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第百四十五話 町と三人は今、というもの
しおりを挟む「ぷはー! 父ちゃんおかわり! うぃー」
「オレンジジュースで酔っぱらいの真似すんなよアニー。ほら、おかわり」
「ひっく、ありがと。んぐんぐ……。ぷはー」
ここはウルカの住んでいたキルケの町。その食堂兼酒場で、アニーはやさぐれていた。一番大好きだったウルカが旅立ってから早半月。
日を追うごとにアニーの目がどんどん濁っていき、暇なときはこうやって父親にオレンジジュースを注文して絡む。
お客さんが多くいる忙しい時は部屋に戻るので、いい子なのか分からないなと父親は苦笑する。
「外で遊んで来たらどうだ?」
「ウルカ君いないもん……。ステラちゃんとお兄ちゃんは学校でまだ帰ってこないもん」
「あー……」
アニーの言う通りウルカが行ってしまうと同時に友人二人も学校へ入学したため、少なくとも放課後までアニーは一人なのだ。
四歳から五年間、四人でずっと遊んでいたり訓練をしていたためいつも楽しそうに出かけていた。
しかし今はそんな光景が嘘のようにテーブルでやさぐれる娘。
マスターである父親は頭を掻きながらどうするかと肩を竦めていると、アニーの母親が厨房から顔を出す。
「あら、またアニーはオレンジジュース?」
「うむ。美味しいでござる」
「なんだそりゃ? 掃除、終わったのか」
「ええ。うーん、アニーちゃんなかなか戻らないわね」
「ま、好きな男は旅立ったし、学校も一年遅れだからな。今までの生活を考えると面白くねえだろ」
父親がそう答えると、母親が腕組みをしながら目を瞑り首を傾ける。少し考えた後、アニーのところへ行って肩に手を置いた。
「あんまりジュースばかり飲んでいるとクマさんみたいに太っちゃうわよ? そんなアニーちゃんを見たらウルカ君がどう思うかしら?」
「え……」
「出会った時にパパみたいに太っている人なら気にならないかもしれないけど、アニーちゃんは小さくて可愛いじゃない?」
「えへー」
母親の言葉に頬が緩むアニー。だが、すぐに母親は真顔になって目を合わせて言う。
「でも、そんなアニーちゃんがぷくぷくになったら……。例えばウルカ君がパパみたいになっていたらどうする?」
「……」
「おい、そんな目で見るなアニー!?」
嫌だと言わなかったのはアニーの優しさか。
それはともかく、母親の言いたいことに気づいたアニーはまだ残っているオレンジジュースをスッと遠ざけて頷く。
「わたし、また訓練するの!」
「うんうん、それでこそアニーちゃんよ♪ でもお勉強も魔法も上手くなったから……」
「?」
顎に指を当てて思案する母親を見上げるアニー。そこで手を合わせていい案だと母親が口を開いた。
「そうだ、お料理をしましょう! 次に会った時、手料理を出すと喜ばれるわよ」
「そうなのー?」
「ああ、男ってのはそういうものだぞ」
「ならやるー! でも作ったら食べないといけないよ。クマになっちゃう……」
「それはパパが食べてくれるから」
「そっか。もう大きいもんね!」
「ええー……」
父親はそう呟きながらも可愛い娘のために仕方ないかと頭を掻いていた。そこでアニーがじっと父親を見た後に呟く。
「ママはどうして父ちゃんと結婚したのー? 大きいのに」
「ふふ、それはね……」
「うん……!」
「内緒よ♪ 大きくなったら教えてあげるけど、多分、分かるわ」
「ううー。分かった! あ、ステラちゃんとお兄ちゃんにも食べてもらってもいいかも」
それはいい案ねと母親がアニーの頭を撫でながら立ち上がらせると厨房へと向かっていく。
「……とりあえず料理に飽きるまではってところか。一緒に連れて行かせても良かったんだが、アニーは我慢することを覚えないといけないからな――」
両親の教育方針でウルカと一緒に行かせなかったことを吐露する父親。ウルカのおかげでもあるが、なんでも思い通りになってしまうためウルカのせいで、という部分もあったからだ。
学校へ通うようになればまた変わるだろう。この一年をなんとかしようと思うのであった。
◆ ◇ ◆
「ねえ、ステラちゃんって丘の上にある屋敷の子と付き合っているって本当?」
「ん。その通り。ウルカ君は婚約者」
「きゃー! 貴族のお坊ちゃんとの恋愛……いいなあ!」
「ふふん」
アニーがやさぐれから復活していたころ、学校ではステラが他の女子に囲まれていた。ギルドマスターの娘である彼女は入学と同時に注目され、母親譲りの容姿も整っているため人が集まってくるのだ。
「ふん、彼女を置いて行ったヤツなんてどうせ向こうで女を作っているっての」
「なによコウ君」
「私のことが好きだからってそういう言い方は良くない」
「な!? ち、ちがわい!?」
「そもそも、私は懐が大きいから作っていても問題ない。すでにアニーとバスレさんという仲間がいる」
「な……!?」
にやりと相変わらず目だけ笑っておらず口元だけ動かすステラの言葉に、コウという男子生徒が驚愕する。平民であれば経済的に一夫一婦が普通だからだ。
「凄い魔法も使えるんでしょ? 昔、池のプールってやつ見たわ」
「うん。彼は凄い」
「くそ、オレだって……」
コウという男子が歯をギリギリさせながら呟いていると、ステラを呼ぶ声が聞こえてくる。
「おーい、ステラ。教科書貸してくれ」
「「きゃー!」」
「フォルド。また忘れたの」
教室へ入ってきたのはフォルドだった。彼は身長も少し伸び、ウルカ達との訓練で体つきも良く、顔も悪くない。そのため女生徒から人気があったりする。
「ああ、寝坊して忘れたんだ!」
「元気に言うことじゃ無いけど。ファナに愛想をつかされるわよ」
そう言いながらステラは教科書を渡す。同じクラスのファナは友人で、よく話す。
「サンキュー! 後で返すぜ!」
「ああ、カッコイイわフォルド君……」
「ケッ、どうせ見た目だけだろ!」
「あら。フォルドは恐らくこの学校でもほぼ最強よ? ウルカ君のお兄さんたちには負けるけど、いいところまで行くって言われてた」
「兄達……?」
「ギルバードさんとロイドさん。五年前の卒業せいでトップだった二人よ」
「……!?」
「すごーい!」
コウは背にしていた壁からずり落ち、なんだこの二人はと胸中で呟いていた。そんな中で、さらに驚愕のことが起こる。
「ステラちゃんいる?」
「あれ、ママ?」
「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!! ま、まさか、英雄リンダさんんんんんんんん!」」」」
ひょっこり顔を出したのは鎧に身を包んだステラの母、リンダだった。
「どうしたの? お仕事は?」
「今からよ。お弁当を忘れてたから持って来たの」
「あ、本当。ありがとうママ」
「うんうん、みんな、うちの子をよろしくね!」
そういってクラスメイトにウインクをして手を振るとそのまま立ち去っていく。知らぬものはいない最強の冒険者を目の前にしてみんなが呆然としている中――
「くっ……またピーマンが……ママめ、帰ったらお仕置き」
娘が苦い顔で母に復讐を誓っていた。
ちなみにコウはリンダを見て尻もちをついて口をパクパクさせていた。
そんな調子で二人の学校生活はそんな感じで平穏そのものだった――
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