緋の残像 伝説の殺人鬼が恋人の心の奥で蘇る

ちみあくた

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虚ろなる羊の内に 5

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 その『タナトスの使徒』のスペシャル動画は、仙台市・榴ヶ岡にある賃貸マンションの一室からネットへ流されていた。

 志賀進の動画編集室が発信元で、板張りの六畳間に臨時のスタジオをセッティング。被写体は志賀自身と田島茜だ。

 すっかりトリップ状態の茜は大柄で大人っぽく見える。

 でも、実際はまだ二十才にもなっていない、よく見るとソバカスだらけの幼顔で甲高い嬌声を上げ、男に絡みついていく。
 
 ねちっこい愛撫で応える志賀はカメラ映えを重視し、扇情的な場面を意識しながらも寸止め。性行為自体は行っていない。

 この辺が違法、適法のボーダーラインすれすれで動画投稿を続けてきた自称ユーチューバーの匙加減なのだろう。

 サイケデリックなメイク、ボディ・ペインティングを施すしなやかな肉体がロックのリズムに乗り、妖艶に蠢いた。

 激しく明滅する光の演出からして、1970年代のアングラ劇場風ダンス・パフォーマンスを気取っているらしい。
 
「サイコーだろ、オイ。お薬、キメた後は、よ」

 志賀は茜の耳元で囁き、口に含んだPCPの錠剤をキスで真紅の唇へ流し込んだ。

 とうに廃れた時代遅れの薬物とは言え、現在でもPCPは脱法ドラッグ扱いで厳しい取り締まり下にある。当然、動画に映るのはまずいのだが、カメラの死角を志賀は良く心得ていた。

 暫く連絡を寄こさないあの『旦那』も、サイトの運営は好きにやれと言ってたし、これくらいのお遊び、イイんじゃね?

 クスリの勢いで思いついた浅墓な悪ふざけを実行しつつ、己の保身を忘れない辺り、志賀の行動は矛盾に満ちているが、彼にその自覚は無い。

「もっと……もっとちょうだいよぉ」

「なら、も~っとイイ顔、サービスしな」

 笑ってのけぞる弾みに茜の足が壁を蹴り、ビデオカメラの台が大きく傾くのに志賀は気付いた。

 上に乗った茜の体を押しのけ、転落寸前の台座を掴んで、素早く位置を調整する。
 
 薬に乱れた感覚でも、男のその動作で、無意識のまま動画のネタにされていた事を悟ったらしい。

 茜は急に醒めた顔になり、

「……ススム、何、ソレ?」

 精一杯怖い顔を作って睨む。志賀の方は悪びれもしない。

「最近、サイトの更新が滞っててな。有料会員のおひねりは俺の儲けになるから、マズイじゃん、それって」

「……うん」

「でも、クライムやオカルトのネタは無い。となりゃ、こんなサービスもアリ? な~んて思ったワケ」

「こんなって、どんな?」

「バイオレンスが種切れなら、もうエロで攻めるしか」

「今の、ず~っと撮ってたンだ?」

「オフコース」

「そういうの止めてって、前、言ったよぉ。あたしに黙って撮らない。そう約束したじゃん」

「予定は未定であって、決定にあらず」

「……ざけんな!」

 ヒステリックな叫びと共に茜はキレた。半裸のまま、身の回りの物を片っ端から志賀へ投げつけ、机を蹴飛ばす。

「あ、ムチャすんな、バカ!?」

 止めるのが一足遅かった。パソコンもろとも机が倒れ、電源がソケットから抜けてビデオカメラも動きを止め……





 それなりに多くの視聴者がその時、ネットの向うで失意と驚きの溜息を漏らしていた。

 例えば陸奥大学・精神神経医学教室のパソコンでは動画のウィンドウが消失し、瞬く間にブラウザもフリーズ。

 能代臨など「あ~、1からアクセスし直すの、凄く面倒なのに!」と悲鳴を上げたが、勿論、そんな事をサイトの管理者側が知る由もない。





 数分後、ストリーミング放送を打ち切られた志賀の自室、兼、動画編集室は怒り狂う茜の手で滅茶苦茶にされていた。

「ヒドイ! ひどいよォ、ススム。顔、撮った? ネットで流しちゃったの?」

「さぁな。ちょっと位は映ったかも」

 踏みつけられたビデオカメラは勿論、自慢の編集機器が再起不能の有様になり、志賀は不貞腐れた表情を浮かべて、床に胡坐を組んでいる。

「馬鹿ッ! あたし、親に顔バレ、超NG!」

 怒りが再燃した様子で、茜はまた足元に散らばっている物を片っ端から拾い、志賀へ投げつけ始めた。

「よぉ、心配いらねぇよ。こんな夜中に会員以外は誰も見てねぇ。大体、サイトの仕掛けを解いて、お前の親が中を覗けるワケ無ぇ~じゃん」

「うるさいっ! 黙って撮ったのがムカつく!」

「ははっ、バレる、バレたら、バレうる、バレろっ、てか?」

 悪ふざけで舌を出す志賀へ床の物をあらかた投げてしまい、茜は虚ろな目で左右を見回す。

 倒れたパソコンデスクの奥、壁収納の戸棚が目に付いた。

 デスクを移動させなければ見えない位置にある隠し棚で、この時まで茜は存在も知らなかった代物だが、飛びついて開くと段ボール箱が幾つか入っている。

「あ、止せっ!」

 志賀の制止に耳を貸さず、茜は段ボール箱を持ち上げ、思いっきり床へ叩きつけた。

 中から転がり出たのは……ビニール製の赤いレインコートと、頭にすっぽりかぶるタイプの仮面だ。

 赤くて真ん丸、目の所に開いた穴へ黒みがかった透明樹脂が嵌っており、半月型の口が虚ろな笑みを象っている。

「何、コレ? きもっ!」

「オイ、触れンじゃねぇ、バカッ! ヤバいんだよ。マジで洒落になんねぇから、それだけは……」

 仮面と目が合い、二つの黒い穴に吸い込まれる気がして、茜は反射的にそれを踏んだ。

 同時に志賀の口から悲鳴が上がる。まるで自分が踏まれた様な、苦し気な息遣いで全身を震わせる。
 
 その反応を、トリップ状態の茜は「笑える」と思った。いつも上から目線で嘲笑う男へリベンジするチャンスだと。

 何度も飛び上って仮面を踏み潰した挙句、レインコートも爪先で蹴飛ばす。仮面に内蔵された小さな機械が外れ、一瞬耳障りな電子音を立てた。

 先程までの冷笑を捨て、志賀は膝で仮面へ這い寄り、子供っぽい素振りでそれを胸に抱きしめる。茜にとって、初めて見るあまりに弱々しい志賀の姿だ。

「バカじゃねぇの? ざまみろっ!」

 吐き捨て、床に落ちたままの服を着て、茜は部屋から廊下へ出て玄関へ向かう。

「神聖な……大事な仮面……怒られる、俺、あの人に……あの人が怒らルル……」

 志賀が奇声を発した直後、玄関の方からドアの開閉の音と遠ざかる足音が聞こえた。





 てるてる坊主、てる坊主、あした天気にしておくれ。

 鼻歌を口ずさみ、涙を拭う。

 ひっ、と志賀は笑った。

 笑って、壊れた赤い仮面のへこみを丁寧に内側から戻し、そっと自分の頭に被せてみた。
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