やがて、紅(くれない)は罰になる

藍アキラ

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第1章

第22話『交渉開始』

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 幸い書くものを持っていたので、手元の本の表紙を外して、その裏側に契約書の下書きをした。
「条件書き出すから待ってろ」という指示に従って、ベルフェゴールは大人しく眠っている。

(うーん、こんなところかな?)

待ってろと言ったのは俺だけど、安らかな寝顔をされると忌々しい。
寝台に蹴りを入れて、悪魔に声をかける。

「おい起きろ。こんな感じでどうだ」
「──ん~…おはよ。やっと出来たのぉ? ──……っていやいや!? 
 なんなの『業務委託契約書』って! こ、甲と乙……? 文字多い! 法務か!?」

起きるなり、まったくやかましい。小言はまだ続く。

「ぼくが考えてた契約って、カッコよくてシンプル──分かりやすくて、かつファンタジーっぽいやつ。異世界モノでよくありそうなやつ!」

意味の分からない言葉を並べられて、若干イラつく。

「曖昧なのは良くない。紛争の原因になる」
「…………くれないくんが真面目なのは、分かってたけど。
 きみの足元にあるの無さって、こういうトコなのぉ……?」

いや、契約書ってこういうものかと思ってただけで。白梅姉さんがくれた束は、もっと難解で長ったらしいぞ?

悪魔はブツブツと「業務って……業務って……どうなの」と言いながらも、きちんと目を通し始めた。

「はいはい、この世界──《高天原たかまがはら》の人間とぉ、きみらの住んでるトコの機械にイタズラするな、ってことね。了解~」

(ここはまあむだろうと思ってたけど………良かった………)

絶対条件が通ったことに心底ホッとしたけど、表情には出さない。
悪魔は自分の頬を指でつつきながら、読み込んでいる。

「でもさぁ。《人類に対する一切の危害》を禁じられると、ぼく何にも出来なくなっちゃうよぉ。
 たとえば、キャー、悪魔さんカッコいい! 付き合って! ってお願いをぼくが断って……相手が精神的な苦痛を訴えてきたらアウトなの?」

「他の例えは無いのか……」

無いから安心しろよと言いたいものの、たしかにコイツの見た目は悪くない。
そんな趣味の悪い人がいたら、全身全霊で止めるけど。

「だから身体的危害だけにしてよぉ。ぼくの世界じゃハラスメント……嫌がらせの定義って難問なの。
 ハラスメントされたハラスメント、すなわちハラハラってのが」
「分かった、分かったよ」

まあ言わんとする所は理解できるので、次をうながす。

「ん~……。きみ自身にも制限と罰則、かけてくれたんだねぇ?」
「書かなくても、お前が追加するだけだろうしな」
「まあそうね、秘密保持は必要だよぉ。契約のこと、誰にも言ってほしくないもん~。
 ムダにめて面倒めんどいことになるぅ」

ふんふんと言いながら、

「きみが違反したら死ぬまでぼくの奴隷になること、
 自分で科しちゃうなんて……ふふ、かわいいね~」

と、ベルフェゴールは俺の下書きをヒラヒラさせて、気持ちの悪いことを言う。

(もちろん抵抗あるけど……。こっちの要求を通すためなんだよ。
 違反しなければいいし。さすがにそこまでバカじゃない)

「……………とっても、よく出来てると思うよぉ。ぼく、ほんとに感心しちゃった。
 こっちが付け加えなきゃいけないのは、委託業務内容のトコかな。
 機械生命体を破壊するための補助って、具体的に何なのか、決めないとねぇ」

「そうだな。お前の肩もむことまで補助って言われたら、死にたくなるし」

心の底から同意する。

「う、うん…? じゃあ僕が《おねがい》って言って、それが目的のために必要だって、くれないくん自身が納得したらやる、っていうので……どう?」
「何一つ納得しそうにないけど、それでいいのか? お前の世界を救うとかも、何ならまだ納得してない」

言ってなかったっけ?
申し訳ないけど、現実に触れ合えるとも思えない、いるかも確信できない人たちのために、危ない橋を渡る気は無かった。

「………え、えっとね。そういうのは魔法で、判断することができるので……。
 きみの心が納得したら発動するように設定しておけるのぉ……」
「じゃあそれで。ただ当たり前だけど、俺に危険が及ぶ内容はダメだからな」

あっさり返事すると、悪魔は寝台で足をフラフラさせながら、「面倒めんどくないのは君のイイトコだねぇ」と苦笑いをした。

さらに言うには、

「──あとさ、ここだけ修正させて! 
 手付料……前払いが『ラツィエルの書』の項目語を100個よめるっていうのは多すぎない!? 
 こういうのは相場で3つまでって、決まってるのぉ!」

やっぱりソコは突っ込まれたか。でもあえて。

「相場なんて知るか」
「いやいや、本好きなくれないくんが、この読書にハマったら業務すすまないでしょ」

お前も業務って言ってるじゃんか。それはさておき、反論は考えてある。

「あのな。『ラツィエルの書』は、ほとんど全知なんだよな? それって、ページ数どれくらいだ?」
「………えっと…」

口の減らない悪魔がたじろいでいる。

「ほとんど無限じゃないか? 
 お前が気にする相場ってやつだと、前払いは報酬に対して何割だよ?」
「……何をすることへの報酬かによっても、だいぶバラつきがあるよぉ~…」

コイツを予定通りの会話に持っていけるのは、なかなか気分がいい。

「機械生命体を根絶するなんて、達成できるかどうか分からない。
 それの補助って、いわゆる弁護士みたいな成果報酬型に近いんじゃないか?」
「う、うん……。そうかもぉ?」

俺はさらに畳みかける。

「その場合の相場はどうだ。1割か? 2割か? 
 ───分かってると思うけど、契約したいなら嘘つくな」
「うぅ……それで大体合ってると思うよぉ。絶対的ではないけど……」
「じゃあ100個って、そんなにおかしな要望か? 俺は万に増やしてもいいけど」

そう矢継ぎ早に言い放てば、悪魔はしどろもどろになっている。

(よし、想定通り! この前払い分で、有用な情報を集めまくりたい。このまま押し切る……!)

ほくそ笑んでいると、悪魔は言った。

「────そもそも、僕が前払いに応じないって選択肢だって、あるよねぇ?」
「!」
「このままずっと、交渉つづけるぅ? 
 落としどころってやつを見つける方が、お互いのためにイイんじゃない?」
「………………」

そう、結局こっちは不利なんだ。人間や機械に何かされたら困るのは、俺の方。
相手が自分より強大であるならば、悔しくても受け入れないといけないことが発生するのが、契約なんだろう。
例の束の、やたらと不利な契約書も、きっとこういう状況だったんじゃないか。

反論できない俺に気を良くしたベルフェゴールは、絶妙な譲歩をしてくる。

「ふふっ。僕ね、前払い自体はそんなにイヤじゃないんだよぉ。
 だって、こんなに若い子が頑張って出したアイディアなんだもん。
 んであげるのが年上の度量ってものでしょ?」

(何が度量だよ! 大体いくつだよ!?)

やたらと輝いている金髪が目にうるさい。猫なで声が耳障りだ。

「………3つはヤダって言うならぁ、8つ。これでどう?」
「………そこは10って言うとこだろ。もう、それでいい」

俺が言えるのは、そこまでだった。

(──クソッ、値切られるのは分かってたけど、百って欲張りすぎだったか。
 やっぱり圧倒的に経験が足りてない……!)

それでも絶対に、みんなは俺が守ってみせる。
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