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おじいちゃんはご機嫌ななめ
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【常磐視点】
「ふんふふ~ん♪ ふふ~ん♪」
私はみそ汁に入れる茄子を焼いていた。
焼き茄子のみそ汁はナノハの好物である。
ナノハも帰って来て毎日良く眠れるし、仕事も捗ってチャチャッと片づけて帰れるし、ごるふで初めて3位になった。このところとても調子がいい。
やきゅう、というのはまだ始めたばかりだが、長屋や近くに住んでいる皆が、またナノハ先生が新しい球技を! とわらわらとすぐに人が集まった。
球がどっちぼーるよりも小さくてまだ勝手が掴めないが、ばっとに球が当たって飛ぶのはとても気持ちが良い。走らないとあうとというのになってしまうのが少し大変だが、毎朝ちょっと早めに起きて長屋の周りを走るようになった。
おじいちゃんは体力ないからと言われるのはどうにも気分が悪いのだ。
ナノハと黒須があーでもない、こーでもないと毎晩夜遅くまで図面を引いたり布地をチェックしたりして、やきゅうのための色つきの股引きと長袖の運動着、それに『すにいか』という履き物も販売されるようになった。
紐を各々の足に合わせて絞められるのがいい。
走るのも楽になった。
「地下足袋でも良いのですが、あれは逆に足首以上まであるので、却って動きを邪魔してしまいますからね」
とナノハが言っていた。
日本という国はやる球技によって履き物を変えたり球が変わったり、変化が多くて素晴らしい。
私の所属する組は『千里長屋わっしょいず』という名前に決まった。
長屋以外の人間もいるのに、何故長屋の名前をつけるのか聞いたところ、
【ナノハ先生が住んでいるのは千里長屋である事は皆が知っているし、旦那のいる組だと自慢するため】
と言い、長屋以外の者も賛成したらしい。
ナノハが慕われるのはいいのだが、ようか堂の主人といい合気道の生徒といい、すぐ何かにつけてナノハを頼ってくるし、ナノハもお人好しだからホイホイと出掛けて行ってしまう。
決して私のいない時に遠出はしないこと、と口を酸っぱくして言っているが、また何処かで怪我をしたりするんじゃないかと気が気じゃない。
まあ今日は合気道の稽古だけだから夕方には戻るだろうけれど。
今夜は真鯛の良いのがあったのでお造りにして、冷奴と大根の煮物だ。
自分で言うのも何だが、かなり包丁使いも味つけも腕が上がったように思う。
ナノハが気に入った食事の時は、
「美味しいです朱鷺さん!」
と細身の割りにかなり良く食べるので、大分ナノハの好みも把握した。今夜も沢山食べてくれるだろうよ。
「さて、だけど青物が足りないかねえ。キュウリの塩もみでも足そうか……」
悩んでいると、家の戸を叩く音がした。
何の考えもなしに、
「はいよ、誰だい?」
と気軽に戸を開けると、
「……おい、何で常磐がここにいるんだ?」
と、驚いたような顔の祖手近と遠浪が立っていた。
◇ ◇ ◇
「……なるほどね。ナノハ先生は異界の民だったのか。
通りで怪我の治りも遅えなと思ってたんだが、東の国はそんなもんかとも思って……いや、だから何でお前がいるんだよ」
「夫婦って言う事で長屋でのんびり休暇を取ろうと思ってね。たまには良いだろう?
ほら、ナノハは来年の異界開きで帰らないといけないから、色々と日本の話も聞いたりしてるんだよ」
一応隣国の王だからと思ってお茶を淹れて出すと、
「……やたらサマになってるな。いい匂いもするし……まさか常磐が料理をしてるのか?」
「いけないかい? 料理もなかなか面白いんだよ」
ナノハがそろそろ帰ると思うと落ち着かず、さっさと帰れと思うのだが、何やらやきゅうの件でナノハに聞きたい事があって来たのだという。
「……ワザワザ国王が来なくても遠浪が来れば良いだろうよ。こんな長屋まで足を運ばなくても良かろうに」
「こんな長屋に住んでいる常磐に言われたくはねえな。それに、ナノハ先生に興味があるんだよ俺は」
茶を飲みながらニヤッと笑った祖手近は、
「夫婦ってのがウソっぱちだって分かった事だし、俺がナノハ先生に粉かけたって構わないだろう?」
と私を鋭い眼差しで見た。
「それとも何か? もうお手つきなのか?」
「……そんな訳ないだろうよ。あの子はここから帰る子なんだよ? 勝手にちょっかい出さないでくれるかい」
「いや、別に俺に惚れてくれりゃ帰らないでいいじゃねえか。向こうに帰ったって年頃なんだからよ、誰かと結婚するんだろうし、それがこっちであったからと言って、何の問題もあるまい?」
「問題大有りだよ。ナノハは家族は父親しかいないし、会えないのは嫌だから帰ると言ってるんだよ」
何故私がこんなにイライラしなくてはならないんだろうね。相変わらず無神経な男だよ。
「父親だって一生居るわけじゃねえよ。
普通の妖しの血も入ってないんだろう? 長くてもせいぜい100年位じゃねえか。親ってのは俺らもそうだが、まず殆ど先に死ぬんだ。ナノハ先生だって。
それがこっちで結婚すれば、妖しの精を受けて若いまま長生きも出来るし、子供っていう家族も増えるかも知れないんだし、悪い事ばかりじゃねえよ」
……そうなのだろうか。ナノハは長生きしたいんだろうか。子供も欲しいんだろうか。
このままここで暮らすという選択肢もあるのだろうか? 私には分からなかった。だって、ナノハは父親の話をとても楽しそうにしていたから。
母親と学舎を出て18で結婚して19には父親になって、32の時に母親が亡くなってからはずっと後添えも貰わずにナノハを育ててくれたと言っていた。
「私は親不孝で、27になっても父に孫の顔も見せてあげられてないし、その予定もないですからね。
無愛想ですから、男性にもなかなか縁がないですし。
せめて父の傍に住んで、マメに顔を見せる位しか私に出来る事はないもので。
一緒に住んでると男っけ無さすぎてガッカリさせてしまうでしょうし。
男親は、ある程度の年までは娘に家に居て欲しいと思うらしいですが、適齢期過ぎたらさっさと嫁に行って欲しいって考えるみたいですしね。
まあ心配してくれてるんでしょうけど」
と苦笑していた。
「……ナノハは、孫が生まれたら父親に合わせたいだろうしねえ。無理だと思うよ」
「やってみなきゃ分かんねえだろ。……お、ナノハ先生のお帰りだ」
ただいま帰りましたと戸を開けたナノハは、祖手近たちを見て呆れた顔をした。
「……先日黒須さんから聞きましたよ。洋華国の王様だそうじゃないですかチカさん……チカ様。
遠浪さんも人が悪い。
こんな長屋に気軽に現れないで貰えますか?
ていうか、飄々と町中歩かないで下さい。この長屋で二国間会議とか出来ちゃうじゃないですかもう」
手足を洗いながらビシビシと叱りつけるナノハが小気味良くて、私は笑った。
「ほら言わんこっちゃないよ。帰った帰った」
「だから、やきゅうの話で来たって言ってんだろうよ。……ナノハ先生、ちょっとやきゅう場の件で相談があるんだ」
「相談?」
「ああ。ほら、客を入れるっつってた席の事なんだけどな……」
私は、はあ、あーなるほど、などと相手になり出したナノハを見て、また始まったと舌打ちしそうになった。
彼女は頼られるとすぐ色々と手助けしてしまうのだ。
(ご飯が冷めるじゃあないか……)
私は悟られないように溜め息をこぼしながら、早く話が終わるのを黙って見守っていた。
本当にうちのナノハは困った子だよ。
「ふんふふ~ん♪ ふふ~ん♪」
私はみそ汁に入れる茄子を焼いていた。
焼き茄子のみそ汁はナノハの好物である。
ナノハも帰って来て毎日良く眠れるし、仕事も捗ってチャチャッと片づけて帰れるし、ごるふで初めて3位になった。このところとても調子がいい。
やきゅう、というのはまだ始めたばかりだが、長屋や近くに住んでいる皆が、またナノハ先生が新しい球技を! とわらわらとすぐに人が集まった。
球がどっちぼーるよりも小さくてまだ勝手が掴めないが、ばっとに球が当たって飛ぶのはとても気持ちが良い。走らないとあうとというのになってしまうのが少し大変だが、毎朝ちょっと早めに起きて長屋の周りを走るようになった。
おじいちゃんは体力ないからと言われるのはどうにも気分が悪いのだ。
ナノハと黒須があーでもない、こーでもないと毎晩夜遅くまで図面を引いたり布地をチェックしたりして、やきゅうのための色つきの股引きと長袖の運動着、それに『すにいか』という履き物も販売されるようになった。
紐を各々の足に合わせて絞められるのがいい。
走るのも楽になった。
「地下足袋でも良いのですが、あれは逆に足首以上まであるので、却って動きを邪魔してしまいますからね」
とナノハが言っていた。
日本という国はやる球技によって履き物を変えたり球が変わったり、変化が多くて素晴らしい。
私の所属する組は『千里長屋わっしょいず』という名前に決まった。
長屋以外の人間もいるのに、何故長屋の名前をつけるのか聞いたところ、
【ナノハ先生が住んでいるのは千里長屋である事は皆が知っているし、旦那のいる組だと自慢するため】
と言い、長屋以外の者も賛成したらしい。
ナノハが慕われるのはいいのだが、ようか堂の主人といい合気道の生徒といい、すぐ何かにつけてナノハを頼ってくるし、ナノハもお人好しだからホイホイと出掛けて行ってしまう。
決して私のいない時に遠出はしないこと、と口を酸っぱくして言っているが、また何処かで怪我をしたりするんじゃないかと気が気じゃない。
まあ今日は合気道の稽古だけだから夕方には戻るだろうけれど。
今夜は真鯛の良いのがあったのでお造りにして、冷奴と大根の煮物だ。
自分で言うのも何だが、かなり包丁使いも味つけも腕が上がったように思う。
ナノハが気に入った食事の時は、
「美味しいです朱鷺さん!」
と細身の割りにかなり良く食べるので、大分ナノハの好みも把握した。今夜も沢山食べてくれるだろうよ。
「さて、だけど青物が足りないかねえ。キュウリの塩もみでも足そうか……」
悩んでいると、家の戸を叩く音がした。
何の考えもなしに、
「はいよ、誰だい?」
と気軽に戸を開けると、
「……おい、何で常磐がここにいるんだ?」
と、驚いたような顔の祖手近と遠浪が立っていた。
◇ ◇ ◇
「……なるほどね。ナノハ先生は異界の民だったのか。
通りで怪我の治りも遅えなと思ってたんだが、東の国はそんなもんかとも思って……いや、だから何でお前がいるんだよ」
「夫婦って言う事で長屋でのんびり休暇を取ろうと思ってね。たまには良いだろう?
ほら、ナノハは来年の異界開きで帰らないといけないから、色々と日本の話も聞いたりしてるんだよ」
一応隣国の王だからと思ってお茶を淹れて出すと、
「……やたらサマになってるな。いい匂いもするし……まさか常磐が料理をしてるのか?」
「いけないかい? 料理もなかなか面白いんだよ」
ナノハがそろそろ帰ると思うと落ち着かず、さっさと帰れと思うのだが、何やらやきゅうの件でナノハに聞きたい事があって来たのだという。
「……ワザワザ国王が来なくても遠浪が来れば良いだろうよ。こんな長屋まで足を運ばなくても良かろうに」
「こんな長屋に住んでいる常磐に言われたくはねえな。それに、ナノハ先生に興味があるんだよ俺は」
茶を飲みながらニヤッと笑った祖手近は、
「夫婦ってのがウソっぱちだって分かった事だし、俺がナノハ先生に粉かけたって構わないだろう?」
と私を鋭い眼差しで見た。
「それとも何か? もうお手つきなのか?」
「……そんな訳ないだろうよ。あの子はここから帰る子なんだよ? 勝手にちょっかい出さないでくれるかい」
「いや、別に俺に惚れてくれりゃ帰らないでいいじゃねえか。向こうに帰ったって年頃なんだからよ、誰かと結婚するんだろうし、それがこっちであったからと言って、何の問題もあるまい?」
「問題大有りだよ。ナノハは家族は父親しかいないし、会えないのは嫌だから帰ると言ってるんだよ」
何故私がこんなにイライラしなくてはならないんだろうね。相変わらず無神経な男だよ。
「父親だって一生居るわけじゃねえよ。
普通の妖しの血も入ってないんだろう? 長くてもせいぜい100年位じゃねえか。親ってのは俺らもそうだが、まず殆ど先に死ぬんだ。ナノハ先生だって。
それがこっちで結婚すれば、妖しの精を受けて若いまま長生きも出来るし、子供っていう家族も増えるかも知れないんだし、悪い事ばかりじゃねえよ」
……そうなのだろうか。ナノハは長生きしたいんだろうか。子供も欲しいんだろうか。
このままここで暮らすという選択肢もあるのだろうか? 私には分からなかった。だって、ナノハは父親の話をとても楽しそうにしていたから。
母親と学舎を出て18で結婚して19には父親になって、32の時に母親が亡くなってからはずっと後添えも貰わずにナノハを育ててくれたと言っていた。
「私は親不孝で、27になっても父に孫の顔も見せてあげられてないし、その予定もないですからね。
無愛想ですから、男性にもなかなか縁がないですし。
せめて父の傍に住んで、マメに顔を見せる位しか私に出来る事はないもので。
一緒に住んでると男っけ無さすぎてガッカリさせてしまうでしょうし。
男親は、ある程度の年までは娘に家に居て欲しいと思うらしいですが、適齢期過ぎたらさっさと嫁に行って欲しいって考えるみたいですしね。
まあ心配してくれてるんでしょうけど」
と苦笑していた。
「……ナノハは、孫が生まれたら父親に合わせたいだろうしねえ。無理だと思うよ」
「やってみなきゃ分かんねえだろ。……お、ナノハ先生のお帰りだ」
ただいま帰りましたと戸を開けたナノハは、祖手近たちを見て呆れた顔をした。
「……先日黒須さんから聞きましたよ。洋華国の王様だそうじゃないですかチカさん……チカ様。
遠浪さんも人が悪い。
こんな長屋に気軽に現れないで貰えますか?
ていうか、飄々と町中歩かないで下さい。この長屋で二国間会議とか出来ちゃうじゃないですかもう」
手足を洗いながらビシビシと叱りつけるナノハが小気味良くて、私は笑った。
「ほら言わんこっちゃないよ。帰った帰った」
「だから、やきゅうの話で来たって言ってんだろうよ。……ナノハ先生、ちょっとやきゅう場の件で相談があるんだ」
「相談?」
「ああ。ほら、客を入れるっつってた席の事なんだけどな……」
私は、はあ、あーなるほど、などと相手になり出したナノハを見て、また始まったと舌打ちしそうになった。
彼女は頼られるとすぐ色々と手助けしてしまうのだ。
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