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四章:世界への旅立ち
エラトリア王国の一幕:子は親の気持ちを汲みつつ成長して、親は子を信じて離れるもんさ
しおりを挟む「あ、そこを右です!」
「だってよハリヤー」
『いい天気ね~』
はしゃぐフレーヤに苦笑しながらハリヤーの手綱を動かすと、彼女の示唆する方向へ曲がる。住宅が立ち並ぶ一角は庭付き一戸建てが並んでいて住みやすそうだなと直感的に感じる。
今日からニムロスと共に王都を出発することになっているのだがその前に親に顔を出したいというフレーヤに付き合ってここまで来たわけだな。
まだ時間があるし、後は出発するだけだから問題はねえ。
特にニムロスは途中で待ち伏せの態勢だし、俺は向こうへ帰る。
この日、ここまで魔族の侵攻は無しというのは僥倖。逆に気持ち悪ぃ気もするが考えても仕方ねえ。
まあ、あの戦闘で俺という特殊戦力に対してどう攻めるか考えあぐねているのかもしれねえが。
「ここです! お父さん、お母さんー! ただいまー!」
馬上からフレーヤが玄関へ声をかけると、慌ただしい足音と共に玄関が大きく開け放たれる。
そして玄関に少し線の細い男と、フレーヤによく似た女性が驚いた顔で見上げて話し出す。
「フ、フレーヤどうしたんだ? まさかどこか怪我でもして療養を……?」
「ちがいますよ、あなた。ほ、ほら恋人を連れて来たんじゃ……」
「ええ!? お母さん、この人は――」
「初めまして、リクと言います。娘さんにはいつもお世話になっています」
「こ、これはご丁寧に……うう、ドジだったフレーヤが大人に……」
俺が適当に挨拶をするとフレーヤが俺の足を叩きながら慌てて口を開く。
「ち、違……この人はそういうのじゃないよ!! リクさんはちょっと黙ってて! 話をしないといけないことがあるから帰って来たの」
「お話? とりあえずお外はなんだし、中へ入りましょう」
親父さんが号泣し、母親が困惑しながら俺達を家の中へ入るよう促したので、ハリヤーをその辺に繋いでフレーヤの後について行く。
全員が着席すると、最初に口を開いたのは親父さんだった。
「で、いつ結婚を?」
「だから違うんだってお父さん!? ……えっと、任務でロカリス国へ行くことになったの。だから伝えておこうと思って」
「あら……今はあんまりあちらと仲が良くないんでしょう? 大丈夫なの……? えっと、リクさんと一緒かしら?」
「ええ。正直、危険な任務です。申し訳ないですが大事な娘さんをお預かりさせてもらいます」
俺は頭を下げてそう告げると両親は顔を見合わせてなにやら考え、少し間を置いてから口を開く。
「……騎士を辞めることはできないのかしら……」
「お母さん?」
「隣国に行くともなればもしかしたら捕まって酷い目に合うかもしれないし、戦争になったら殺し合いだ。魔物退治くらいならいいんだが、心配だってことだよ」
「お父さん……」
なんとなく事情を察したらしい両親が渋い顔でそんなことを口にする。フレーヤは困惑しているが、娘がわざわざ危険なことをしようとしているのは見過ごせないわな。
「だ、大丈夫だって。というかこれも仕事だし、辞めるなんてできないよ。もう戦いは始まろうとしているんだし」
「戦争がか……? ならばなおのこと行かせたくないな……」
「ええ!?」
「今からでも城に戻って辞められないか聞いてこようじゃないか」
「そ、それは迷惑だよ、もう準備しているのに」
他に子供が居ないのでフレーヤがもし死んでしまったら悲しいどころの騒ぎじゃないと少し怒って口を開く親父さん。
「ならまた作れば……痛っ!?」
「馬鹿なことを言うな!!」
フレーヤはまた子供を産めば、みたいなことを言って頬を叩かれた。若いから子供はまたできるだろうが、死んだらまた産めばいい、なんて簡単な話じゃねえ。フレーヤはこの世にただ一人、かけがえのない娘なんだからな。
親父さんがフレーヤの横に立って腕を掴むと、半泣き顔で俺と親父さん達を見比べて助け船を所望する。
まあ、どっちでもいいんだが、フレーヤが居ることは俺にとってもメリットになるし、こいつの意思は尊重したい。それにこの任務を越えたら一回り剥けるか、すっぱり辞めるかになるだろうしな。
「まあまあ親父さん、フレーヤはご両親を守るため騎士になったと聞いています。こういう戦争が始まった時に守れるように騎士になったって言ってましたぜ。真面目に修行もしているし、ここは娘さんを信じてみては如何でしょうかね。
騎士を辞めるにゃ相応の手続きが必要なんで、戦争準備が始まった今、敵前逃亡とか難癖をつけられて処刑……なんてこともあるかも?」
「う、うーむ……」
「それは……」
まあこの国がそうなのかは知らんけど。
有り得そうな話としては信憑性があるため、両親は青い顔で口をつぐむ。
そこで俺がフレーヤに目配せをすると、意図を理解したのか弁明を始めた。
「そ、そうよ。敵を前に逃げたら先に殺されちゃうもの。……それに、みんな、お父さんとお母さんの為に私は戦うって決めてた。だから止められても行くよ!」
手を振り払い椅子から立ち上がるフレーヤ。
フレーヤは心配している両親の手前気まずそうではあるが、両親は仕事だと思えば止めるのも難しいとは思っているようだ。
「覚悟はできているのね?」
「……うん!」
母親の言葉に大きく頷く。
そして今度は俺に顔を向けて話し出した。
「リクさん、申し訳ありませんがこの子をよろしくお願いします。無茶をしないよう見ていてください」
「……ったく、まさか重要そうな任務につくとは思わんかったよ。仕方ねえ。でもな、危なくなったら逃げろよ。騎士だろうがなんだろうが死ぬより不名誉なことはねえ。俺達に孫を見せずに死ぬのだけはやめてくれ」
腕組みをしてため息を吐く親父さんはやけにあっさり承諾し、真面目な顔でフレーヤの頭に手を乗せてそう告げる。
「お父さん……うん!」
「ま、娘さんは無事に帰せるように尽力しますんで、安心してください」
「ほう、頼もしいな。よし、娘は任せた」
「なんかニュアンスが違う気がするよお父さん!?」
と、簡単な挨拶とはいかなかったが、理解のある両親で良かったんじゃねえかと思う。
まあ『辞めさせる』方向にシフトする親は少なくない。女の子ってのもある。
だけど、娘の気持ちを尊重して送り出すと決めたこの両親は強いし、覚悟している。
というのもさっきのやり取りはフレーヤの覚悟を見ていたんじゃねえかな?
逆にそこで辞めると言えばそれはそれで叱責したような気がする。『やり始めたことを途中で投げ出すな』ってな・
そういう奴らは嫌いじゃねえ。
まあ、こいつを危険な目に合わせるつもりはねえけどな。
フレーヤは役に立ってもらう予定だからそこだけ注意か。
少しだけ今の生活についてお互い話した後、俺がニムロスが待っていると促して外へ。
「それじゃ今度こそ行ってきます!」
「気を付けるのよ」
「リクさん、頼むよ。……本気で」
「分かってますよ。そんじゃ、次は酒でも飲みましょうや」
「おお、いいなそれ! 無事で帰って来いよ、二人ともな!」
ゆっくりとハリヤ―が歩き出し、ニムロスが待つ門へと向かう。
ちょっとした寄り道だったが、フレーヤの顔つきが変わったので良かったのかもしれない。
リーチェが居るというのもあるが、旅行気分って感じもあったから気が引き締まった。
「まったく、心配性なんですから」
「いい親御さんじゃねえか。戻ったら別の親孝行を考えたらどうだ?」
「うーん、ちょっとだけ考えておきます」
「今回は俺が全力で守ってやるが、帰ってきたらそうはいかねえからな」
俺が目を細めてそう言うと『なにかあったら責任とってもらいますから!』なんてぬかしやがった。
そこへずっと隠れていたリーチェが俺の肩に乗ってフレーヤと話し出す。
『いい人見つけて退役が良さそうだけど、騎士でいい人いないの?』
「隊長はかっこいいですけど彼女がいますしねえ――」
と、女子トークが始まったので俺は意識を二人から外して前を見る。
……さて、あちらさんの動きはどうかねえ? ずっと連絡とってなかったし、国境を抜けて野営をしたら電話してみるか。
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