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393.ハーバルヘイムと交渉する 一日目
しおりを挟む「――ほんとに来たよ」
城門を潜ったそこには、全身鎧の騎士たちが並んでいた。
さっきの兵士たちとは格好も体格も違う。
文字通りの意味で、強さの格が違うという感じだ。
数は三十一人で、立ち位置的に分隊長らしき若い騎士が兜を取って私を見ている。精悍だがやや軟派な印象がある。
「君がニアちゃん? なんか来るって聞いてたんだけど」
分隊長らしき騎士が話しかけてきた。印象だけじゃなくて本当に軽そうだな、こいつ。
「ええ、そうよ。国王に用があって来たんだけど、通してくれる?」
「うーん。可愛い女の子からの頼みなら聞いてあげたいんだけど、こっちもお仕事でね」
まあ、通すわけないよな。
いくら性格が軽かろうと、騎士の努めは果たすよな。
どうせ結果は同じなんだから、大人しく道を空けた方がお互い楽だと思うけどな。
「どうする? このまま引き返すなら、黙って見送るよ? 兵士に手を上げたことも城門を壊したこともただの事故で済ませるけど、そうしない?」
後ろの騎士から「おい」とか「そんなの無理だ」とか「ふざけるな」とか文句が飛んでいるが、軽い騎士は気にせず穏やかな笑顔である。味方からの文句は少しは気にした方がいいと思うが。
「それも悪くないかもね。でもここまで来ちゃったし、せっかくだからやることはやっておきたいわね」
「そうだよねぇ。引くわけないよねぇ」
お互いにな。
「――仕方ない。ここからは殺し合いになるけど、いいよね?」
すっと目を細める若い騎士は、なるほど年齢に見合わない殺気を放ち出した。
そうかそうか、伊達じゃないか。
腐敗した騎士隊も珍しくはないが、この国の騎士は本物か。
「安心しなさい」
「ん?」
「あなたたちの誰一人殺さないから。まだね」
「……面白いけど笑えないなぁ。女の子に剣を向けるのは本意じゃないしなぁ」
と言いつつ、若い騎士は剣を抜いた。
「でも殺すね?」
――さて。
「まず謁見の間に行きたいんだけど。ここまっすぐでいいの?」
古い城って侵入者避けにややこしい造りになっているのもあるが、ここはどうなんだろう。もし迷子になったら壁を壊しながら直進することになるけど。
「……」
振り返る先にいたキトンは、なんとも言えない顔でこくこく頷く。どうやらまっすぐでいいらしい。
「じゃあ行きましょうか」
倒れている騎士たちを避けながら、私たちはまた歩き出した。
それから先は、特に待ち伏せはなかった。
ただ、使用人やメイドやスーツの偉そうな紳士やドレス姿の淑女や、そういうのが私を避けるようにして走り回っていた。
私が来ることは説明されていたようだが、まさか城内まで侵入してくるとは思っていなかった、という感じだろうか。
どうにもダリルの報告だけでは、城門前の兵士たちと、城門を潜ってすぐの騎士たちのみしか、戦力を出さなかったらしく、城内に待ち伏せはいなかった。
「――やはり来たか……」
そのダリルが、通路の途中に待っていた。
「もしかして準備不足だった? それとも時間が足りなかった?」
遠回しに、私を足止め・拘束するには戦力が足りなかったけどどういうことだ、という意味の言葉を投げてみる。
「どちらでもない。……『強すぎる子供』というのを上手く伝えられなかった」
そうか。
やはり口で説明するだけでは、上の者には信じてもらえなかった感じか。
「というか、兵士と騎士隊はどうした?」
「普通に倒して来たけど?」
「……普通は倒せんだろう。子供なら尚更」
そういう認識か。
道理で半端な戦力を用意していたわけだ。
「来い。陛下がお待ちだ」
「あら。わざわざ待っているの?」
「敵に正面から堂々ここまで踏み込まれたら、陛下とて会わないわけにはいかないだろう」
うんまあ、私の手間が省けるならなんでもいいが。
「――なあ、引くならここが最後だと思うが……」
「愚問」
「……だよな」
そして私は、ダリルの案内で謁見の間へと通された。
ほほう。
「もしかして高官全員勢揃いかしら?」
塵一つないであろう、だだっ広い謁見の間。
入って来た正面の扉から、そのまままっすぐ続く毛足の長い赤い絨毯。そしてそれを縁取るように並ぶ騎士たち。
絨毯の先には、玉座。
アルトワールではなかなか見ない古い造りのスーツを来た十名足らずの男たちが、並々ならない眼力で私を見据えている。
そんな彼らの、更に奥にいる者。
五十半ばくらいだろうか、冠を継いだ貫禄のある男が、つまらなそうな顔で頬杖をついて私を見下ろしていた。
いや、見下していた、と言った方が正確だろうか。
隣にある椅子は空いている。
恐らくは王妃の席なのだろう。
「私的な用で来たのに、こんな大人数で迎えてくれてありがとう」
ようやく旅の目的地である、ここまでやってきた。
笑いながら私は歩く。
玉座へ続く、赤い道を。
これだけ人がいるのに、何一つ音がしない痛いくらいの静寂。
騎士たちが殺気走った視線を向けてくるのが心地いい。
今すぐにでも乱闘を始めたいくらいだが、まあ、まだ早いか。
いずれそうなる。
いずれこの城のすべてと戦う時が来る。
それまで待とうではないか。
「――控えよ。陛下の御前である」
ある程度……三段ほどの段の上に玉座を見上げる位置に近づいたところで、玉座のすぐ近くに立つ、メガネを掛けたなかなかハンサムな男が低い声を発した。冷たい印象の中年である。
案内してきたダリルと、ずっと見張りとして後ろにいたキトンが跪いた。
私は……まあ、跪く理由がないので、そのままだ。
「アルトワールのニアと言います。ちょっとお時間いいですか?」
何一つ気にせず、笑いながらハーバルヘイム国王に声を発する、と。
「無礼者め」
不機嫌に地を這う蛇のような、低い声で侮蔑の目を向けられる。
「我はまだ貴様に言葉を発する許可を出しておらぬ。礼儀を知らぬ者と言葉を交わす趣味はない」
ああそう。
「それは仕方ないじゃない」
と、私は小ばかにするように肩をすくめる。
「先に礼儀を欠いたのはそっちでしょ? 礼儀を尽くしてほしいなら礼儀を尽くさないと」
「……何の話だ?」
あ。
これ、本気でわかってないって顔だな。
……一から説明するしかないか。
「アンテナ島」
「あ?」
「アルコット王子。『神獣召喚』。あなたがやらせたんでしょう? その辺の責任を取ってもらおうと思って」
「――くだらん。もうよい」
…………
「アルコットが勝手にしでかしたことは、アルトワールと交渉中だ。貴様のような無礼な無法者の出る幕ではない」
「あ、違う」
「……?」
なんかダリルたちも勘違いしていたみたいだけど、私が来たのはそこじゃない。
アルコット王子のことは理由の一つに過ぎない。
「私がここに来た理由はね――あなたが私の家族を巻き込んだから」
「家族だと?」
「そう。あの時アンテナ島には私の家族がいた。そして水晶竜が襲来した。下手をしたら私の家族が殺されていた。
わかる?
アルトワールもアルコット王子も関係ないの。それは国同士で話し合って解決すればいい。
私の用事は、私の家族が危険に晒されたから。その責任をどう取ってくれるのかって話をしに来たの。国なんて関係ない、個人的な話なの」
もし、アンテナ島とアルコット王子の件が片付いたとして、また同じような事件がないとは限らない。
その場合、また私の家族が危険な目に遭うかもしれない。
――あんなふざけたこと、二度とやらせるか。
「宝物庫でいいわ」
「は……?」
「慰謝料よ。私の家族を危険に巻き込もうとした慰謝料。この城の宝物庫の中身全て。それで手を打ってあげる」
「――ふっ、ふははははははっ!!」
国王は笑った。
心底面白そうに笑った。
それにつられたのか、高官や騎士たちも笑った。
痛いくらいの静寂に満ちていた謁見の間が、嘲笑の音で満たされた。
そして私も笑ったまま、彼らが収まるのを待った。
キトンの私に向ける気遣わしげな視線が……正直なんとも言いづらいな。大丈夫だから。別に。というか敵同士に近いんだから心配そうに見るなよ。
「はは、は……はあ。面白い冗談だな?」
笑い疲れたのか大きく息を吐き、ハンカチで眼尻を拭う国王。
「楽しそうで何よりだわ」
私はさっきと変わらぬ笑顔と態度で頷いて見せた。
「――でも冗談じゃないのよね」
そして、笑みを消した。
「私の家族の命はこの国より重い。今なら宝物庫なんてはした金で許してやるって言っているのよ。さっさと手を打て、愚図が」
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