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カイルの場合。【5】

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「カイル! ごめんなさいね、待たせたかしら?」
 
 マデリーンが王宮の公務エリアの建物から現れ、俺を見つけると笑顔になり、早足でやって来た。
 
 本当に笑顔も可愛いのに何でこんなに動きまで可愛いのか。
 
「いや、単に俺が休みなだけだから。
 ──今回は服を買いたいって言ってたよね?」
 
 俺と並んで馬車に歩きながら、マデリーンに尋ねた。
 
「そうなの。ほら、ウチの国は働く女性が余所より多いから動きやすい服はとても多くて、それはそれで助かる部分もあるのだけど、可愛らしい服とかはやっぱりこっちの方が沢山あるものね」
 
 それ以上可愛くなってどうするんだ。
 今だって他の男の視界に入れるのすら不愉快なのに、フワフワのスカートだの、フリフリのワンピースだの、襲ってくれと言うようなものじゃないか。
 
 今のキュロットとシンプルかつ上品なブラウスに厚手のジャケットもとても可愛いのに。充分女性らしい。
 マデリーンが可愛いから正直言えば何を着てたっていいんだけど。
 

 馬車に乗り込み、町の中心地に向かいながら、とにかく肌の露出は出来る限り少ないものを勧めようと俺は誓った。
 
 
 
 
 ◇  ◇  ◇
 
 
 
 
「今回はちょっと買い込み過ぎたわ……でも私好みの可愛い服が沢山あって嬉しかったわ!
 まあ貯金が大分目減りしたけど、おばさんになってからじゃ着られないものね。
 ……それでも部屋着のリーシャおば様にも敵いそうにないけれど」
 
 頬を上気させ、幸せそうに大きな袋を3つもが抱えてるマデリーンから袋を奪う。
 
 
 マデリーンはウチの母をとても素晴らしいもののように誤解しているが、メンタル弱くてすぐオイチャンになるし、アズキの肉球を揉みながら、
 
「オイチャンにそんなに愛敬振りまいてどうすんだい。
 オヤツ目当て? オヤツ目当てかい?
 もう、悪女だねえ。ま、そんなとこも好きだけど」
 
 とか言いながら干した鳥のササミを裂いて与えてたり、よれっよれの袖口にインクがついたような仕事着でソファーで丸まっている所をルーシーに捕獲され、
 
「まだ終わってませんわようリーシャ様……あと2ページ終わったら、お好きな温めのロイヤルミルクティーお淹れしますからね。そしたら寝ましょうねえ」
 
「描いた線が2重に見える……もう無理ぽ……」
 
 と抗いながらもずりずりと仕事部屋に引きずり込まれていたりと、結構残念な所も多々あるのだ。
 
 表に出るときは父の評判が悪くならないように愛想を振り撒いてそこらじゅうの男を軒並みノックアウトさせてるが、外面と内面があれほど違う人も珍しい。
 家族は家の中にいる母が一番好きだが、社交的にそうも言って居られないのだろう。
 
 
 
「ほら重いだろう? 持つよ」
 
「いいわよ、だって全部自分の買い物だもの!カイルには付き合ってもらっただけで有り難いわ」
 
「でも両手で荷物持ってたら手が繋げないだろう?
 俺なら片手で持てるから」
 
 ニッコリ笑いかけると、何故かマデリーンが顔を真っ赤にした。
 マデリーン止めてそういうの可愛すぎるから。
 
 でも、手を繋ぐとかのレベルでこういう反応をされてしまうと、父やヒューイおじさんのところで相談していたあれやこれやはとても実行に移せそうにないな。
 
 しかし、マデリーンは顔は赤いままだが、
 
「……そうね、婚約者だもの。手を繋ぐとか当たり前よね!」
 
 と俺の手をきゅっと握って、
 
「ねえカイル、せっかくだからもう少しゆっくりしてからシャインベック家に戻らない?」
 
 とはにかみながらも積極的な反応が帰って来た。
 
「俺も同じ事を言おうと思ってたんだ」
 
 
 手を握り返した俺は、
 
(……荷物が邪魔だな。先に馬車で持って帰ってもらって、後でアレックに迎えに来て貰えばいいか)
 
 と馬車へ向かって歩き出した。
 
 
 
 
 ◇  ◇  ◇
 
 
 
 
 そして、荷物をアレックに託して身軽になった後で、マデリーンの手を握ったまま、俺たちはパブに入った。
 
「一杯ぐらいワインかシャンパンでも飲んで行こうよ。少し冷えるし暖まる」
 
「そうね」
 
 夕食の時に飲む位は成人してから時々やっている。
 マデリーンの国は成人は20歳だがアルコールは18歳からOKだ。
 
 ここのパブは町の裏通りに2年ほど前に出来た。
 前に1度友人と数回入った事があるが、物静かな年配のマスターと更に物静かな30代そこそこ位のオールバックのお兄さんがいる、落ち着いた感じの店だった。
 
 こちらから話しかけなければ穏やかにグラスを拭いていたり、注文をさばいている。
 邪魔をしない雰囲気が気に入っている。
 
 カウンターに座り、マデリーンはシャンパンカクテル、俺は赤ワインと小腹が空いたのでチーズの盛り合わせを頼み、マデリーンと雑談を交わす。
 

 シャンパンでほんのり頬を染めたマデリーンは、コロコロと良く笑い、いつもより距離感が近い気がする。
 
 ムード作りには、こういう大人の時間も大切かも知れないなあと思っていると、入口の扉が少し乱暴に開く音がして振り返った。
 
 かなり酒の入った若い男が3人、笑い声を上げながら
 
「マスター、俺ビールねえ」
「俺も。あとチョリソーあったら頼む」
「俺はウオッカのソーダ割ね」
 
 一気に穏やかな雰囲気がガヤガヤ騒がしくなり、そろそろ出るか、とマデリーンに目配せしスツールから降り、マスターに会計を頼む。
 
「……おー、お兄さん超イケメンじゃん!
 もういっちゃうの? 彼女と一緒にこっちで飲もうよう」
 
 3人のうちガタイのいいアゴヒゲを生やした男が俺たちを手招きした。
 
「すみません、予定があるので……」
 
「そんなこと言わないでさあ。いや近くで見たらマジでイケメンだな。いやもうお兄さんならそこらの姉ちゃんより全然いいな」
 
 ……アゴヒゲの人は男性もイケる口らしい。
 残念ながら俺は男性には興味ないし、女性もマデリーンにしか興味ない。

「ははは、それはどうも」
 
 会計を済ませて店を出る。
 
「ごめんね、なんか最後やかましくなって」
 
 マデリーンに謝ると、
 
「別にカイルのせいじゃないもの。さ、それじゃリーシャおば様の美味しい手料理を食べに戻りましょうか」
 
「……そうだね」
 
 せっかくいい感じだったのに、あの酔っ払いたちのせいで台無しだ。
 俺は内心ムカムカしながら、馬車溜まりの方へマデリーンと向かう。
 
 
「ヘーイおにーさーん、おねえさーん」
 
 表通りに向かって角を曲がると、聞き覚えのある声がした。俺は少しため息をついて振り返る。
 やはりさっきの3人組だ。
 
「つれないじゃーん。奢るから飲もうよー」
 
「待たせてる人間もいますのですみませんが」
 
「あ、恋人が心配? 大丈夫、俺もコイツらもどっちかっていうとスリムな方が好きだし、むしろお兄さんの方が興味あるから。あ、不安なら先に帰ってもらう?
 全然いいよーそれで」
 
 いや、全然良くねーし俺全く興味ないんだけど。
 酒癖悪いなあ全く。腕触るな気色悪い。
 
「……アナタたち、人の婚約者にむやみやたらに触らないでくれるかしら? 予定があるって言ってるのだからまた3人で楽しく飲めば良いでしょう?」
 
 あ、マデリーンがご機嫌斜めになった。
 
「るせーよブス! こんな美人な兄さん滅多に見ないんだからよ。より酒も美味くなろうってもんだろうが」
 
「巨乳で騙くらかして捕まえたのか知らねえけど、正直お姉ちゃんには勿体ねーぞ。ほらとっとと帰りな」
 
「もっと痩せて美人になってから出直せ。そしたら酒の相手位はしてやっから。兄ちゃん借りるぜ」
 
 小柄なイタチ顔の男がマデリーンを突き飛ばした。
 マデリーンは後ろによろけるが、だてに鍛えてないので転ぶことなく踏みとどまった。
 
 
 ぷちっ。
 頭の中で何かが切れる音がした。
 
 
 こいつら人が大人しくしてれば付けあがりやがって。
 巨乳で騙くらかして? まだ触ったことすらねえよ。
 
 ブスだと? どっからどう見ても可愛いだろうが。
 可愛さと気品と凛々しさが同居する素晴らしい神の奇跡のようなマデリーンにブスだと?
 
「──俺の女をブス呼ばわりしてんじゃねえクソ野郎が。お前らの100万倍は可愛いぞマデリーンは」
 
 地を這うような低い声が出た。
 そのままイタチ顔の男の襟を掴み持ち上げる。
 
「くっ、苦しっ……」
 
「おいテメエざけんなよっ」
 
 バタバタ暴れるイタチ男を見て、もう1人の目付きの悪い男がポケットからフォールディングナイフを取り出し、刃を出して構えた。
 
「すぐソイツを下ろせ! でないと……」
 
「でないと、何かしらね?」
 
 ナイフ男の背後に回ったマデリーンが脚を蹴り、膝をついたところでナイフを取り上げ後ろ手に掴みあげた。
 
「ぎゃっ! バカ、デブ女! あだだだっ」
 
「いやあね、レディに下品極まりないわ。
 ちなみにアナタよりは割と頭はいいと思うわよ」
 
 男2人が戦闘不能になるまで1分もかからなかった。
 
 アゴヒゲ男は呆然としていたが、ハッと気を取り直して俺に頭を下げた。
 
「済まない! 酔っ払ってたんだ。引き上げるから許してくれ」
 
「ご冗談を。ミヌーエ国の次期女王陛下への暴言と暴行をそのまま済ませられる訳ないでしょ。
 詰め所に引き渡すんで、きっちり絞られて牢屋生活よろ。何年で出られるかなー」
 
「み、ミヌーエ国次期女王陛下!?」
 
 目を限界まで見開いて驚愕といった表情をしてマデリーンを見たアゴヒゲ男も捕縛紐で後ろ手にくくって、残り2人と一繋ぎにして近くの詰め所に向かった。
 
 休みでも捕縛紐は職業病で必ず持っているのだが、使ったのは今回が初めてだった。持ってて良かった。
 
 
 顔見知りの騎士団の人間が詰めていたので事情を説明し、後を任せ俺たちはさっさと退散した。
 
 
 
 
 
「本当にごめん、マデリーン! 危険な目に遇わせてしまった……俺がパブになんか誘ったから……」
 
 馬車に向かう前に、公園があったので立ち寄り、マデリーンに謝罪した。
 
「本当に怪我はないのか?」
 
「大丈夫。ふふっ、予想外だったわね、カイル目的とは。まあでも予想は出来たかしらね。
 カイルは素敵だもの」
 
 面白そうにクスクスと笑うマデリーンに情けない気持ちになる。
 
「あいつらもっとぶん殴ってやれば良かった……あっ」
 
 俺はマデリーンの肩を掴んだ。
 男が突いた肩の辺りが少し赤くなっていた。
 
「ほら、赤くなっちゃってるじゃないか!
 やっぱりあの男もう2、3発殴って来──」
 
「止めてよカイル。全然痛くないわ。
 それより、私、嬉しかったの」
 
「……嬉しい? 何が?」
 
「カイルが、『俺の女』って言ってくれたのがとても嬉しかった。何だか友だちとしてじゃなく、恋人として見てくれているんだと思って……」
 
「いや、ずーっと恋人として見てたけど。ほぼ出会った頃から友だちとしてなんて思った事ないよ」
 
「最初の頃からずっと好きだし、俺の方が無理矢理婚約者にしてくれって頼んでたじゃないか。マデリーンは『よく考えて』って暫く距離置かれたけど」
 
「あれはっ! だって私と結婚したら次期王配になっちゃうのよ? カイルにそんな不自由な生活をさせるのは嫌だったのよ……好きなんだもの」
 
 俺はマデリーンを抱き締めた。
 
「愛してる、マデリーン。君だけだ。一生俺と一緒にいてくれる?」
 
「──もちろん喜んで」
 
 嬉しくて思わず力が入りすぎたらしく、「いたっ」という声が聞こえて慌てて力を抜いた。
 
「やっぱり肩のところ、治療した方がいい」
 
「ちょっとした打ち身よ。でも、あと1ヶ所痛い所があって……」
 
「どこ!?」
 
 驚いてマデリーンの言葉を待つと、そっと自分の唇を指差した。
 
「──ここ」
 
 
 ヤバい。鼻血出そうになった。
 可愛いだけで充分すぎるのに誘い方が超絶色っぽいとか何なの。俺を殺したいの?
 
「……治療しても、いい?」
 
「うん、お願い」
 
 
 
 記念すべき初キスは、ぷるぷるのモチモチで目眩がするほど柔らかくて、心臓のバクバクが暫く収まらなかった。 本当は舌も味わいたかったが、既に股間が危険な状況に陥っていたので自粛した。
 
 
 キス1つで股間をおったててしまっている事をマデリーンにバレないように腰を引き気味にしていたが、こんな性欲まみれな俺と結婚したらマデリーンがどうなってしまうのかと思うと、必死に理性を保ちながらも先行きが不安になるのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
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