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天井裏の観察者
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最近、なぜか不安を感じるようになった。
夜になると、何かが自分を見ているような気がしてたが、その正体は全くわからなかった。
でも、普通に過ごしていて特に違和感はなかったし、きっと三十代を迎えたから、少しホルモンバランスが乱れたのだろうと考えた。かかりつけのお医者さんに相談したけど、別に体に異常はないし、精神も安定してるって話だった。
気にしないことにする。
今日もいつものように仕事から帰ってきたら、コップに注いだビールを一口飲んでからお風呂に入っていた。
疲れた体が癒されて、また明日の仕事も頑張ろうと思える。
お風呂から上がると、推しのYouTubeを見ながら、飲みかけのビールを口にし、ささやかな晩酌を一人で楽しむ。
泡が多いビールだからか、お風呂に入る前に飲んだ時よりも、少しばかり量が減っているような気がしたが、おそらくそれは気のせいだろうと解釈する。
今日もゆっくりと眠りにつけそうだ。
私は柔らかなベッドに入ると、窓から吹き込む夏の夜風にあてられながら、ゆっくりと瞳を閉じたのだった。
最近、自分の家で奇妙なことに気付き始めた。
夜になって、いつものように眠りにつこうとすると、静まった部屋に屋根裏からかすかな音が聞こえてくるのだ。
古い木造アパートだから特に気にならないけど、一応大家さんに聞いてみた。でも、多分風の音じゃないかと言われて話は終わった。
確かに築年数を考えれば別に深く気にすることでもなかったので、私はすぐに忘れることにした。
そんなある日、また私は部屋の中で気になることがあった。
時折、物の位置が変わっているのだ。
窓際に畳んでおいた薄いタオルケットが少し乱れていたり、ティッシュ箱を置いてある位置がちょっとだけずれていたりする。
特にこだわりがあるわけではなかったのだが、取りやすい位置やまとめる位置はある程度決めていたので、部屋に帰ってきてからそれを見つけると少しモヤモヤした。
もちろん、最初はたまたまのことだと思っていた。
タオルケットは開け放たれた窓際に置いてあるから、きっと風に吹かれて乱れたんだ。
ティッシュ箱は無意識のうちにぶつかったり、足で蹴っちゃったりして、位置が少しずれていたんだ。
きっと私の勘違い……? そう思っていた。
でも、その出来事が続くにつれて、私は不気味な感覚に襲われるようになった。
また別のある晩、私は寝室で本を読んでいる最中、突然何かが屋根裏で動く音を聞いた。
ガサガサ……まるで大きめのネズミでも動いているかのように、はっきりとそう聞こえてきた。
私は本を読む手を止めて耳を澄ましてみたが、その音は確かに屋根裏から漏れてくるようだった。
不安に襲われながらも、私は自分を落ち着かせようとした。恐怖を感じているせいでドキドキと胸が高鳴っているが、大谷さんが言っていた通り、おそらく風のせいだろう……と自分に言い聞かせた。
しかし、その数日後。
私は家具の配置が変わっていることに気付いた。
リビングルームのテーブルが微妙にずれていたり、椅子が移動していたりした。椅子に敷いている柔らかいクッションには、私とは違う座った跡がついている。来客用の椅子だけど、ここ最近は誰かを招いた記憶がない。おまけに、クッションは時間が経てば自然と跡が元に戻るので、こんなにはっきり跡が残っているのはおかしかった。
ここにきて、私は不審に思いながらも、何かが起きているという気配を感じ取った。
一応、大家さんと警察には報告してみた。でも、調査とか何かをするにはそれなりの時間が必要みたいで、仕事で手が離せない私にはそれは難しかった。
その日の晩、私は再び屋根裏から音が聞いた。
今度ははっきりとした足音だった。私は初めて明確な恐怖に震えながら、スマホのライトを点けると、天井に付いている四角い蓋を開けた。
ベッドの上で背伸びをして、開けられた蓋から天井裏に顔を覗き込ませた。
水道の配管や断熱材が見えるが、スマホのライトだけでは薄暗くてはっきりは確認できない。
そんな薄暗い闇の中で、私の心臓は激しく鼓動していた。
天井の四角い蓋を開けた途端に、ピタッと音が収まったのは気のせい?
それとも必然?
これまで部屋の中で一人でいる時に、聞こえてきた音とか部屋の物の位置や配置が変わっていたのも気のせい?
私はここ数日の不安を煽る数々の出来事に怯えながらも、天井裏の中を観察し続けた。
すると、奥の方に妙な影が見えた。
黒くて、丸くて、もぞもぞと動いている。
あれは何?
心の中では自分自身に疑問を投げかけていたが、なぜか直感的にそれが何なのか、はっきりと理解している自分もいた。
高さ一メートルくらいしかない、天井裏の狭いスペースに、どうして……人間がいるの?
答えを出した途端に、向こうはこちらに視線を向けてきた。
猫のように暗がりで瞳を光らせると、丸に背中を僅かに伸ばして、四足歩行でこちらに近寄ってくる。
恐怖がピークに達した私は、顔を引っ込めてから勢いよく四角い蓋を閉めると、すぐさま警察に連絡した。
同時に、天井裏からは天井が抜け落ちそうな程の激しい物音が聞こえてきた。
ドン……ドンドンッ……ッ!
物音は四角い蓋の真上から聞こえてくる。
すぐそこまで来ている。
ハッと我に返った私は、部屋の隅に寄って不安と恐怖に打ちのめされた。息が荒い。全身が熱い。怖い。
しかし、そんな恐怖に慄く私など露知らず、四角い蓋は、まるで銃声のような音を立てて破壊されると、そこから薄汚れた右足がゆっくりと出てきた。
私は思わず息を呑んだ。
右足は足場を確認するかのように徐々に降りてくると、やがて私のベッドの上に爪先をつけて、次に左足を着地させ、遂にその全貌を現した。
そこに立っていたのは、身長百八十センチくらいの大きな男だった。不健康そうなほっそりとした見た目で浅黒い肌、焦点のあっていない瞳でこちらをじっと見つめている。
「……」
お互いが無言のまま、どのくらいの時間が経過しただろうか。
刹那。玄関扉が勢いよく開かれると、二名の警察官を筆頭にして、背後から大家さんも部屋に入ってきた。
「動くな! 手を挙げろ!」
警察官は拳銃を男に向けたが、肝心の男は無気力なまま立ち尽くし、何も抵抗せずにあっさりと捕えられた。
呆然とする私は、その日はホテルで夜を明かし、後日警察から聴取を受けることになった。その際に犯人の男の目的などについて聞いてみたのだが、男は既に病に倒れて口を聞けない状態なんだという。
ただ、男は精神病を患っており、暗がりと閉所を好み、人間関係は断ち切っていたのだそう。
それから数週間後、私はすぐに新しい場所に引っ越し、過去の出来事を忘れようとした。
しかし、心の中にはいつもその恐怖の記憶が残り、夜になるとまた不安に襲われてしまう。
また天井裏に誰かがいるのではないか?
この物音は本当に風なのか?
なぜか物の位置や家具の配置がズレているような気がする。
たった一晩を明かすだけでも、疑心暗鬼に苛まれて異様なまでの恐怖が心を支配してしまう。
気がついた頃には、私は人間との関わりが怖くなり、暗がりと閉所を好むようになっていた。
誰にも見られることなく、誰かを見ていたい。そして、安心感を覚えたい。
無意識に足を運んでいたのは、数週間前まで住んでいた木造アパートだった。
二階の一室の窓は開け放たれていた。
私は住人がいないことを確認して忍び込むと、四角い蓋を開けてまだ見ぬ暗闇の世界に足を踏み入れたのだった。
夜になると、何かが自分を見ているような気がしてたが、その正体は全くわからなかった。
でも、普通に過ごしていて特に違和感はなかったし、きっと三十代を迎えたから、少しホルモンバランスが乱れたのだろうと考えた。かかりつけのお医者さんに相談したけど、別に体に異常はないし、精神も安定してるって話だった。
気にしないことにする。
今日もいつものように仕事から帰ってきたら、コップに注いだビールを一口飲んでからお風呂に入っていた。
疲れた体が癒されて、また明日の仕事も頑張ろうと思える。
お風呂から上がると、推しのYouTubeを見ながら、飲みかけのビールを口にし、ささやかな晩酌を一人で楽しむ。
泡が多いビールだからか、お風呂に入る前に飲んだ時よりも、少しばかり量が減っているような気がしたが、おそらくそれは気のせいだろうと解釈する。
今日もゆっくりと眠りにつけそうだ。
私は柔らかなベッドに入ると、窓から吹き込む夏の夜風にあてられながら、ゆっくりと瞳を閉じたのだった。
最近、自分の家で奇妙なことに気付き始めた。
夜になって、いつものように眠りにつこうとすると、静まった部屋に屋根裏からかすかな音が聞こえてくるのだ。
古い木造アパートだから特に気にならないけど、一応大家さんに聞いてみた。でも、多分風の音じゃないかと言われて話は終わった。
確かに築年数を考えれば別に深く気にすることでもなかったので、私はすぐに忘れることにした。
そんなある日、また私は部屋の中で気になることがあった。
時折、物の位置が変わっているのだ。
窓際に畳んでおいた薄いタオルケットが少し乱れていたり、ティッシュ箱を置いてある位置がちょっとだけずれていたりする。
特にこだわりがあるわけではなかったのだが、取りやすい位置やまとめる位置はある程度決めていたので、部屋に帰ってきてからそれを見つけると少しモヤモヤした。
もちろん、最初はたまたまのことだと思っていた。
タオルケットは開け放たれた窓際に置いてあるから、きっと風に吹かれて乱れたんだ。
ティッシュ箱は無意識のうちにぶつかったり、足で蹴っちゃったりして、位置が少しずれていたんだ。
きっと私の勘違い……? そう思っていた。
でも、その出来事が続くにつれて、私は不気味な感覚に襲われるようになった。
また別のある晩、私は寝室で本を読んでいる最中、突然何かが屋根裏で動く音を聞いた。
ガサガサ……まるで大きめのネズミでも動いているかのように、はっきりとそう聞こえてきた。
私は本を読む手を止めて耳を澄ましてみたが、その音は確かに屋根裏から漏れてくるようだった。
不安に襲われながらも、私は自分を落ち着かせようとした。恐怖を感じているせいでドキドキと胸が高鳴っているが、大谷さんが言っていた通り、おそらく風のせいだろう……と自分に言い聞かせた。
しかし、その数日後。
私は家具の配置が変わっていることに気付いた。
リビングルームのテーブルが微妙にずれていたり、椅子が移動していたりした。椅子に敷いている柔らかいクッションには、私とは違う座った跡がついている。来客用の椅子だけど、ここ最近は誰かを招いた記憶がない。おまけに、クッションは時間が経てば自然と跡が元に戻るので、こんなにはっきり跡が残っているのはおかしかった。
ここにきて、私は不審に思いながらも、何かが起きているという気配を感じ取った。
一応、大家さんと警察には報告してみた。でも、調査とか何かをするにはそれなりの時間が必要みたいで、仕事で手が離せない私にはそれは難しかった。
その日の晩、私は再び屋根裏から音が聞いた。
今度ははっきりとした足音だった。私は初めて明確な恐怖に震えながら、スマホのライトを点けると、天井に付いている四角い蓋を開けた。
ベッドの上で背伸びをして、開けられた蓋から天井裏に顔を覗き込ませた。
水道の配管や断熱材が見えるが、スマホのライトだけでは薄暗くてはっきりは確認できない。
そんな薄暗い闇の中で、私の心臓は激しく鼓動していた。
天井の四角い蓋を開けた途端に、ピタッと音が収まったのは気のせい?
それとも必然?
これまで部屋の中で一人でいる時に、聞こえてきた音とか部屋の物の位置や配置が変わっていたのも気のせい?
私はここ数日の不安を煽る数々の出来事に怯えながらも、天井裏の中を観察し続けた。
すると、奥の方に妙な影が見えた。
黒くて、丸くて、もぞもぞと動いている。
あれは何?
心の中では自分自身に疑問を投げかけていたが、なぜか直感的にそれが何なのか、はっきりと理解している自分もいた。
高さ一メートルくらいしかない、天井裏の狭いスペースに、どうして……人間がいるの?
答えを出した途端に、向こうはこちらに視線を向けてきた。
猫のように暗がりで瞳を光らせると、丸に背中を僅かに伸ばして、四足歩行でこちらに近寄ってくる。
恐怖がピークに達した私は、顔を引っ込めてから勢いよく四角い蓋を閉めると、すぐさま警察に連絡した。
同時に、天井裏からは天井が抜け落ちそうな程の激しい物音が聞こえてきた。
ドン……ドンドンッ……ッ!
物音は四角い蓋の真上から聞こえてくる。
すぐそこまで来ている。
ハッと我に返った私は、部屋の隅に寄って不安と恐怖に打ちのめされた。息が荒い。全身が熱い。怖い。
しかし、そんな恐怖に慄く私など露知らず、四角い蓋は、まるで銃声のような音を立てて破壊されると、そこから薄汚れた右足がゆっくりと出てきた。
私は思わず息を呑んだ。
右足は足場を確認するかのように徐々に降りてくると、やがて私のベッドの上に爪先をつけて、次に左足を着地させ、遂にその全貌を現した。
そこに立っていたのは、身長百八十センチくらいの大きな男だった。不健康そうなほっそりとした見た目で浅黒い肌、焦点のあっていない瞳でこちらをじっと見つめている。
「……」
お互いが無言のまま、どのくらいの時間が経過しただろうか。
刹那。玄関扉が勢いよく開かれると、二名の警察官を筆頭にして、背後から大家さんも部屋に入ってきた。
「動くな! 手を挙げろ!」
警察官は拳銃を男に向けたが、肝心の男は無気力なまま立ち尽くし、何も抵抗せずにあっさりと捕えられた。
呆然とする私は、その日はホテルで夜を明かし、後日警察から聴取を受けることになった。その際に犯人の男の目的などについて聞いてみたのだが、男は既に病に倒れて口を聞けない状態なんだという。
ただ、男は精神病を患っており、暗がりと閉所を好み、人間関係は断ち切っていたのだそう。
それから数週間後、私はすぐに新しい場所に引っ越し、過去の出来事を忘れようとした。
しかし、心の中にはいつもその恐怖の記憶が残り、夜になるとまた不安に襲われてしまう。
また天井裏に誰かがいるのではないか?
この物音は本当に風なのか?
なぜか物の位置や家具の配置がズレているような気がする。
たった一晩を明かすだけでも、疑心暗鬼に苛まれて異様なまでの恐怖が心を支配してしまう。
気がついた頃には、私は人間との関わりが怖くなり、暗がりと閉所を好むようになっていた。
誰にも見られることなく、誰かを見ていたい。そして、安心感を覚えたい。
無意識に足を運んでいたのは、数週間前まで住んでいた木造アパートだった。
二階の一室の窓は開け放たれていた。
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