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第1章
第16話『冬の人』
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新人の俺たち二人は、狭土さんと鳥獣管理官の大山津さんから基礎知識を叩き込まれた。知ってることも多かったから、するする頭に入っていく。
「さて、おおよそは分かったか? それじゃ今日は最後に、お待ちかねの初体験!
おめえらの狩衣と《意識交換》を始める、こっちついて来い」
日が傾く前に告げられて、動物たちが飼育されている厩舎へ向かうことになった途端。
局中に尋常じゃない音量の警報が鳴った。
いつものんびりした大山津さんが見たことも無いほど硬い表情になり、
「!? ……これ、殺人の……!?」
と狼狽するより一拍早く、柚芽が席から離して置いていた、支給されたばかりの刀へ手を伸ばしている。俺は衝撃で動けなかったのに。
「オレから離れるな」
狭土さんの指示通り三人ともが近くに寄ると、緊急の連絡用端末が鳴った。朔摩義兄さんからだった。
[狭土、厩舎で多斗が殺害された。犯人は刀を奪い、《境界門》へと逃走している]
[多斗が!? ウチの……鳥獣管理官が!?]
殴られたような衝撃が走る。殺人。刀。境界門。
(姉さん………姉さんの、姉さんと、同じ……)
[お前は待機だ。その場の封鎖を徹底し、応戦の準備もしておけ。
大山津さんをそのまま保護しろ。何人か寄越すが、念のために開錠はしなくていい]
[…………了解です。き、境界門って、まさか]
[紅、柚芽もいるな?狭土は強い。自分を守ることに集中しろ]
無駄がなく、一切の質問が許されない通信はすぐに切れた。
呆然としていると、柚芽に「紅!? 大丈夫だから、私がいるから!」と声をかけられて我に返る。
「大丈夫。ごめん、心配かけた。何があっても、お前のことは俺が守るから……」
返事をすれば、必死の形相だった柚芽がいつもの顔に戻って俺もホッとする。情けない、しっかりしろ。
(境界門に逃げているってことは、少なくともこっちに来る可能性は無さそうだな)
もちろん陽動の可能性もあるけど……と考えていると、紙のように白い顔をした狭土さんが低い声で何か言っている。
「多斗……アイツ、そんな簡単にやられない………。境界門。境界門。う、ウソだろ」
「さ、狭土さん? あの」
「───この部屋は、出入り口が一つだけだ。窓も、無い」
「?」
「悪い、机で障害物作って、三人で居てくれ。俺……やっぱ行かないと……」
言うや否や外へ駆け出してしまった。まずい、色んな意味で。
(義兄さんの性格上、この命令違反は絶対許さない──!)
「ち、ちょっと待って下さい!」
慌てて後を追う俺と、付いてくる柚芽、大山津さん。
東区は警報を受けてあらゆる家の戸が締め切られ、水を打ったように静まり返っていた。
そこを全速力で走り抜け、境界門につく頃には俺も大山津さんも酸欠で死にそうだったのに。
柚芽は……最初こそ息を切らしていたけど、既に整いつつある。どういう体してるんだ…?
そして秩序保全局のほとんどの人数が集まっているであろう場──。そこには。
返り血に塗れた妙齢の女性が、立っていた。その細身には刀があまりにも不似合いで。
儚げな風情でありながら、傍らには大量に出血している男性がいる。おそらく《境界門》の見張りだろう。
◆◆◆◆
女性はごく明るい声色で──ああ、正気ではないと悟る。
酷く乱れた髪、着物はまるで襲われた側のように崩れ、微笑みは優しい。
「あら、狭土さん。こんにちは」
「若草さん…………」
背中からでも分かるほど、先輩は悲しんでいる。真っ赤な女性に応える声も弱々しい。
「ねえ、一緒にお願いして下さらない? わたしの体に、あの人を移してほしいって」
「若草さん、それは無理だと」
「出来るわ。私が覚えているのだもの」
「……………」
そういう、ことか。
朔摩義兄さんや彦名司令が話していた「冬に死んでしまった人」。
若草さんと呼ばれた彼女は、近しい存在だったんだろう。
狩衣──動物の身体は、人間体と《意識交換》して操作する。
その状態で命を落とせば、元の体には獣の意識だけが残り……脳死扱い。
機材に保存された僅かな記憶を移しても、廃人しか生まれない。だから安楽死させられる。
しとやかな様子で続ける女性は、義兄さんへ視線を向けた。
「朔摩さん……あなた。相変わらず少年のように見えるのに、傲慢で酷い人ね?
生きているあの人を火葬するなんて」
「投降しろ。人質を放せ」
取り付く島もない、というのはこういうことだろう。それは互いに。
「…………もう嫌。話にならない。わたし、探してきますから」
「動くな」
熱の無い声で、朔摩義兄さんはまたしても短く言う。
この人が傷つかないはずがない。同情していないはずもない。
彼こそ愛する人を失った辛さで、今もあまり眠れないのに。
(それにしても探すって何を? この場で? ……って、まさか……!?)
ハッと気づいたその瞬間。固く閉ざされているはずの《境界門》が悠々と開いた。有り得ないだろ、そう驚く時間さえ無く。
間髪入れずに女性は飛び出す。誰も止められない。全員が立ち尽くすのみだった。
「あの人が見つかったら! 約束ですよお、元に戻してくださるって!」
晴れやかな高い声で叫ぶ。その音は幸せそうに響き、木霊する。
そしてすぐさま焼かれたのだろう、悲鳴さえ無かった。ぷぅんと漂ってくる匂いは肉の焦げた、脂を乗せたそれで………。胃酸がせり上がるのを飲み込んだ。
里の付近も巡回しているのであろう機械生命体が、人類を見逃すはずはない。それはこの世界の誰もが知っている、揺るぎのない事実。
なのに彼女は……いやそれよりも。何が彼女の背を押したのか。
気付けば隣にいた親友と、顔を見合わせていた。
「さて、おおよそは分かったか? それじゃ今日は最後に、お待ちかねの初体験!
おめえらの狩衣と《意識交換》を始める、こっちついて来い」
日が傾く前に告げられて、動物たちが飼育されている厩舎へ向かうことになった途端。
局中に尋常じゃない音量の警報が鳴った。
いつものんびりした大山津さんが見たことも無いほど硬い表情になり、
「!? ……これ、殺人の……!?」
と狼狽するより一拍早く、柚芽が席から離して置いていた、支給されたばかりの刀へ手を伸ばしている。俺は衝撃で動けなかったのに。
「オレから離れるな」
狭土さんの指示通り三人ともが近くに寄ると、緊急の連絡用端末が鳴った。朔摩義兄さんからだった。
[狭土、厩舎で多斗が殺害された。犯人は刀を奪い、《境界門》へと逃走している]
[多斗が!? ウチの……鳥獣管理官が!?]
殴られたような衝撃が走る。殺人。刀。境界門。
(姉さん………姉さんの、姉さんと、同じ……)
[お前は待機だ。その場の封鎖を徹底し、応戦の準備もしておけ。
大山津さんをそのまま保護しろ。何人か寄越すが、念のために開錠はしなくていい]
[…………了解です。き、境界門って、まさか]
[紅、柚芽もいるな?狭土は強い。自分を守ることに集中しろ]
無駄がなく、一切の質問が許されない通信はすぐに切れた。
呆然としていると、柚芽に「紅!? 大丈夫だから、私がいるから!」と声をかけられて我に返る。
「大丈夫。ごめん、心配かけた。何があっても、お前のことは俺が守るから……」
返事をすれば、必死の形相だった柚芽がいつもの顔に戻って俺もホッとする。情けない、しっかりしろ。
(境界門に逃げているってことは、少なくともこっちに来る可能性は無さそうだな)
もちろん陽動の可能性もあるけど……と考えていると、紙のように白い顔をした狭土さんが低い声で何か言っている。
「多斗……アイツ、そんな簡単にやられない………。境界門。境界門。う、ウソだろ」
「さ、狭土さん? あの」
「───この部屋は、出入り口が一つだけだ。窓も、無い」
「?」
「悪い、机で障害物作って、三人で居てくれ。俺……やっぱ行かないと……」
言うや否や外へ駆け出してしまった。まずい、色んな意味で。
(義兄さんの性格上、この命令違反は絶対許さない──!)
「ち、ちょっと待って下さい!」
慌てて後を追う俺と、付いてくる柚芽、大山津さん。
東区は警報を受けてあらゆる家の戸が締め切られ、水を打ったように静まり返っていた。
そこを全速力で走り抜け、境界門につく頃には俺も大山津さんも酸欠で死にそうだったのに。
柚芽は……最初こそ息を切らしていたけど、既に整いつつある。どういう体してるんだ…?
そして秩序保全局のほとんどの人数が集まっているであろう場──。そこには。
返り血に塗れた妙齢の女性が、立っていた。その細身には刀があまりにも不似合いで。
儚げな風情でありながら、傍らには大量に出血している男性がいる。おそらく《境界門》の見張りだろう。
◆◆◆◆
女性はごく明るい声色で──ああ、正気ではないと悟る。
酷く乱れた髪、着物はまるで襲われた側のように崩れ、微笑みは優しい。
「あら、狭土さん。こんにちは」
「若草さん…………」
背中からでも分かるほど、先輩は悲しんでいる。真っ赤な女性に応える声も弱々しい。
「ねえ、一緒にお願いして下さらない? わたしの体に、あの人を移してほしいって」
「若草さん、それは無理だと」
「出来るわ。私が覚えているのだもの」
「……………」
そういう、ことか。
朔摩義兄さんや彦名司令が話していた「冬に死んでしまった人」。
若草さんと呼ばれた彼女は、近しい存在だったんだろう。
狩衣──動物の身体は、人間体と《意識交換》して操作する。
その状態で命を落とせば、元の体には獣の意識だけが残り……脳死扱い。
機材に保存された僅かな記憶を移しても、廃人しか生まれない。だから安楽死させられる。
しとやかな様子で続ける女性は、義兄さんへ視線を向けた。
「朔摩さん……あなた。相変わらず少年のように見えるのに、傲慢で酷い人ね?
生きているあの人を火葬するなんて」
「投降しろ。人質を放せ」
取り付く島もない、というのはこういうことだろう。それは互いに。
「…………もう嫌。話にならない。わたし、探してきますから」
「動くな」
熱の無い声で、朔摩義兄さんはまたしても短く言う。
この人が傷つかないはずがない。同情していないはずもない。
彼こそ愛する人を失った辛さで、今もあまり眠れないのに。
(それにしても探すって何を? この場で? ……って、まさか……!?)
ハッと気づいたその瞬間。固く閉ざされているはずの《境界門》が悠々と開いた。有り得ないだろ、そう驚く時間さえ無く。
間髪入れずに女性は飛び出す。誰も止められない。全員が立ち尽くすのみだった。
「あの人が見つかったら! 約束ですよお、元に戻してくださるって!」
晴れやかな高い声で叫ぶ。その音は幸せそうに響き、木霊する。
そしてすぐさま焼かれたのだろう、悲鳴さえ無かった。ぷぅんと漂ってくる匂いは肉の焦げた、脂を乗せたそれで………。胃酸がせり上がるのを飲み込んだ。
里の付近も巡回しているのであろう機械生命体が、人類を見逃すはずはない。それはこの世界の誰もが知っている、揺るぎのない事実。
なのに彼女は……いやそれよりも。何が彼女の背を押したのか。
気付けば隣にいた親友と、顔を見合わせていた。
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