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媚を売ろう

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「た、助かりました……! 本当にありがとうございます!」

 少女は瞳を潤ませながら爽やかに格好つけた俺を見上げた。
 
 それにしても近くで見るとかなり整った顔立ちをしているな。
 一切の汚れのない肩口で切りそろえられた艶のある金髪はまるでどこかの姫様のようだ。
 
 俺のきったない黒髪とは大違いだ。

「いえいえ。当然のことをしたまでですよ。ご無事で何よりです」

 俺は尚もキザなセリフを吐き続けていく。
 俺たち以外にこのだだっ広い草原にいるのは、気を失った三人組のチンピラと護衛として雇われていたであろう息絶えた複数の冒険者のみ。
 誰かに盗み聞きされる心配はなさそうなので、しっかりと丁寧に応対していく。

 よくわからないがモンスターはこっちに気が付いていないみたいだしな。

「そんな! このお礼は必ずお返し致ししますので、どうかご謙遜なさらないでください! あっ、自己紹介を忘れていました! 私はイグワイアの第三王女——クララと申します!」

 イグワイアの第三王女を名乗る少女は慣れた所作で美しく頭を下げた。
 頭には高級感溢れる小さな王冠をつけており、そこには見覚えのあるデザインが記されていた。

「……」

 俺は懐に手を入れて、チンピラの一人が落としたコインのようなものを探った。
 そして指でデザインを確かめ、もう一度だけクララ王女の頭にある王冠をチラリと見た。

「ど、どうかなさいましたか……? 何か私が失礼でもしてしまいましたか?」

「いえ。問題ありません。少し考え事をしていただけです。それにしてもイグワイアの王女様でしたか」

 これについては後で考えるとしよう。
 それにしてもイグワイアといえばアノールドから一番近い国ではないか。
 アノールドほどではないが多数の冒険者を抱えており、軍事力、資金力ともに中々の国と言える。
 そしてアノールドとイグワイアは外交や貿易なども積極的に行なっており、非常に仲が良いことで有名だ。
 まあこの情報は四年前の話だが。

 俺は平静を取り繕いながら答えたが、もちろん内心は違う。
 
(よっしゃぁっ! まさかの大物中の大物じゃないか! これはデカイ! 一気に階段を駆け上がるチャンスだ!) なんていう汚い下心でいっぱいだ。
 同時に不安もあったが。

「はい。あなたは?」

 クララ王女は小さな笑みを浮かべた。

「俺はアノールドで冒険者をしているゲイルと言います。友好なる信頼関係を結んだ隣国の王女様にお会いできて光栄です」

 もっと対等な関係でいたいというのが本音だが、全く権力もなく無名な俺にそんなことはできないので、今は出来うる限り下手にでて俺の印象を良くしていくことにした。

「ええ……ゲイルさんはアノールドの方だったんですね。それにしても信頼関係……ですか?」

 してやったりと言った表情で頭を下げた俺に返ってきたクララ王女の言葉は疑問に満ちていた。

「はい。何かおかしなことを言いましたか?」

 論点は同じなはずなのにどこか食い違っているようだった。

「い、いえ、アノールドとイグワイアは数年前から揉めていますし、信頼関係とはどういう意味かなぁと思いまして……」

「揉めている……とは?」

 クララ王女は「え?何で知らないの?」とでも言いたげな表情だった。

「ご存知ありませんでしたか? 今から三年前に長年放置されてきた中途半端な位置にある領地を巡って争いが起きたんですよ。今は一時休戦といった形になってますが、これからどうかるかはまだまだわかりません」

 クララ王女は悲しそうにぽつりぽつりと言葉を溢した。
 その表情から察するにあまり争いは好まない性格のようだ。

 それにしても俺がいない間に常識は色々と塗り替えられていたんだな。
 情報収集なんてしていないから全く知らなかった。

 領地争いか……。
 面倒なことをしているもんだ。半分こにして互いに利益のある取引でもすれば良いのに、欲張るからそんなことが起きるんだよなぁ。

「……そうだったんですか。実は世間に疎くて……今初めて知りました」

 本当は世間に疎いなんてものじゃない。
 直近四年間の情報がすっぽりと抜け落ちているので、かなり無知な部類に入るだろう

「いえいえ! そういうこともありますよ。私も第三王女なので深く干渉はしていませんしね!」

 クララ王女は可愛らしい舌を小さく出して、悪戯な笑みを浮かべた。

「そうなんですか。確かに国のトップが揉めているだけで、それ以外は詳しくは知らないことの方が多いですもんね」

 俺もそうだが、実際のところ冒険者にとっては領地争いなどはあまり興味のない事柄なのだろう。
 どこの国でも冒険者として活動することは可能なことに加えて、報酬だってそう多くは変わらない。
 もちろん国が抱える冒険者の数によって掲示板に張り出されるクエストの数は上下するが、その国に見合ったクエストの数が掲示板に張り出されるのであまり問題ではない。

「はい!」

 それから暫しの間クララ王女と談笑すること十数分。
 夜の帳もすっかり下りて薄暗くなり、月の明かりのみが辺りを照らし始める時間帯になった。

「——あ! もうこんな時間! つい楽しくなって話し込んでしまいました!」

 つい楽しくなって話し込んでいた……と言っても俺はお喋りな少女に相槌を打っていただけなのだが。
 聞いたところによると王女という立場のせいで普段はこんなに話すことがないため、気軽に話をできて楽しくなってしまったらしい。

「ほんとですね。今更ですがどちらまで向かう予定だったんですか?」

 俺は何の気無しに行き先を聞いた。
 おそらく馬車があるのでそれで帰るのだろう。
 若しくはクララ王女の到着が遅れていることを危惧したイグワイアの遣いが迎えに来るか。
 まあ、どちらにせよ俺の出る幕はなさそうだな。

「本当はイグワイアまで帰っている途中だったんです。私は馬車も運転できないので帰る手段が……」

 クララ王女はウルウルと瞳を潤ませて俺の目を見つめてくる。
 これは……そういうことでいいのか……?

 面倒くさいが仕方がない。他国の王女と仲良くなっていて損はないだろう。
 それに気になることもできたしな。
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