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第1章
第21話『すぐに死ね』
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なぜかベルフェゴールは何も言わなくなった。唐突に反応しなくなった俺を、からかったり脅したりすると思ったのに。
ベッドで肩肘をつきながら大人しく『ラツィエルの書』を眺めているその姿は──黒づくめで簡素な衣装ということもあって、やたらと顔の方にばかり意識が行く。
(コイツ………哀しんでる……? いや、まさかな………何の頁を見ているんだ?)
つい一瞬気を取られたが、いやいや。俺はそれどころじゃなかったと思い直した。
◆◆◆◆
紙は劣化しやすい。最大の敵は湿気だ。
地上時代から数百年経っているらしい現在まで、読める状態であるものは──。
やたら頑丈な箱で密封されていたり、たまたま乾燥剤が入っていたり。
つまりは奇跡的な状況で、見つかる時はまとまってることが多い。
おそらく因果関係があるのだろう、紙でそういう条件を満たしているのは、本というより《契約書》が多かった。
白梅姉さんが初めて俺に贈ってくれたものは、フクロウ関係じゃない。
「地上にしかない本がほしい」と無茶なおねだりをした結果──。
姉さんは手持ちの特別引換券をすべて使って、地上の品でもまったく人気の無い《契約書》を大量に入手。
それを束にして、「少なくとも地下にはない本よ?」と言い張った。
当然、おさな心に「そんなバカな」と困惑。
そこに並ぶのは、「甲と乙がどうこう」という、大人にとっても難しいであろう文章や知らない単語。
なのにも関わらず、大切な姉を傷つけまいと健気にも楽しそうに読むフリをしているうちに──なんとなくだけど、その中心を理解した。
《契約》とはつまり、「信頼を言語化し、固定する」ということなのだ。
人の心は本来縛れない。しかし、疑ったままでは何も進まない。
そこで生まれたのであろう発明こそが《契約》。
これはすごいことだ。だって、自分より強大な相手だって、条件つきだけど………縛れるのだから。
◆◆◆◆
(それにしても。俺はどうして、こんなに高揚しているんだろう。
………追い詰められているから? いや、最初からこの状況を………!)
認めちゃダメだ、絶対にそっちは良くない───思考を振り切るように切り出す。
「なあ」
「! っうん!?」
悪魔はどうやら、うたた寝していたらしい。こんな短時間でも、魔力とやらを節約したいのか。
「契約って、もちろん俺にも条件出す権利あるよな? 一部でいい、前払いしろ」
「───へぇ?」
「他にもある。お前が今まで俺に言ったことに、一つでも嘘があったら契約は即時破棄させろ。
それと同時に異世界へ帰れ。二度と戻らず、当然代わりも寄越すな。お前が防げ」
「……………」
相手は一切表情を変えずに、穏やかな顔で俺を見つめてきた。
この横長の瞳孔が一番嫌いなのだと、ようやく思い至る。
「最後に、これは絶対譲れない。この世界の人類に手を出すな。
かすり傷ひとつでもお前がつけたら、すぐに死ね」
「…………ふふ。僕ら悪魔は概念みたいなものだからぁ、死ぬっていうのは無理~」
俺が睨みつけると、ベルフェゴールは実に愉しそうに言う。
「さっきの二つ目。言うの、ちょっと早かったかもねぇ?
特別に《契約成立時までに言ったことで嘘があったら~》って内容にマケたげるっ」
───確かに。「今まで」だと、さっきの俺の発言以降は、嘘をついても大丈夫になってしまう。
契約とは言葉のワナを引っ掛け合うものらしいのに……分かってはいたけど、経験が足りなさ過ぎる。
◆◆◆◆
白梅姉さんにもらった束の種類は多岐に渡っていたが、やたら片方にだけ有利じゃないか?というものが含まれていた。
色々と理由はあるんだろうけど……契約の交渉に失敗すると、恐ろしいことになりそうだ、と感じていたものだ。
俺は読書家なだけで、別に大して賢くない。……所詮、あの母親の子供だし。
朔摩義兄さんのような冷静さも、八兼のようなカンのよさも、柚芽のような才覚も持ってない。でも。
《必要なものは支給され、環境は美しく整備され、病気や怪我も無償で治してもらえて、犯罪もほとんど無い》──。
地上時代よりも完璧な世界を支えているのは、教主様が管理している人工知能だ。
この世界には、契約書内でよく見る「弁護士」だとか「裁判所」だとか、そういう存在もすべて無い。
互いを縛るほどの契約だって、《結婚》くらいしか存在しない。
あんな束を眺めて育った俺だって、実際にはそういう未知のものをよく分かっていない。
里の誰であっても、契約なんてきっと上手くは交渉できないはずだ。
(それなのに──こんな役回りを、今すぐ誰に代わってもらえって言うんだよ?)
美しい地上に戻れるとか、愛する姉さんが生き返るとか、「喪ったものを取り戻す」ことが、どうでもいいってワケじゃない。
それでも俺が一番守りたいのは、この現実………今を生きている里のみんな。とりわけ朔摩義兄さんと八兼、柚芽の三人だ。
この男は俺が見つけてしまった。──いや、俺が見つけられてしまった。
だから責任を取って、この《悪魔》という概念を契約で縛る。たとえ命に代えてでも。
ベッドで肩肘をつきながら大人しく『ラツィエルの書』を眺めているその姿は──黒づくめで簡素な衣装ということもあって、やたらと顔の方にばかり意識が行く。
(コイツ………哀しんでる……? いや、まさかな………何の頁を見ているんだ?)
つい一瞬気を取られたが、いやいや。俺はそれどころじゃなかったと思い直した。
◆◆◆◆
紙は劣化しやすい。最大の敵は湿気だ。
地上時代から数百年経っているらしい現在まで、読める状態であるものは──。
やたら頑丈な箱で密封されていたり、たまたま乾燥剤が入っていたり。
つまりは奇跡的な状況で、見つかる時はまとまってることが多い。
おそらく因果関係があるのだろう、紙でそういう条件を満たしているのは、本というより《契約書》が多かった。
白梅姉さんが初めて俺に贈ってくれたものは、フクロウ関係じゃない。
「地上にしかない本がほしい」と無茶なおねだりをした結果──。
姉さんは手持ちの特別引換券をすべて使って、地上の品でもまったく人気の無い《契約書》を大量に入手。
それを束にして、「少なくとも地下にはない本よ?」と言い張った。
当然、おさな心に「そんなバカな」と困惑。
そこに並ぶのは、「甲と乙がどうこう」という、大人にとっても難しいであろう文章や知らない単語。
なのにも関わらず、大切な姉を傷つけまいと健気にも楽しそうに読むフリをしているうちに──なんとなくだけど、その中心を理解した。
《契約》とはつまり、「信頼を言語化し、固定する」ということなのだ。
人の心は本来縛れない。しかし、疑ったままでは何も進まない。
そこで生まれたのであろう発明こそが《契約》。
これはすごいことだ。だって、自分より強大な相手だって、条件つきだけど………縛れるのだから。
◆◆◆◆
(それにしても。俺はどうして、こんなに高揚しているんだろう。
………追い詰められているから? いや、最初からこの状況を………!)
認めちゃダメだ、絶対にそっちは良くない───思考を振り切るように切り出す。
「なあ」
「! っうん!?」
悪魔はどうやら、うたた寝していたらしい。こんな短時間でも、魔力とやらを節約したいのか。
「契約って、もちろん俺にも条件出す権利あるよな? 一部でいい、前払いしろ」
「───へぇ?」
「他にもある。お前が今まで俺に言ったことに、一つでも嘘があったら契約は即時破棄させろ。
それと同時に異世界へ帰れ。二度と戻らず、当然代わりも寄越すな。お前が防げ」
「……………」
相手は一切表情を変えずに、穏やかな顔で俺を見つめてきた。
この横長の瞳孔が一番嫌いなのだと、ようやく思い至る。
「最後に、これは絶対譲れない。この世界の人類に手を出すな。
かすり傷ひとつでもお前がつけたら、すぐに死ね」
「…………ふふ。僕ら悪魔は概念みたいなものだからぁ、死ぬっていうのは無理~」
俺が睨みつけると、ベルフェゴールは実に愉しそうに言う。
「さっきの二つ目。言うの、ちょっと早かったかもねぇ?
特別に《契約成立時までに言ったことで嘘があったら~》って内容にマケたげるっ」
───確かに。「今まで」だと、さっきの俺の発言以降は、嘘をついても大丈夫になってしまう。
契約とは言葉のワナを引っ掛け合うものらしいのに……分かってはいたけど、経験が足りなさ過ぎる。
◆◆◆◆
白梅姉さんにもらった束の種類は多岐に渡っていたが、やたら片方にだけ有利じゃないか?というものが含まれていた。
色々と理由はあるんだろうけど……契約の交渉に失敗すると、恐ろしいことになりそうだ、と感じていたものだ。
俺は読書家なだけで、別に大して賢くない。……所詮、あの母親の子供だし。
朔摩義兄さんのような冷静さも、八兼のようなカンのよさも、柚芽のような才覚も持ってない。でも。
《必要なものは支給され、環境は美しく整備され、病気や怪我も無償で治してもらえて、犯罪もほとんど無い》──。
地上時代よりも完璧な世界を支えているのは、教主様が管理している人工知能だ。
この世界には、契約書内でよく見る「弁護士」だとか「裁判所」だとか、そういう存在もすべて無い。
互いを縛るほどの契約だって、《結婚》くらいしか存在しない。
あんな束を眺めて育った俺だって、実際にはそういう未知のものをよく分かっていない。
里の誰であっても、契約なんてきっと上手くは交渉できないはずだ。
(それなのに──こんな役回りを、今すぐ誰に代わってもらえって言うんだよ?)
美しい地上に戻れるとか、愛する姉さんが生き返るとか、「喪ったものを取り戻す」ことが、どうでもいいってワケじゃない。
それでも俺が一番守りたいのは、この現実………今を生きている里のみんな。とりわけ朔摩義兄さんと八兼、柚芽の三人だ。
この男は俺が見つけてしまった。──いや、俺が見つけられてしまった。
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