもさ……オイラ、結構鼻が利くんだよ? 他のみんなそうだ。もしそんなにヤバい臭いがあったら、真っ先に気づくはずなんだけど……」
「ふむ……」
シュールの言う通り、獣人は人間よりも鼻が利く。
スラムの一件でルナが顔を顰めていたように。
俺はもう一度、地下室の壁や床をじっくりと観察した。すると、部屋の隅にある換気口がふさがれていることに気がついた。
「これだな」
「え?」
マフユとシュールが俺の視線を追い、換気口の前まで歩み寄る。そこには木の板や布の切れ端が詰め込まれ、完全に塞がれていた。
「何かの拍子で、この換気口がふさがれたんだろう。本来なら、地下室の空気がここから外に流れるはずだった。でもそれができなくなったせいで、異臭が外に漏れず、内部にこもったんだ」
「……だから、オイラたちは上で過ごしていても気づかなかったのか……」
シュールは納得したように呟いた。
「多分、お前がここに戻ってきた時に感じた異臭は、上の階にうっすらと漂ったものにすぎなかったんだろう。鼻が慣れちまえば、それ以上は気にならなくなる。獣人だからといって、ずっと同じ臭いに敏感でいられるわけじゃないからな。まして掃除をして換気をした事実が組み合わされば、ニオイがなくなったと頭が認識してもおかしくはない」
「うーん……言われてみれば、すぐに慣れちゃったかも……」
「それに、ここは地下室だ。湿気が多いから、臭いが壁や床に染みついて、一気に広がることはなかったんだろうな」
単なる予想に過ぎなかったが、正直ここ以外に原因が考えられなかった。
ドミス教会がここに戻ってきた時期と病気が蔓延した時期、そしてこの地下室の現状を考えると合点がいく。
あとは原因を究明し除去するだけだ。
「このニオイ、ただの食糧が腐敗しただけではなさそうだな」
「そうね。カビっぽいかんじがするわね」
「……」
俺は棚の上にある木箱や床に転がる樽を漁った。中身を確認する。そこにあったのは、乾燥した粉末だった。ひどい悪臭を放っている。
「……こいつは?」
「これは普通の薬草を粉末状にしたものね。どこにでも出回ってる安価なものよ。こして傷口に塗り込めば軽い傷を治せたりするから、ポーションを買えない人たちはよく使ってるわね」
「薬草か。それにしては色味が最悪だが……」
薬草といえば健康的な緑色のイメージが強いが、目の前にある粉末は茶黒くなっていた。ほんのり紫っぽい気もするし、もはや見た目は毒そのものだ。
「腐敗してるのよ。何度か話に聞いたことがあるわね。ある冒険者は長い冒険の途中で腐敗した薬草を、やむなく口にしたり傷口に塗り込んだりしたりしてことごとく体調を崩したそうよ」
「毒……ってことか?」
「正確には、長期間放置されて劣化し、有毒なカビが発生している状態ね。これを吸い込んだり、水に溶かして摂取すると、喉の渇きや寒気、咳といった症状が出るってわけ」
さすがは冒険者ギルドの受付嬢だ。俺なんかよりもずっとそういう知識は豊富だった。
「……これが病気の正体か。誰かが意図的に仕込んだわけじゃなく、この建物にドミス教会の獣人たちが住み始めたタイミングで埃とともに舞い上がり、外に広がった可能性が高いな」
俺は鼻を摘みながらそっと木箱に蓋をした。
こいつの処分はキエルに相談しよう。冒険者ギルドに依頼して冒険者連中に頼むのもありかもしれない。
「……オイラたちは悪くないんだよね!?」
静観していたシュールがおずおずと尋ねてきた。
「もちろんだ。お前たちはただここに住み始めただけで何も悪くない」
シュールの顔がパッと明るくなる。
元はと言えば俺のせいだ。ドミス教会の獣人たちが気にすることではなかった。
「つまり、このカビの生えた薬草と腐った食糧を処理して、地下室の中をピカピカにすれば……」
「病気は収束するはずだ」
だが、問題はここからだ。
「……とはいえ、今のままだと街の人間たちは納得しないだろうな」
俺は解決した嬉しさをグッと堪えて言葉を続けた。
「どうするつもり?」
マフユが俺を見る。
俺は静かに口角を上げた。
「簡単だ。これを”ドミス教会が意図的に持ち込んだもの”だと誤解している連中に、今度は”ドミス教会が街を救った”という事実を広めさせるだけだ」
ついでにポーションを配布なんかをしたほうがいいかもしれない。それくらいマイナスからのスタートを払拭するのは難しい。
「シュール、お前たちがこれを発見し、街を救ったことにするんだ」
「え? で、でも……」
「安心しろ。お前たちを悪者扱いした連中も、病気が治るとなれば手のひらを返す。そのとき、お前たちは”街を救った英雄”になれる」
「っ!」
シュールの目が大きく見開かれる。
俺は続ける。
「ついでに、この地下室のことは知らなかったと言えばいい。ヤミノ・アクニンが秘密裏に”なんかヤバそうな薬”を密造してたって話をすれば、誰もが難なく騙されることだろう」
「……あんたは本当にそれでいいの?」
内々の訳を知るマフユは驚いていたが、ドミス教会を濡れ衣を晴らすためにはこれが最善策だった。
今の俺の好感度は以前に比べたらずっとマシになったが、それでもまだ常人並みとは言えない嫌われ方をしている。まだこのやり方は通用するはずだ。
これもまたマッチポンプだ。
「シュール、ヤミノ・アクニン伯爵にはあまり期待しないことだ。噂は一人歩きする。今回の件のように、良いことも悪いこともな」
「うん……」
シュールは静かに頷いた。
それから俺とマフユはギルドに帰ると、一連の出来事をハルチエに報告した。ハルチエの反応は上々だった。彼女はそれなりに合理的な性格なので、自分で蒔いた種を自分で回収した俺の行いには感心しているようだった。そしてそれを責めてくることもしなかったし、むしろ正しい判断をしたと背中を押してくれた。
何か言いたげなマフユとは対照的だった。
ちなみに俺は帰ってからキエルにも報告したのだが、彼は呆れた反応だった。
せっかく上げた好感度、民からの信頼、召使や奴隷からの従属度、それらを棒に振ることになる結果を受けて悲しんでいた。更に言うと、自己犠牲風になった俺の行動を軽く咎めてきた。まあ、理解はしてくれていたから話はそれで終わった。
これで俺はまた嫌われ者に逆戻りすることになる。
明日になれば、シュールを筆頭にドミス教会の獣人たちが街へ経緯を喧伝することだろう。
すると、街の人々は口を揃えて言う。『やっぱりか』と。俺、ヤミノ・アクニンへの上がりかけた好感度は無駄になる。
まあ、それも一興か。
マッチポンプのノウハウはわかったし、また一から始めるのも悪くないだろう。
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「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
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