やがて、紅(くれない)は罰になる

藍アキラ

文字の大きさ
17 / 34
第1章

第16話『冬の人』

しおりを挟む
 新人の俺たち二人は、狭土さんと鳥獣管理官の大山津おおやまづさんから基礎知識を叩き込まれた。知ってることも多かったから、するする頭に入っていく。

「さて、おおよそは分かったか? それじゃ今日は最後に、お待ちかねの初体験! 
 おめえらの狩衣かりぎぬと《意識交換》を始める、こっちついて来い」

日が傾く前に告げられて、動物たちが飼育されている厩舎きゅうしゃへ向かうことになった途端。
局中に尋常じゃない音量の警報が鳴った。

いつものんびりした大山津おおやまづさんが見たことも無いほど硬い表情になり、

「!? ……これ、殺人の……!?」

狼狽ろうばいするより一拍早く、柚芽ゆめが席から離して置いていた、支給されたばかりの刀へ手を伸ばしている。俺は衝撃で動けなかったのに。

「オレから離れるな」

狭土さづちさんの指示通り三人ともが近くに寄ると、緊急の連絡用端末が鳴った。朔摩さくま義兄にいさんからだった。

[狭土、厩舎で多斗おおとが殺害された。犯人は刀を奪い、《境界門》へと逃走している]
多斗おおとが!? ウチの……鳥獣管理官が!?]

殴られたような衝撃が走る。殺人。刀。境界門。

(姉さん………姉さんの、姉さんと、同じ……)

[お前は待機だ。その場の封鎖を徹底し、応戦の準備もしておけ。
 大山津おおやまづさんをそのまま保護しろ。何人か寄越すが、念のために開錠はしなくていい]

[…………了解です。き、境界門って、まさか]

くれない柚芽ゆめもいるな?狭土さづちは強い。自分を守ることに集中しろ]

無駄がなく、一切の質問が許されない通信はすぐに切れた。
呆然としていると、柚芽に「くれない!? 大丈夫だから、私がいるから!」と声をかけられて我に返る。

「大丈夫。ごめん、心配かけた。何があっても、お前のことは俺が守るから……」

返事をすれば、必死の形相だった柚芽ゆめがいつもの顔に戻って俺もホッとする。情けない、しっかりしろ。

(境界門に逃げているってことは、少なくともこっちに来る可能性は無さそうだな)

もちろん陽動の可能性もあるけど……と考えていると、紙のように白い顔をした狭土さんが低い声で何か言っている。

「多斗……アイツ、そんな簡単にやられない………。境界門。境界門。う、ウソだろ」
「さ、狭土さん? あの」
「───この部屋は、出入り口が一つだけだ。窓も、無い」
「?」
「悪い、机で障害物作って、三人で居てくれ。俺……やっぱ行かないと……」

言うや否や外へ駆け出してしまった。まずい、色んな意味で。

義兄にいさんの性格上、この命令違反は絶対許さない──!)

「ち、ちょっと待って下さい!」

慌てて後を追う俺と、付いてくる柚芽ゆめ大山津おおやまづさん。
東区は警報を受けてあらゆる家の戸が締め切られ、水を打ったように静まり返っていた。
そこを全速力で走り抜け、境界門につく頃には俺も大山津さんも酸欠で死にそうだったのに。
柚芽は……最初こそ息を切らしていたけど、既に整いつつある。どういう体してるんだ…?

そして秩序保全局のほとんどの人数が集まっているであろう場──。そこには。

返り血にまみれた妙齢の女性が、立っていた。その細身には刀があまりにも不似合いで。
はかなげな風情でありながら、傍らには大量に出血している男性がいる。おそらく《境界門》の見張りだろう。

◆◆◆◆

 女性はごく明るい声色で──ああ、正気ではないと悟る。
酷く乱れた髪、着物はまるで襲われた側のように崩れ、微笑みは優しい。

「あら、狭土さづちさん。こんにちは」
若草わかくささん…………」

背中からでも分かるほど、先輩は悲しんでいる。真っ赤な女性に応える声も弱々しい。

「ねえ、一緒にお願いして下さらない? わたしの体に、あの人を移してほしいって」
「若草さん、それは無理だと」
「出来るわ。私が覚えているのだもの」
「……………」

そういう、ことか。
朔摩義兄さんや彦名司令が話していた「冬に死んでしまった人」。
若草さんと呼ばれた彼女は、近しい存在だったんだろう。

狩衣かりぎぬ──動物の身体は、人間体と《意識交換》して操作する。
その状態で命を落とせば、元の体には獣の意識だけが残り……脳死扱い。
機材に保存されたわずかな記憶を移しても、廃人しか生まれない。だから安楽死させられる。

しとやかな様子で続ける女性は、義兄にいさんへ視線を向けた。

朔摩さくまさん……あなた。相変わらず少年のように見えるのに、傲慢で酷い人ね? 
 生きているあの人を火葬するなんて」
「投降しろ。人質を放せ」

取り付く島もない、というのはこういうことだろう。それは互いに。

「…………もう嫌。話にならない。わたし、探してきますから」
「動くな」

熱の無い声で、朔摩義兄さんはまたしても短く言う。
この人が傷つかないはずがない。同情していないはずもない。
彼こそ愛する人を失った辛さで、今もあまり眠れないのに。

(それにしても探すって何を? この場で? ……って、まさか……!?)

ハッと気づいたその瞬間。固く閉ざされているはずの《境界門》が悠々と開いた。有り得ないだろ、そう驚く時間さえ無く。
間髪入れずに女性は飛び出す。誰も止められない。全員が立ち尽くすのみだった。

「あの人が見つかったら! 約束ですよお、元に戻してくださるって!」

晴れやかな高い声で叫ぶ。その音は幸せそうにひびき、木霊こだまする。
そしてすぐさま焼かれたのだろう、悲鳴さえ無かった。ぷぅんと漂ってくる匂いは肉の焦げた、脂を乗せたそれで………。胃酸がせり上がるのを飲み込んだ。

里の付近も巡回しているのであろう機械生命体が、人類を見逃すはずはない。それはこの世界の誰もが知っている、揺るぎのない事実。

なのに彼女は……いやそれよりも。何が彼女の背を押したのか。
気付けば隣にいた親友と、顔を見合わせていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...