追放されてから数年間ダンジョンに篭り続けた結果、俺は死んだことになっていたので、あいつを後悔させてやることにした

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ドウグラスと悪魔

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「ここか……?」

 長い通路を走り、再び階段を上下し、数分間に渡ってコロシアムの中を駆け回った俺は、ようやくそれらしき場所に辿り着いた。

「取り敢えず入るか」

 目の前には石造りの巨大な扉があり中が見えないので、取り敢えず中に入ってみることにする。
 重量感のある冷たい石の扉を手のひらで押し込むと、石の扉はゴゴゴゴというような低い音を出してゆっくりと開いた。

「うぉぉぉぉぉぉぉーーーー! 遅いぞっ!」
「きたぞぉっ! こいつがゲイルかぁ!?」
「はははっ! 貧相な体格をした男じゃないか! こりゃあドウグラスが瞬殺して終わりだな!」

 眩い光が差し込むと共に俺のことを出迎えたのは、観客と思われる人々の地鳴りのような声だった。
 俺はそんなものには耳もくれず、すぐにとある人物の気配を探ることにした。

「……アウタートさん。来てくれましたか」

 コロシアムの観客に紛れて独特で上品な気配を放つ人物——アウタートさんは今でこそ完璧な変装をして別人のような姿をしているが、俺のことを見にきてくれた事実に変りはないので、他の観客にバレないように小さな会釈をしておく。

「……」

 アウタートさんへの軽い礼を終えた俺は、リングの中央で腕を組んで待ち構えているドウグラスを目掛けて歩を進めた。

 その間、じっくりとコロシアム全体を見渡し、その構造やリングの大きさについて確認していく。
 いきなり戦闘が始まる可能性があるので、しっかりとチェックしておく必要があるのだ。

 まず、そこそこ大きな円形のリングの周りには水が張られており、それをグルリと囲うように観客席が設けられている。
 今は俺が通るために水の上には橋がかけられているが、決闘が始まる頃には引き上げられているだろう。
 そして観客席は斜め上へ向かって迫り上がっていくような構造になっており、人々はそこに所狭しと言わんばかりに敷き詰められていた。

 つまり準備は万端。いつでも決闘を開始することができる状態ということだ。

「待たせたな」

 ゆっくりと歩いて到着した俺は体幹を一切崩さずに佇むドウグラスを見た。

「——おうおう! ビビって逃げちまったのかと思って心配したぜッ!」

 それに対して、ドウグラスは確かな余裕を孕んだ笑みを浮かべていた。

 明らかに実力は俺よりも劣っていることがわかっているはずなのに、その余裕はどこから湧いてくるのだろうか。不思議さを抱くとともに怪しさも感じる。

「お前が俺を心配するなんてどういう了見だ?」

 俺はそれを特に気にすることなく言葉を返す。

「なんでもねぇよ! おら! とっとと始めるぞ! 殺す気でいくから、お前も殺すつもりでかかってこいやッ!」

 ドウグラスは腰に差した長剣を抜いてから語気を荒げて力強く地面を蹴ったはいいものの、生温い剣筋で攻撃を繰り出してきたので、俺はそれを難なく回避し、余裕を持って距離をとった。
 同時に観客は一斉にしんと静まり返り、吹き抜けのコロシアムには静かな風のみが流れ込む。

「それが本気か?」

 こうは言うものの俺は少し戸惑っていた。
 なぜならドウグラスがあまりにも自信があったので、初撃で何かその秘密を見つけられるのではないかと思っていたからだ。
 だが、いざ蓋を開けてみればそんなものなどは一切なく、むしろ焦りや心の乱れすら感じるドウグラスの剣筋は隙だらけで、到底Bランク冒険者とは思えないものだった。

「黙りやがれッ! Cランク風情がいい気になるなよ! これは本気の殺し合いだ! もっとだ! もっと全力でかかってこい!」

 ドウグラスは”殺し”という言葉を強調すると、尚も意図的に手加減しているような生温い剣筋で剣を振るう。
 殺意すら感じない攻撃だ。
 俺はそれを精一杯の手加減をしながらいなしていき、少しずつではあるが、俺の細剣はドウグラスの体に傷をつくっていく。
 もっとも致命傷には程遠い攻撃だが。

「……はぁはぁはぁ……」

 ドウグラスは膝をついて息を荒げていた。
 全身を覆うような真っ赤な鎧には俺の攻撃で無数の傷が刻まれており、肌が露出している部分からは、僅かだが血が滲み出ているのがわかる。

 それを見た観客は驚きで言葉を失っていた。
 皆が皆、この展開は予想していなかったのだろう。
 俺もそうだ。まさかこうもあっけなく決着がつくなんて思ってもいなかった。
 それにドウグラスの様子が少しおかしい。俺が手加減しているとはいえ、本来はこんなに弱いわけがないのだ。

「なあ……もうやめないか……? お前は何を——」

「——殺せッ! 俺を……殺せ……こ……ろせっ……俺の体に……入ってくるなァァァァァァッッ!!!」

 俺が細剣を収めてドウグラスに近寄ったその時だった。
 ドウグラスはユラユラとその場に立ち上がると、頭を押さえて狂気的な叫び声を上げた。
 同時にとてつもない強大かつおぞましい力がドウグラスの体から溢れ出すと、この場にある全ての空気を吹き飛ばしてしまうようなソレは、観客全員の意識を容易く奪った。

「ァァ……ァァ……ァァ……」

 ドウグラスは意識があるのかないのかソレを終えると、無を体現したような雰囲気でその場に立ち尽くした。
 白目を剥き、口をぽっかりと開き、小さな呻き声を出しているその姿は到底人間とは思えない。

「ドウグラス! どうした!? 大丈夫か!」

 俺はすぐにドウグラスのそばに駆け寄って声をかけるが、全く反応がない。
 それどころか生気を感じない。まるで何者かに乗っ取られてしまっているようだった。

「……た、助け……て……お前が契約を結んだ……だま……れ……お前は悪魔に魂を売ったんだ……俺を殺……して……くれ——強くなりたかったのだろう? なあ、ドウグラス?」

 俺の問いかけにドウグラスはおぼつかない口調で助けを求めたかに思えたが、すぐに流暢に謎の言葉を発した。
 しばらくしてドウグラスの気配はフッと目の前から消えてなくなった。
 代わりに現れたのは地上に来てから初めて感じる強大な気配だった。
 禍々しく闇に覆われ、全てを無に還してしまいそうなそんな気配。

「お前は……一体?」

 俺は瞬時にバックステップを踏むことで、ドウグラスだった”何か”と距離を取り、警戒心を高めながら様子を伺った。

「……我は悪魔ボルケイノス」

 ドウグラスの姿をした”何か”は自身のことを悪魔ボルケイノスと名乗った。
 その瞬間にドウグラスの体は醜く膨らんで弾け飛んだ。そしてそこに突如として現れたのは、黒々しい翼とツノが特徴的な鋭い目をした悪魔だった。

「悪魔だと?」

 俺は自分の目を疑っていた。悪魔の目撃情報があるとは聞いていたが、眉唾ものだと思っていたから。
 まさか自分が出会うことになるとは予想していなかった。

「ああ……人間の前に姿を現すのは久しぶりだったな」

 ボルケイノスは長い手足、大きな翼、鋭利な爪、全ての部位を器用に動かして体の感触を確かめていた。

 だがそんなことなどどうでもよかった。

「なぜ……なぜドウグラスを殺した?」

 俺はボルケイノスの周りに散乱した肉塊と血痕を一瞥してから、強気な口調でそう言いきった。

「なぜ? やつが強さを欲した。我はそれに答え契約を結んだ。だがやつはそれを破棄した。だから殺した。悪魔は契約に従順なんだ」
 
 ボルケイノスは一切表情や抑揚に変化をつけることなく、ただただ静かに事実だけを伝えて腕を組んだ。

「契約とはなんだ?」

 俺は細剣を握る手に力を込めた。

「我の力の糧となる女を二名、我に差し出すことだ。さすれば我から力を授けたというのに、やつはそれを破った……それはそうと、お前は中々噛みごたえがありそうだな」

 ボルケイノスは目を見開いて手を広げると、何の前触れもなく宙に浮き始めた。
 魔法、あるいは悪魔の力、それは分からないが既に俺と戦う気のようだ。

「……仕方ねぇか……」

 俺は片手で細剣を構え、宙に浮くボルケイノスの姿を見据えて戦闘態勢に入った。
 どういう理由でこうなったか経緯は全くわからないが、俺は冒険者だ。目の前に悪魔がいる以上、戦うしかないだろう。

「さあ、楽しませてくれよ? 人間!」
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