追放されてから数年間ダンジョンに篭り続けた結果、俺は死んだことになっていたので、あいつを後悔させてやることにした

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逢瀬

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 あと数時間も経たないうちに日が落ちようというところで、俺とニーフェは外壁の上から名も無き領地を眺めていた。
 心地良い風が頬を触り、石造りの柵に寄りかかったまま眠ってしまいそうな気分だ。

「今日は楽しかったです。今度はもっとたくさんの店が営業している時に行きましょう」

「そうだな」

 俺は一メートルほど右横に距離を空けたニーフェの言葉に端的な返事をした。
 まだまだ住人が少ないため、観光というような観光はできなかったが、ニーフェは楽しんでくれたようで何よりだ。

「……ヘレンのことよろしくお願いしますね?」

 暫しの沈黙の後、ニーフェは風で髪を靡かせながらそう言った。

「任せろ。俺がどうにかしてやる」

 特に算段はないが、俺は首を縦に振ることにした。
 ヘレンが故郷に帰りたいと望まなくても、エースレイブには連れて行くつもりだからだ。
 ここに留まってジッとヘレンの謎について考えているよりは、エースレイブに行った方が幾分かマシだろう。

「はい。約束ですよ?」

 ニーフェが小さな笑みを溢しながらそう言うと、この場には再びしんとした静寂が訪れた。

「——ゲイルさん! こんなところにいたのじゃな。少しばかり用事があるから、ワシに時間をくれないかのう?」

 その時。ドタバタというような激しい物音が徐々に近づいてきて、やがて背後から一つの気配を感じた。
 俺は体ごとゆっくりと背後に目をやり、声の主の姿をこの目で捉えた。

「……誰だ」

 そこにいたのは薄らと青みがかった髭を持つ一人のドワーフだった。
 見覚えがある。というより、かなり記憶に新しい。なのに、その名前が出てこない。ドワーフは見た目が似通い過ぎて、理解していても頭が混乱するのだ。

「むむっ? おお、ゲイルさんはドワーフの見分けがつかないんじゃったのぅ。ワシじゃよ。ドワーフ族の最年少、ワイナルドゥエムじゃよ」

「ああ! そうだそうだ! 宴の時は席を外してしまってすまなかったな。それで、今日はどうしたんだ? また宴をやろうって話なら遠慮させてもらうぞ。それどころではないからな」

 ドンと分厚い胸板を張って答えたのは、ワイナルドゥエムだった。
 覚えていたのに中々出てこなかった。

「いやいや、それよりももっと大切な話じゃよ。説明するよりも本人の目で確認してほしいから、正門の前にきてもらえるかのぅ?」

 ワイナルドゥエムは下へと続く階段に足を一歩かけると、そこから首をひょっこりと出しながら、俺とニーフェに向かって手招きをした。
 どうやら正門の辺りに何か造ったようだ。キチンとした検問所か、それともより強固な外壁や罠か。
 何にせよ、俺の目で確かめた方が早いと本人が言っているので、ここは大人しくついていくとしよう。









「それで、こんなところで一体何をするんだ? 今日の夜は色々とやることがあるから、できれば手短に頼みたいんだが……」

 外壁から下へと続く階段を下って、ワイナルドゥエムについていくこと数十分。
 到着した先は正門のすぐ側に設けられた木造りの小さな建造物だった。
 中にはよくわからないデザインが描かれた紙や、解読不明な字で記された謎の紙が床一面に散乱している。
 何の用があるのかがわからなかったので、ニーフェのことは先にバベルに返したおいたが、中に入っても何の用があるのかが全くわからない。

「手短に終わるかどうかは、貴方次第じゃ。まずは、これをご覧くだされ」

 ワイナルドゥエムは小さなワンルームの中央にドンと設置されたテーブルの上に、しわくちゃになっている複数枚の紙を置いた。
 俺はテーブルの周りに散らかったその他の紙を手で避けながら、ワイナルドゥエムが置いた複数枚の紙に目をやった。

「……名も無き領地の改名案……?」

 最も目を引いたのは大きく記されたその文字だった。

「そうじゃ。我々ドワーフ族は”名も無き領地”という曖昧な呼び方に引っかかっておってのぅ。事実上の王であるゲイルさんさえ良ければ、もっと崇高な名前に変えてほしいのじゃ」

 ワイナルドゥエムは剛腕を組みながら一人でうんうんと頷いていた。
 その言葉と表情を見る限り、嘘はないらしい。つまり、ドワーフ族の総意ということになる。

「全然いいぞ。名も無き領地という名前が気になるなら、別にドワーフ族が好きな名前をつけてくれて構わないしな」

「それはダメじゃよ! 我々はあくまでも居候の身。当然、国の名付けはトップに君臨する人物が行うに限るのじゃッ! ユルメルさんでもニーフェさんでもない。そう、ゲイルさん、貴方じゃよ!」

 ワイナルドゥエムは懸命に背伸びをして前のめりになり、その濃い顔を俺に近づけると、血相を変えて声を荒げてきた。
 俺は特に気にしていなかったので、ドワーフ族が適当につけてくれればよかったのだが、そういうわけにはいかないらしい。
 
「わ、わかった」

「うむ。それで良いのじゃ。ほれ、このペンでゲイルさんがパッと思いついた国名をそこに書いてほしい」

 気圧されながらも納得した俺は、ワイナルドゥエムから受け取った羽根ペンを手にして、テーブルの上に置かれた真白い一枚の紙を凝視した。
 崇高な名前か……。せっかくの俺の領地だ。少し恥ずかしい気もするが、どうせなら大胆な名前をつけてみるか。

「……じゃあ……これで」

「ふむふむ、これで本当に良いかのぅ?」

 ワイナルドゥエムは俺が書き終えた後の紙をヒラリと手に取ると、ニヤリと上がる口角を隠すことなく最終確認をしてきた。
 その表情を見る限り、特に問題はなさそうだ。

「ああ」

「了解じゃ。それでは、明日からは名も無き領地ではなく——」

「——ここは”メシアス”だ」

 俺はワイナルドゥエムの言葉を途中で遮って言い放った。
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