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精神状態
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「……あ……」
俺はハッと目が覚めた。ある程度回復しきったのか、体がこれ以上眠る必要がないと判断したのかもしれない。
「あ! やっと起きた! また眠っちゃったからびっくりしたよっ!」
ユルメルは自慢の長い耳をぴくぴくと動かしながら、そんな俺の顔を覗き込んでいた。
「悪い。寝てたみたいだ……。というか、誰か呼びに行ったんじゃなかったのか?」
確かユルメルはそんな理由をつけて部屋から出て行った気がするが、この部屋には俺とユルメルしかいなかった。
「しょうがないでしょっ! ゲイルが二度寝のくせに二時間も寝てたんだから! 僕は看病してたからここにいるけど、みんなはもう部屋に戻っちゃったよ!」
外は暗くなっていた。
いや、草原で倒れる前から外は暗かったので、おそらく、俺は一日以上眠っていたのだろう。
余程体に疲れが溜まっていたようだ。
「すまない。迷惑をかけたな。それで……どうしてここにいるんだ? 家で待機してるように言ったはずだが……」
「それはね——」
ユルメルはゆっくりと説明を始めた。
曰く、ニーフェさんが森と湖がある方向から巨大な爆発が発生したことに気がついて、外へ飛び出したらしい。
時間をかけて現場へ駆けつけたユルメルとニーフェさんは、そこで国王を助け終えてから、俺の援護に来ていたフリードリーフと鉢合わせたようだ。
三人は初対面だったはずだが、目的は一緒だったので特に揉めることなく、俺のことをウォーブルの王宮まで運んだそうだ。
そして最後に俺が意識を失ってから三日も経過していたということも教えてくれた。
「——ニーフェさんは無事か?」
俺は全身の痛みに耐えながらベッドから抜け出して、赤い絨毯の上に立った。
「無事……うん。でも、少し悲しそうだった。僕は具体的な話はわからないけど、嘘をつかれるのが辛いのはわかるから……」
ユルメルは首を横に振ると、小さな声でそう言った。
今回の件で良くも悪くも最も影響があったのは、ニーフェさんで間違い無いだろう。
ニーフェさんが心を立て直すのには、時間が必要だとは思うが、そこは俺が責任を持って向き合っていかなければならない。
「……そうか」
「——入ってもいいか?」
俺が端的な返事をしたその時。
リズム良く扉をノックする音が部屋に響いた。
「どうぞー!」
ユルメルが伸びのある声でそう言うと、声の主は気を遣うように静かに扉を開いて部屋に入ってきた。
「失礼する。ゲイル殿。無事で何よりだ」
フリードリーフは窓際に立って外を眺めながら言った。
何があったのかはわからないが少し疲れたような表情をしている。
色々と大変だったのだろう。
それに名前を教えていないのに知っているし、呼び方まで少し仰々しい気がする。
「フリードリーフか。国王は無事だったか?」
「ああ。もう普通に生活できている。傷口は深かったが内臓に損傷はなかったからな。俺からも聞きたいことがあるのだが……やはり、シェイクジョーは死んだのか?」
「……死んだよ。あいつは悪魔と契約を結んでいたから、殺さざるを得なかった……」
俺は小さな椅子に腰をかけてテーブルの上に両手を置いた。
「あまり悩むな。人を殺すという行為は決して褒められたものではないが、今回に限っては例外だ。自分の身が危険に晒されたのだから、自己防衛は成立するはずだ。それと、この件に関する事後処理は俺に任せてくれ。ゲイル殿はいつ頃お帰りになる予定だ? いつまででも留まってくれていいのだが、国王様がお礼を述べたがっていてな。後日でもいいが、そっちも気にしてくれると助かる」
フリードリーフは依然として窓越しから星空を眺めていた。
俺のことを慰めるような強気な口調は、今の俺にとっては非常に心強いものだった。
「国王には悪いが、俺はやることがあるから明日には帰る予定だ。領地の発展が進んでなくて、切羽詰まっているんだ。こっちの問題が片付いたら、またお邪魔させてもらうよ」
「何か困っているのか? あまり人は派遣できないが、個人的になら手を貸すぞ?」
フリードリーフは俺の向かいに座ると、真剣な眼差しを作って俺の目を見てきた。
水と食料の不足、住民の勧誘、この三つの問題を解決するために動いたはいいものの、今のところ解決しているのは何一つない。
ニーフェさんだって、いつまでも俺のところにいるわけではないので、すぐに名も無き領地に帰還して立て直したいところだ。
「食料と住民が欲しい。何かいい方法はないか?」
水はニーフェさんに土下座をしてでも頼み込むとして、ここは食料と住民の情報をフリードリーフから貰うとしよう。
「一応心当たりがあるが、住民として勧誘するとなると少し難しいな」
「聞かせてくれ」
俺はここでチラリとユルメルの方に目をやったが、ユルメルは鼻歌を歌いながら乱れたベッドを直していたので放っておいても大丈夫だろう。
というより、見た目と年齢がまるで違うので、別に子供扱いする必要はないのだ。
「イグワイアのさらに奥、そのまたさらに奥には深い洞穴があるらしい。そこに暮らすドワーフが住む地を求めて、数ヶ月前にウォーブルにやってきていた。我々はそれほどのドワーフを養えるだけの酒を用意できなかったので断ったが、ゲイル殿ならなんとかなるのではないか?」
「数は?」
「百だ」
フリードリーフは不敵な笑みを浮かべていた。
それにしても、ドワーフか……。
ドワーフは酒を与えれば、基本的に話を聞いてくれる種族だ。なら従えるのは簡単……と思ってしまうが、問題はその量だ。
一人当たり一日五リットルの酒を必要としていて、その数が百となると五百リットルの酒を毎日提供しなくてはならない。
確かに難しい条件だが、ドワーフという種族はどんな質素な材料からでも簡単になんでも作ってしまうので、接触する価値は大いにある。
現にアノールドのギルドと王宮は、ドワーフが易々と完成させたという逸話があるくらいだ。
「よし。行こう。二人はもう部屋に戻っててくれ。俺はやることができた」
「あ、ああ。行くのはいいが、準備は怠るなよ? ドワーフは力も強いからな?」
「わかっている。ユルメルも明日には帰るから早く寝るといい。俺のことは心配するな」
フリードリーフは困惑しながらもそそくさと部屋から去っていったが、ユルメルは未だにベッドメイクに明け暮れていたので、俺は適当に声をかけた。
「はーい! 後は頼んだよ!」
ユルメルは元気な返事をして部屋から出ていくと、扉の外から俺に向かって意味ありげな言葉を口にした。
やっぱりユルメルも気がついていたか。
「——ニーフェさん。入ってもいいですよ」
「失礼します」
俺が呼び込むと、ニーフェさんはおずおずと部屋に入ってきた。
少し緊張している様子も窺えるが、それよりも少し顔に影が差していることが気になった。
「さっ、座ってください。何か話したいことでもあるのでしょう?」
俺はニーフェさんを向かいの席に座らせた。
俺はハッと目が覚めた。ある程度回復しきったのか、体がこれ以上眠る必要がないと判断したのかもしれない。
「あ! やっと起きた! また眠っちゃったからびっくりしたよっ!」
ユルメルは自慢の長い耳をぴくぴくと動かしながら、そんな俺の顔を覗き込んでいた。
「悪い。寝てたみたいだ……。というか、誰か呼びに行ったんじゃなかったのか?」
確かユルメルはそんな理由をつけて部屋から出て行った気がするが、この部屋には俺とユルメルしかいなかった。
「しょうがないでしょっ! ゲイルが二度寝のくせに二時間も寝てたんだから! 僕は看病してたからここにいるけど、みんなはもう部屋に戻っちゃったよ!」
外は暗くなっていた。
いや、草原で倒れる前から外は暗かったので、おそらく、俺は一日以上眠っていたのだろう。
余程体に疲れが溜まっていたようだ。
「すまない。迷惑をかけたな。それで……どうしてここにいるんだ? 家で待機してるように言ったはずだが……」
「それはね——」
ユルメルはゆっくりと説明を始めた。
曰く、ニーフェさんが森と湖がある方向から巨大な爆発が発生したことに気がついて、外へ飛び出したらしい。
時間をかけて現場へ駆けつけたユルメルとニーフェさんは、そこで国王を助け終えてから、俺の援護に来ていたフリードリーフと鉢合わせたようだ。
三人は初対面だったはずだが、目的は一緒だったので特に揉めることなく、俺のことをウォーブルの王宮まで運んだそうだ。
そして最後に俺が意識を失ってから三日も経過していたということも教えてくれた。
「——ニーフェさんは無事か?」
俺は全身の痛みに耐えながらベッドから抜け出して、赤い絨毯の上に立った。
「無事……うん。でも、少し悲しそうだった。僕は具体的な話はわからないけど、嘘をつかれるのが辛いのはわかるから……」
ユルメルは首を横に振ると、小さな声でそう言った。
今回の件で良くも悪くも最も影響があったのは、ニーフェさんで間違い無いだろう。
ニーフェさんが心を立て直すのには、時間が必要だとは思うが、そこは俺が責任を持って向き合っていかなければならない。
「……そうか」
「——入ってもいいか?」
俺が端的な返事をしたその時。
リズム良く扉をノックする音が部屋に響いた。
「どうぞー!」
ユルメルが伸びのある声でそう言うと、声の主は気を遣うように静かに扉を開いて部屋に入ってきた。
「失礼する。ゲイル殿。無事で何よりだ」
フリードリーフは窓際に立って外を眺めながら言った。
何があったのかはわからないが少し疲れたような表情をしている。
色々と大変だったのだろう。
それに名前を教えていないのに知っているし、呼び方まで少し仰々しい気がする。
「フリードリーフか。国王は無事だったか?」
「ああ。もう普通に生活できている。傷口は深かったが内臓に損傷はなかったからな。俺からも聞きたいことがあるのだが……やはり、シェイクジョーは死んだのか?」
「……死んだよ。あいつは悪魔と契約を結んでいたから、殺さざるを得なかった……」
俺は小さな椅子に腰をかけてテーブルの上に両手を置いた。
「あまり悩むな。人を殺すという行為は決して褒められたものではないが、今回に限っては例外だ。自分の身が危険に晒されたのだから、自己防衛は成立するはずだ。それと、この件に関する事後処理は俺に任せてくれ。ゲイル殿はいつ頃お帰りになる予定だ? いつまででも留まってくれていいのだが、国王様がお礼を述べたがっていてな。後日でもいいが、そっちも気にしてくれると助かる」
フリードリーフは依然として窓越しから星空を眺めていた。
俺のことを慰めるような強気な口調は、今の俺にとっては非常に心強いものだった。
「国王には悪いが、俺はやることがあるから明日には帰る予定だ。領地の発展が進んでなくて、切羽詰まっているんだ。こっちの問題が片付いたら、またお邪魔させてもらうよ」
「何か困っているのか? あまり人は派遣できないが、個人的になら手を貸すぞ?」
フリードリーフは俺の向かいに座ると、真剣な眼差しを作って俺の目を見てきた。
水と食料の不足、住民の勧誘、この三つの問題を解決するために動いたはいいものの、今のところ解決しているのは何一つない。
ニーフェさんだって、いつまでも俺のところにいるわけではないので、すぐに名も無き領地に帰還して立て直したいところだ。
「食料と住民が欲しい。何かいい方法はないか?」
水はニーフェさんに土下座をしてでも頼み込むとして、ここは食料と住民の情報をフリードリーフから貰うとしよう。
「一応心当たりがあるが、住民として勧誘するとなると少し難しいな」
「聞かせてくれ」
俺はここでチラリとユルメルの方に目をやったが、ユルメルは鼻歌を歌いながら乱れたベッドを直していたので放っておいても大丈夫だろう。
というより、見た目と年齢がまるで違うので、別に子供扱いする必要はないのだ。
「イグワイアのさらに奥、そのまたさらに奥には深い洞穴があるらしい。そこに暮らすドワーフが住む地を求めて、数ヶ月前にウォーブルにやってきていた。我々はそれほどのドワーフを養えるだけの酒を用意できなかったので断ったが、ゲイル殿ならなんとかなるのではないか?」
「数は?」
「百だ」
フリードリーフは不敵な笑みを浮かべていた。
それにしても、ドワーフか……。
ドワーフは酒を与えれば、基本的に話を聞いてくれる種族だ。なら従えるのは簡単……と思ってしまうが、問題はその量だ。
一人当たり一日五リットルの酒を必要としていて、その数が百となると五百リットルの酒を毎日提供しなくてはならない。
確かに難しい条件だが、ドワーフという種族はどんな質素な材料からでも簡単になんでも作ってしまうので、接触する価値は大いにある。
現にアノールドのギルドと王宮は、ドワーフが易々と完成させたという逸話があるくらいだ。
「よし。行こう。二人はもう部屋に戻っててくれ。俺はやることができた」
「あ、ああ。行くのはいいが、準備は怠るなよ? ドワーフは力も強いからな?」
「わかっている。ユルメルも明日には帰るから早く寝るといい。俺のことは心配するな」
フリードリーフは困惑しながらもそそくさと部屋から去っていったが、ユルメルは未だにベッドメイクに明け暮れていたので、俺は適当に声をかけた。
「はーい! 後は頼んだよ!」
ユルメルは元気な返事をして部屋から出ていくと、扉の外から俺に向かって意味ありげな言葉を口にした。
やっぱりユルメルも気がついていたか。
「——ニーフェさん。入ってもいいですよ」
「失礼します」
俺が呼び込むと、ニーフェさんはおずおずと部屋に入ってきた。
少し緊張している様子も窺えるが、それよりも少し顔に影が差していることが気になった。
「さっ、座ってください。何か話したいことでもあるのでしょう?」
俺はニーフェさんを向かいの席に座らせた。
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