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国始動編

第96話 銀次郎の日記

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客室に案内された大地達はヘクトルを交えて五人で出された紅茶を飲みながらノートを確認する。

「これは何て書いてあるんだ?」

「全く読めねえ。」

「そうなのだ。私も何度か解読しようとしたのだが銀次郎の文字しかわからない私ではどうしても解読出来なかった。」

ノートにはお世辞にも綺麗とは言えない、なぶり書きのような形の日本語で当時の銀次郎の様子が細かく書き記されていた。

「大地さんこれって・・・」

「あぁ間違いない日本語だ。」

大地はヘクトル達にもわかるように日記を音読していく。






この世界に来て約一年が経った。この世界でも仕事が見つかりようやく安定した生活が出来そうだ。

しかしもし今後も俺みたいに急にこの世界に飛ばされる者がいたとしたら、とても大変な思いをすることになるだろう。

俺がこんな日記を書いたことでその者達の問題が解決するとは思えないが、少しでもその者達の役に立てばという思いで日記を記しておこうと思う。

俺の名前は八坂銀次郎。四十代初老のしがない鍛冶師だ。

鍛冶仕事をしている時、急に感じた眩暈に目を瞑った瞬間、気付いたら噴火する火山の麓に立っていた。

俺自身も意味が分からず混乱していたが、そんな時急に羽の生やした若い黒人達が空から舞い降りて来た。

そいつらは俺の全身を嘗め回すように見つめた後「やはり今回も失敗した」「またいらぬものを召喚してしまったのか」と良く分からないことを言っていた。

全く最近の若い者達は言葉遣いというものを知らない。

後々聞いた話ではあの黒人達はどうやら魔族という種族の者達らしい。

魔族だろうとあのマナーもモラルもない話し方は何とかならんのか。全く腹立たしいことである。

俺はその後その魔族を無視して山を下りた。

右も左もわからない状態だったが、どうやら運は良かったみたいで、山を下りてすぐに人里を見つけることが出来た。

その後各場所を転々としながら現在ではガドール帝国で鍛冶の仕事をさせてもらっている。

明日から少しずつであるがこの世界の事でわかったことを書いていこうと思う。






その後もページを開きながら音読していくが、内容はどれも大地達も知っているこの世界の国の名前やその位置関係、情勢等が書かれていた。

「やっぱり帰還方法なんてそう簡単には見つからないですよね。」

犬斗は大地の音読を聞きながら、その内容に帰還方法についての手がかりがないことに落ち込みを見せ始める。

その後も日記にはギルドに立ち寄った時に自身のスキルについて判明したことや。そのスキルを巡って帝国といざこざがあり逃げるようにしてトームに渡ったことも書いてあった。

どれも日常的な内容だけに犬斗の期待感が徐々に低下していく。

「これは・・・」

そんな中、音読していた大地がノートのページをめくった瞬間、驚いた表情を浮かべる。

「大地さん! 何か帰還方法について書いてあったんですか?」

すかさず犬斗が大地に食いつく。

「まぁ落ち着けじゃあ読み上げてやるよ。」

大地は犬斗を落ち着かせると再度ノートの音読を開始した。




この世界に来てから三年と二か月。

帝国からシャマールに来てから約一年。

シャマールで俺と同じ日本人を見つけた。




「日本人?」

思わず犬斗が驚いた顔を見せた。しかし大地は犬斗の様子を気にすることなく音読を続ける。





その子の名前は睦月利映という名前の十八歳の女の子であった。

睦月は中学卒業後に日本各地を転々としながらフリーカメラマンもどきをしていたらしい。

睦月の話ではつい最近この世界に飛ばされたとのこと。

いつものように絶景を求めて山の中に入り野宿していたところ、気付いたらこの世界に来ていたらしい。

しかし睦月はこの世界を楽しんでいるようで、帰りたいとも思っていないそうだ。

少し話をしている間に何故か俺がここに来て間もない睦月にこの世界の事を教えてやることになっていた。

俺もこの世界に詳しいわけではないが、十八歳と若い同郷の者を放っておくことなど出来なかった。

こんな俺で良ければ睦月に色々教えてやるとしよう。





その後は睦月との日常が日記に記されていた。





睦月が来て一か月が経とうとした頃、この一帯の写真は全て収めたからといって違う土地に移ると睦月が挨拶をしに来た。

話を聞く限りどうやら帝国の方へ向かうようだ。あそこは何かときな臭いところがあるのであまりお勧め出来る場所ではないのだが、睦月は全ての大陸に向かう予定だそうで止めても無駄だった。

何事も無ければ良いのだが。とにかく彼女の無事を祈るばかりだ。





その後は銀次郎が見つけた新たな鍛冶の方法や、シャマールにてその鍛冶の方法に目を付けた領主に強引に武器を製造させられそうになったことから今度はミッテに逃げてきたことが書かれていた。

そしてその後はヘクトルやカーンとの日々について書かれたものが長く続いていく。

特にヘクトルが毎日来ていた時に書かれていた日記はそれは楽しそうな様子が書かれていた。

そしてノートも終わりを迎えようとした時、最後のページには銀次郎のヘクトルへの思いが綴られていた。




この世界に来て二十年は経っただろう。日に日に身体が上手く動かなくなってしまった。今では鍛冶仕事すら出来ない。

常に肺に痛みも感じる。間違いなく肺の病にかかっているのだろう。

しかし思いのほか今の気持ちは清々しい。

何故ならもう俺自身がやるべきことはないと心の底から思えるからだろう。

それもこれも全てヘクトルとカーンのおかげだ。

俺の持てる鍛冶の技術はカーンが、そして俺の心はヘクトルが継承してくれる。

俺が死んでもあの二人が俺の意志をついでくれるだろう。

そう考えると死への怖さも薄れていくものだ。

しかし死を前にしても不安な事が一つある。

それは俺の考えに感銘を受けたことでヘクトルが不幸になってしまうのではないかということ。

俺の考えや存在はこの世界の中では異端児そのものだ。そんな俺の考えに賛同し、その考えに基づいた国を作ろうとしているヘクトルには必ず大きな壁にぶつかるだろう。

場合によってはそのせいで命を落としてしまうかもしれない。

俺の祖国に興味を示し、俺の考えに賛同してくれた時はものすごく嬉しかったことを覚えている。

しかし今思えば俺のせいでヘクトルが茨の道を歩むようになったのではないかと悩んだことも事実だ。

もし俺に出会わなければヘクトルは平和な領主生活を送ることが出来たのではないか。

毎日そんなことを考えるようになってしまった。

全くこれだから歳はとりたくないんだ。昔はこんなことでくよくよはしなかったってのに。

俺の命は残り僅かであろう。願わくばヘクトルと同じように民の事を考え、民の為に動ける、そんな同志とも呼べる人物がヘクトルの前に現れてほしい。

そしてヘクトルの未来が良いものであることを強く願う。




そして最後のページの裏には一枚の写真が貼られていた。写真は撮ったものが直ぐに出てくるインスタントカメラの写真であった。

写真には四十代中盤の男と若い女の子が工房を背景に笑顔でピースをした姿が映っていた。

「この人が銀次郎さんでこれが睦月利映か。」

「まだ日本人がいるんですか・・・」

「そうみたいだな。当時十八なら今はもう結構なおばあちゃんだろう。もしかしたら既に亡くなっている可能性もある。」

大地と犬斗は写真の人物を見つめながら話をしていると、ヘクトルが大地に声をかける。

「すまないが。その最後のページを見せてもらえんか。」

大地はヘクトルの心境を察し、ヘクトルについて書かれているページを開きヘクトルに手渡す。

ヘクトルに日本語は読めない。しかしヘクトルは読めないはずの文字から銀次郎の当時の気持ちを読み取ろうと熱心に文字へと目を移す。

『おい部屋から出るぞ。』

『えっなんで?』

『お前は本当に空気が読めないな。いいからついてこい。』

大地は自身の意図に気付けないKY男である犬斗にジト目を向ける。

リリスとドグマは大地からの念話を聞くとすぐさまその意図を察して静かに席を立つ。

「このノートはあなたが持っていた方が良い。俺達は少しこれからの事について話し合いたいので先に出ときます。」

「そうか。すまない。ありがとう。」

大地達が出て行った後、客室にはヘクトルのすすり泣く声が響いていた。
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