狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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53.方向性がえげつない、だそうだ

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 魔晶板周りに触れるのはダメ。

 コスト削減にしろ何にしろ、どんな理由があろうと国の最高機密に抵触してしまう。これは身の危険という方向から却下された。

 恋愛ものを突き詰めるのもダメ。

 まだ主立った収入がなく国民にも支持を得ていない現状、魔法映像マジックビジョン業界を潰される原因となるような失態や失敗は犯せないので、裸で裸体で男と女の絡み合いは却下された。

 というか、だ。

「映像を突き詰めるのは、放送局の人も交えた方がいいかもしれないわね」

 彼らは魔法映像マジックビジョンの仕組みを熟知しているだけに、できることとできないことをきちんと判断できる。

 当然、ヒルデトーラが却下した裸と裸体と男と女の絡み合いにしても、少なくとも私たちよりは正しい倫理感を持って放送するか否かを決定しているはずだ。

「そうですね……彼らは常に、何を撮影するかを考えていますからね。わたくしたちが考えるものより何歩も進んでいるでしょう」

 その通りだ。
 今ここで子供が集まってパッと考えつくことなど、彼らはすでに考え、通り過ぎていると思う。

「うーん……よっぽどいいアイデアが閃いた時以外は、番組に関しては任せた方がいい、かも?」

 まだ言葉遣いがちょっとおかしいレリアレッドが、まさに結論を出したのだった。



 
「……やはり行き詰まりますね……」

 話すことがなくなってしまい、ヒルデトーラは溜息を吐く。

「あなた方と出会う前から、わたくしは様々なことを考えてきました。
 ですが、これと言った妙案が思いつきませんでした。

 魔法映像マジックビジョンをどう広め、売り出していくのか。

 ――大人でさえ成しえていない難題ですから、解決できないのも無理はないのかもしれませんが……儘なりませんね」

「ヒルデ、さま……」

 思ったより深い悩みだったことに気づいたレリアレッドが、気の毒そうに眉を寄せる。――私には他人事じゃないので、心境的にはヒルデトーラ側である。

 儘ならない、か。

 こういうときはどうしたものか――ああ、では、こういうのはどうだ。

「行き詰まったのなら、発想を変えてみましょう」

 落ち込んでしんみりしているだけでは、前に進めない。

 役に立つとか立たないとか、そういうことはひとまず置いておいて。
 まずは出してみよう。発想を。

「私たちは今、出る側としての立場で意見を出しているわ。
 何をすればいいのか、と悩んでいる。
 でも逆に考えたらどうかしら? たとえば――どんな番組に出てみたいか、と」

「出て、みたい?」

 そう、これは入学式の時に撮影した、めちゃくちゃな校舎案内の映像を観た時に思ったことだ。

「この前の入学式の映像、いろんな子が映りに来たわ。私たちの前に出てきた子もいたし、ずっと付いてきた子もいた。

 つまり、子供たちはあの時『魔法映像マジックビジョンに出たい』と、多かれ少なかれ思ったのではないかしら」

 私は思い付きで言っているだけで、この話がどこに向かうかわかっていなかった。

「そうか!」

 ――落としどころを見付けたのはヒルデトーラだった。

「これまでとは違う、視聴者が参加できる番組ね!」

 カッと目を見開き、バンとテーブルを叩いて立ち上がった。

「庶民の一人一人が、自分が参加できるかもしれないと考えるのであれば、興味を抱く者もきっといるはずだわ!
 観るだけではない、参加ができる番組!

 ――ニア! レリア! これは行けるわよ!」

 ヒルデトーラは一人で興奮して言い放ち、バーンとドアを開け放って部屋を出ていった。

 …………

 ……え、……えっと……帰った、の、かな?

 あまりにも突然の脱出劇に、誰も反応できなかった。呆気に取られるとはこういうことか。

「リノキス、一応馬車に乗り込むまで見送ってきて」

「かしこまりました」

 ヒルデトーラは寮住まいではないので、毎日馬車で通っている。
 学院内なら大丈夫だとは思うが、念のためにリノキスに護衛を頼んだ。




「びっくりした」

「私もよ」

 リノキスが出ていくのを横目に、レリアレッドが率直な意見を漏らし、私は同意した。

 魔法映像マジックビジョン普及活動に関して、ヒルデトーラはよっぽど思い悩んでいたのだろう。
 きっと私の想像以上に。

 私にとっても他人事ではない話だが、彼女ほど深刻に考えてはいなかった。

 その証拠として、「使えそうなアイデア」が出た途端、きっとそれをすぐに実行するために出ていったのだ。
 私としては、もうここで少し話し合ってからでも遅くないと思うのだが。

 ――私はまだすべてを語り終えていないし。

 ヒルデトーラが会議に終止符を打ちはしたが、私にはまだ発言したいことが残っている。

 そう――ヒルデトーラが「視聴者が参加できる番組」と意見を出したことで、私も思いついたことがあった。

「ねえ、レリア。あなたの領地にはカジノはある?」

「カジノ? 未許可の地下カジノがある、みたいな噂は聞いたことがあるわよ」

 なるほど。大っぴらにはやっていないのか。

「さっきヒルデが言っていた、視聴者が参加できる番組。私は真っ先に賭けを思いついたの」

「賭け、か……」

「あとは勝負事とかね。ほら、先日のクラブ勧誘の時も、誰かと誰かが戦うって聞いて皆集まってきたでしょ?」

「そういえばそうだったね」

「それを踏まえて、たとえば――強い冒険家と魔獣が戦ったり、強い者同士が戦ったりする番組はどう?」

「――何それ観たい」

 そうだろ? 私も観たい。いや観るだけでは物足りない、むしろ参加したい。

「あ、でも、最近は血はあんまり……っていう声も多いみたいよ。あまり映像に流すな、って苦情が来るみたい」

 えっ!?

「血液が飛び散らないと何も盛り上がらないでしょ!? 勝負ごとに流血は付き物じゃない! 最悪死んでも仕方ないって!」
 
「えっ、死!? なんで!? その発想こわい!」

「何が怖いのよ! シルヴァー領のチャンネルでは毎日血しぶきが飛んで手足が千切れて一日一人は冒険家が死んでるって聞いてるわよ!?」

「誰から聞いたの!? そんなわけないじゃない!」

 えっ……ち、違うのか……? 

 ……がっかりだよ。
 シルヴァー領のチャンネルには本当にがっかりだ。天破流よりがっかりだ。

「なんでちょっと落ち込んでるの!? あんた考え方の方向性えげつないんじゃない!?」

 もうどうでもいい。

 観たい観たいと願っていたシルヴァー領のチャンネルが、まさか誰も死なない平和なものだなんて……
 誰がそんなの観たいんだ! 血を見せろよ!

 ……はあ……今日はもうダメだな。がっかりに生きる気力を奪われてしまった。

 ヒルデトーラも帰ったし、私も部屋に帰るか。




 本当に、本当にがっかりである。



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