ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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 果歩は前に孝太郎を家まで送った時に春を見たことがある。孝太郎が、それがですね、とスマホの待受画面をそっと見せる。そこには最近の春の写真が待受に設定されていた。果歩は、あら、と声を上げた。

「垢抜けたわね! かわいい~! ご飯連れてったげたーい」

「果歩さん!」

「冗談よ。でもずいぶん変わったわね。これなら心配するのもわかるわ……モテそう」

 孝太郎が両手で顔を覆った。

「おれが改造してしまいました……」

 果歩が、あはは、と笑った。

「やだ。笑える。自爆してるじゃない」

「本人が身だしなみをちょっと気にしてたので……でも思ってたよりかっこよくなりすぎちゃって……正直あの、モテてきてるんです。外で2人で歩いていると女性からの視線を感じるし……」

 果歩は足を組み替え、呆れたように言った。

「いや、それ惚れた贔屓目よ。客観的に見たらあんたの方がだいぶとかっこいいんだからね。その子も垢抜けたけど、あんたの方がいい男よ」

「そんなの言ってくれるの果歩さんだけですよ……! おれ、店でもあんまり人気ないのに」

「それはあんたがゲイだって初回で自己紹介するからでしょーが!」

 そう言って果歩は孝太郎の頭をチョップした。

「でも指名になったら指名替え、少ないんじゃない」

「それは、はい、そうです」

「孝太郎が魅力的だからよ。顔がいいだけじゃなくて気遣い細やかだし、マメだし。今どき便箋で手紙くれる子なんていないわよ」

「それは、だってゲイなのにおれを選んでくれたからおれも大事にしたくて……」

 不器用ねぇ、と果歩は呆れたように笑った。

「ゲイ隠して色恋営業したらもっと楽に売れるのに」

「それはしたくありません。そんなの、申し訳ないじゃないですか。胸が痛みます」

「誠実なのは孝太郎のいいところだけど、誠実じゃない人ほど売れる世界よ」

 そこまで言って、ふふ、と果歩は笑った。

「前にちょっと言ってたけど、もうホストやめて飲食やれば? 顔いいしご飯美味しいし喋れるし、たぶんいけるわよ。夜の世界で出来た人脈もそこそこあるでしょう? 餌付けされてる指名客はみんな行くだろうし」

「……ですかねぇ……うーん」

 内勤が孝太郎の他の指名客が来たことを知らせに来たので果歩は、お会計して、と孝太郎に言った。

「ありがとうございます。あ、今日お渡ししたのタコライスのお肉なので、トマトとレタスとチーズかけて食べてくださいね。タコミートは冷凍できるので」

「ふふ。いつもありがとう。これスパイス効いてて美味しいのよね。もう次の子のところ行っていいわ。またね」

「はい。ありがとうございます!」

 孝太郎は深々と頭を下げ、自分の頬を張って気合を入れ直してから、次のテーブルに向かった。





―……ガチャン、とドアの開く音で春は薄っすらと目が覚めた。孝太郎が帰ってきたのか、と思いつつ寝ぼけまなこで微睡む。冷蔵庫が開く音がして、その後シャワーの音が聞こえてきた。水音を聞きながらうつらうつらしていたら、次はドライヤーの音。次は料理の音が聞こえると思いきや、違った。かけ布団の端をそっとめくられ、孝太郎が身体を滑り込ませてきた。初めての展開にびっくりした春が目を開いたら、孝太郎と目があった。

「あ……ごめんなさい、びっくりさせちゃいましたか」

 そう言ってベッドから出ようとする孝太郎の服を掴み、春は引き留めた。

「いえ、その、ここ孝太郎くんのベッドですし」

 付き合ってから、孝太郎はいつでも部屋に来ていいしお腹すいたら作り置き食べていいですからね、と留守中でも家の鍵を開けっ放しにしている。それゆえに春は不在時にも来ていて、今日のように孝太郎のベッドで寝ているのも珍しくなかった。

「どうぞ」

 そう春に促されて孝太郎はベッドに横になる。シングルベッドは男2人で横になるといっぱいで、孝太郎はギリギリ春と触れないところに横になっているがもう、あと数センチで触れてしまう距離だ。

「ごめんなさい、もしかして邪魔ですか」

 そう言って起き上がろうとした春に孝太郎は慌てて、違います、と言った。

「邪魔なわけないです。むしろ……春さんがおれの部屋にいてくれて嬉しくて……その、少し近くにいたくて……」

 そうは言ったが春と近くで目が合うと、孝太郎は寝返りを打って春に背を向ける。そして背を向けたままぎこちなく孝太郎は尋ねた。

「……夜ごはん昨日何食べました?」

「タコライスですよ。仕事行く前にわざわざぼくのためにご飯炊いててくれたでしょう。めちゃくちゃ美味しかった……ミニトマトとレタスとチーズもちゃんと自分で乗っけられましたよ」

 話しながら春は、孝太郎の背中にぐいぐいと甘えるように頭を押し付けた。

「あ、あ、あの……」

 声を上擦らせる孝太郎に春が、ふ、と笑った。

「緊張してくれてるんですか。孝太郎くんの心臓、すごい音します」

「だって……そんなん緊張するに決まってるやないですか……」

 よかった、と春が嬉しそうな声を出した。

「実は少し……悩んでたんです。孝太郎くんがぼくに告白したの後悔してるんじゃないかって」

 孝太郎は振り返り、急いで否定した。

「そんなのあるわけないじゃないですか!!」

「だって……付き合ってから全然近くにきてくれなかったじゃないですか。キスも……あれ以来してないし。ぼく……やっぱりキス下手でしたか? あの……どうすればいいか言ってくれたら、直します」

「いや、そんな、そんなことないです。絶対、無いです」

 ベッドの中で春がじっと孝太郎を見つめると、孝太郎から口づけられた。かき抱くように引き寄せられ、何度もキスをされる。孝太郎は言った。

「不安にさせてごめんなさい。おれ、緊張してて……春さんに触って嫌がられるのが怖くて」

「嫌がるわけないじゃないですか」

 抱き合っていると頭がぼうっとしてきて、身体が熱い。春がじっとしていたらいきなり孝太郎はが、すみません! と勢いよく後退りベッドから転がり落ちるように離れた。

「変なことはしませんから、あの、誤解しないで下さい。する気ないです!! おれ春さんがノンケなのわかってます、ちゃんと弁えてますから!」

 変なこと、とはセックスの事だろう。春は、でも、と不思議そうに聞いた。

「告白のときはプラトニックは無理だって言ってたのに」

「ッあれは……その……キス、とか抱きしめたりもしたいって意味で……でもああいう言い方したら変に聞こえますよね。すみません」

 ご飯作りますね、と言って立ち上がった孝太郎が冷蔵庫を開ける。上機嫌な孝太郎の背中を見ながら春は自身の火照る頬をおさえた。後々セックスをすると思っていたのは自分だけだったのか、と恥ずかしくなった。






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