44 / 47
業
しおりを挟む
時貞は集中治療室におり、家族以外は中には入れないと山田が言う。しかし病室内が見える窓から様子が窺えるからと、山田はヒロトをその場所へと連れて行った。
ヒロトがガラス張りのはめ殺しの窓から病室を見ると、ベッドに横たわる時貞には沢山の管が装着されている。その横でピーピーと無機質な機械音を流す装置があり、その状況から時貞が重篤なのだと理解出来た。
圧倒的なオーラを纏い、身体が大きく迫力がある時貞が、意識無く包帯を巻かれてベッドに横たわる姿は衝撃的だった。ヒロトはグッと唇を噛みしめて涙を堪える。
「誰にやられたんだ……?」
「あんまり大きな声じゃ言えねえがな。敵対勢力と見せかけての身内の犯行だ……。組内で大きな勢力争いが起きてる。組長は若頭補佐側についてるからな。きっと……若頭側の犯行だ!」
怒りに震える山田は「クソッ」と声を上げてしまい、近くで片付けをしていた看護婦に睨まれる。ヒロトはガラス越しに時貞をジッと見つめ、その場から暫く離れる事をしなかったのだった。
****
「ねえ、啓二はXXの歌が大好きね……。どうしてかしら? 私があの歌を歌うと嬉しそうな顔をして眠るのよ」
「さあ……。お前の声が良い声だからじゃないか?」
幸せそうな夫婦の声が時貞の耳に届く。
時貞は身体を動かそうとするが鉛の様に重く、一ミリも動かない。しかし情景は目の前に広がっており、そこには若い男女が笑顔で自分を上から見下ろしている。
(母さん……! 父さん!)
もちろん、時貞は声を出せない。そんな時貞は身体を震わせて泣くのだ、小さな赤子のように。
「あらあら。啓二が泣いちゃった。ふふふ、じゃあ、あの歌を歌ってあげる」
時貞の母が時貞を抱き上げて気持ちよさそうに歌を歌い出す。母の腕の中にすっぽりと収まる時貞は、どうやら赤子のようだった。
大声で泣いていた筈の時貞は、スッと泣き止み落ち着いた顔をして眠りに落ちる。そんな時貞をベビーベッドに戻す母は、「生きなさい……」と時貞に向かって囁くのだった。
****
ピクリと動く時貞の手。その手の上に白くて長い指が絡められる。その指には厳ついシルバーの指輪が何個も嵌められていた。
ビクビクと震える時貞の瞼は、ゆっくりと開いていく。
時貞の耳が徐々に機能し、美しい歌声を脳に届け始める。
「……ひ、ひろ……と?」
「おはよう、時貞……」
美しい歌声を奏でていた唇は歌を歌うのを止め、少し震えた声を出している。時貞がヒロトの方に視線を向けると、ヒロトが歯を食いしばるように嗚咽を堪えているのが見えたのだった。
弾丸の摘出手術後、時貞の意識は戻らなかったが、容態が少し安定していたので個室に移されていたのだ。個室になってからはヒロトも病室内に入れたので、ヒロトは時貞にずっと付き添っていた。世間ではヒロトは失踪扱いになり、大々的にワイドショーで報じられていたが、病院にいる限りプライバシーは守られていた。
一部の病院関係者しかヒロトが時貞の病室に居ることを知らない。ヒロトは時貞の側に付いて離れなかったので、時貞の個室にて付き添い入院を許可してもらっていたのだ。もちろん、病院としても病院を出たり入ったりたりされて、マスコミに騒がれるのを避けたかったのが大きい。
意識の戻らない時貞の側に付いてずっと歌を歌うヒロトに、医師も看護婦も文句を言えなかった。寧ろ時貞の容態が更に安定してくるので、止めることはしなかったのだ。
「ど、どれぐらい……、俺は入院して……る」
「二週間ちょっとぐらいかな……」
「そうか……」
時貞は何度力を込めても身体が動かせない。ようやくヒロトが触っている指を少し動かせるぐらいだった。その少しの動きでヒロトの指の感触を何度も確かめる時貞。ヒロトは「くすぐったい」と静かに笑い出す。
時貞の意識が戻った事をヒロトは看護婦に告げ、医師が慌てて飛んでくる。時貞は医師と看護婦に囲まれて検査を始められた。ヒロトは買い物に出ていた山田に電話を掛け、時貞の意識が戻った事を泣きながら伝えるのだ。
医師の検査の結果、時貞の足は後遺症をもたらす可能性があるという。過去の古傷の悪化と今回の狙撃の銃弾が神経に傷を付けており、リハビリをすれば自力で歩けるようにはなるが、以前の様には動かないだろうというものだった。
その説明を受けている間、時貞はショックを受けるでもなく無表情で聞いていた。反対にヒロトの方がショックを受けて唖然としていたのだ。
「杖が必要になるかもしれません……。もちろん、リハビリによって随分と回復する見込みも無くはないですよ」
時貞を慰めるように説明する医師だったが、表情は暗かったのだった。それが意味するのは決して明るい未来ではない。
「そうですか……。まあ、自分の身体ですから、どうなっているのかは理解出来ています。これも業です……」
時貞の落ち着いた声は病室に響き、医師達は何も言えないのだった。
ヒロトがガラス張りのはめ殺しの窓から病室を見ると、ベッドに横たわる時貞には沢山の管が装着されている。その横でピーピーと無機質な機械音を流す装置があり、その状況から時貞が重篤なのだと理解出来た。
圧倒的なオーラを纏い、身体が大きく迫力がある時貞が、意識無く包帯を巻かれてベッドに横たわる姿は衝撃的だった。ヒロトはグッと唇を噛みしめて涙を堪える。
「誰にやられたんだ……?」
「あんまり大きな声じゃ言えねえがな。敵対勢力と見せかけての身内の犯行だ……。組内で大きな勢力争いが起きてる。組長は若頭補佐側についてるからな。きっと……若頭側の犯行だ!」
怒りに震える山田は「クソッ」と声を上げてしまい、近くで片付けをしていた看護婦に睨まれる。ヒロトはガラス越しに時貞をジッと見つめ、その場から暫く離れる事をしなかったのだった。
****
「ねえ、啓二はXXの歌が大好きね……。どうしてかしら? 私があの歌を歌うと嬉しそうな顔をして眠るのよ」
「さあ……。お前の声が良い声だからじゃないか?」
幸せそうな夫婦の声が時貞の耳に届く。
時貞は身体を動かそうとするが鉛の様に重く、一ミリも動かない。しかし情景は目の前に広がっており、そこには若い男女が笑顔で自分を上から見下ろしている。
(母さん……! 父さん!)
もちろん、時貞は声を出せない。そんな時貞は身体を震わせて泣くのだ、小さな赤子のように。
「あらあら。啓二が泣いちゃった。ふふふ、じゃあ、あの歌を歌ってあげる」
時貞の母が時貞を抱き上げて気持ちよさそうに歌を歌い出す。母の腕の中にすっぽりと収まる時貞は、どうやら赤子のようだった。
大声で泣いていた筈の時貞は、スッと泣き止み落ち着いた顔をして眠りに落ちる。そんな時貞をベビーベッドに戻す母は、「生きなさい……」と時貞に向かって囁くのだった。
****
ピクリと動く時貞の手。その手の上に白くて長い指が絡められる。その指には厳ついシルバーの指輪が何個も嵌められていた。
ビクビクと震える時貞の瞼は、ゆっくりと開いていく。
時貞の耳が徐々に機能し、美しい歌声を脳に届け始める。
「……ひ、ひろ……と?」
「おはよう、時貞……」
美しい歌声を奏でていた唇は歌を歌うのを止め、少し震えた声を出している。時貞がヒロトの方に視線を向けると、ヒロトが歯を食いしばるように嗚咽を堪えているのが見えたのだった。
弾丸の摘出手術後、時貞の意識は戻らなかったが、容態が少し安定していたので個室に移されていたのだ。個室になってからはヒロトも病室内に入れたので、ヒロトは時貞にずっと付き添っていた。世間ではヒロトは失踪扱いになり、大々的にワイドショーで報じられていたが、病院にいる限りプライバシーは守られていた。
一部の病院関係者しかヒロトが時貞の病室に居ることを知らない。ヒロトは時貞の側に付いて離れなかったので、時貞の個室にて付き添い入院を許可してもらっていたのだ。もちろん、病院としても病院を出たり入ったりたりされて、マスコミに騒がれるのを避けたかったのが大きい。
意識の戻らない時貞の側に付いてずっと歌を歌うヒロトに、医師も看護婦も文句を言えなかった。寧ろ時貞の容態が更に安定してくるので、止めることはしなかったのだ。
「ど、どれぐらい……、俺は入院して……る」
「二週間ちょっとぐらいかな……」
「そうか……」
時貞は何度力を込めても身体が動かせない。ようやくヒロトが触っている指を少し動かせるぐらいだった。その少しの動きでヒロトの指の感触を何度も確かめる時貞。ヒロトは「くすぐったい」と静かに笑い出す。
時貞の意識が戻った事をヒロトは看護婦に告げ、医師が慌てて飛んでくる。時貞は医師と看護婦に囲まれて検査を始められた。ヒロトは買い物に出ていた山田に電話を掛け、時貞の意識が戻った事を泣きながら伝えるのだ。
医師の検査の結果、時貞の足は後遺症をもたらす可能性があるという。過去の古傷の悪化と今回の狙撃の銃弾が神経に傷を付けており、リハビリをすれば自力で歩けるようにはなるが、以前の様には動かないだろうというものだった。
その説明を受けている間、時貞はショックを受けるでもなく無表情で聞いていた。反対にヒロトの方がショックを受けて唖然としていたのだ。
「杖が必要になるかもしれません……。もちろん、リハビリによって随分と回復する見込みも無くはないですよ」
時貞を慰めるように説明する医師だったが、表情は暗かったのだった。それが意味するのは決して明るい未来ではない。
「そうですか……。まあ、自分の身体ですから、どうなっているのかは理解出来ています。これも業です……」
時貞の落ち着いた声は病室に響き、医師達は何も言えないのだった。
1
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
学園一のスパダリが義兄兼恋人になりました
すいかちゃん
BL
母親の再婚により、名門リーディア家の一員となったユウト。憧れの先輩・セージュが義兄となり喜ぶ。だが、セージュの態度は冷たくて「兄弟になりたくなかった」とまで言われてしまう。おまけに、そんなセージュの部屋で暮らす事になり…。
第二話「兄と呼べない理由」
セージュがなぜユウトに冷たい態度をとるのかがここで明かされます。
第三話「恋人として」は、9月1日(月)の更新となります。
躊躇いながらもセージュの恋人になったユウト。触れられたりキスされるとドキドキしてしまい…。
そして、セージュはユウトに恋をした日を回想します。
第四話「誘惑」
セージュと親しいセシリアという少女の存在がユウトの心をざわつかせます。
愛される自信が持てないユウトを、セージュは洗面所で…。
第五話「月夜の口づけ」
セレストア祭の夜。ユウトはある人物からセージュとの恋を反対され…という話です。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!
汀
BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる